1-5.ナポレオンとの出会い
前回まで「エティエンヌはついにタイムトラベルを成功させ、1815年のワーテルローの戦場に到着する。彼はナポレオンに接触しようと試みるが、戦場の混乱の中で計画通りにことは進まない。」
ナポレオンの幕営に足を踏み入れた瞬間、エティエンヌの心臓は激しく鼓動した。これまで書物や絵画の中でしか見たことのない、あの英雄が目の前にいる。彼こそがフランス帝国を築き上げ、ヨーロッパ全土を恐れさせた男。そして、今この瞬間、彼を救う使命を帯びた自分が対面しようとしている。だが、興奮の裏には恐怖が隠れていた。もしナポレオンが彼を信用しなければ? もし自分の進言が誤りであれば、歴史を変えるどころか、取り返しのつかない過ちを犯すことになるかもしれない。
幕営の中は、戦場の喧騒とは対照的に重苦しい沈黙に包まれていた。テーブルの上には地図が広げられ、周囲にはフランス軍の重鎮たちが集まっている。ランヌ元帥、スールト元帥、ダヴー元帥など、歴史に名を残す将軍たちが低い声で戦略を練っていた。その中央に、ナポレオンが背中を向けて立っている。彼の肩越しに、その厳しい顔立ちと、地図上に置かれた指の動きが見えた。
「右翼の防衛を強化しろ。敵の動きは読めている。」ナポレオンの声は低く、しかしその響きには依然として確固たる自信があった。
エティエンヌはその声に、歴史の中で語られるナポレオンの威厳を感じたが、同時にその背中に微かに滲む疲労も見逃さなかった。何度も繰り返された戦争、そしてこの戦いが彼にとって最後の賭けとなることを、ナポレオン自身も理解しているのだろう。
エティエンヌを連れてきた将校は、ナポレオンの指示が途切れるのを見計らって、前に進み出た。
「陛下、この者が話したいことがあると申しておりました。」
ナポレオンはゆっくりと振り返り、エティエンヌに鋭い視線を投げかけた。その目は、彼の心を一瞬で見透かそうとするかのような冷静な洞察力に満ちていた。彼はエティエンヌを一瞥した後、口元にほとんど見えないほどの微笑を浮かべた。
「市民が戦場に現れるとは珍しいな。一体、何がそんなに緊急だ?」
エティエンヌはその場の空気に押され、一瞬言葉に詰まったが、ここに来た理由を思い出し、深く息を吸ってから話し始めた。
「陛下、私は……未来から来ました。今日、この戦場で何が起こるのか、そしてどのようにすれば勝利することができるのかを知っています。
このままではイギリス軍とプロイセン軍に挟撃され、戦線が崩壊します。今、ウェリントンの軍は正面で粘り強く防御を続けており、我々の進軍は停滞しています。一方、東側ではブリュッヘルのプロイセン軍が接近しており、彼らが到着すれば我が軍は圧倒されるでしょう。
陛下、現在の兵力配置では、すでに中央の歩兵が疲弊しており、持ちこたえるのは難しいでしょう。プロイセン軍が合流すれば、その時点で戦局は崩壊します
しかし、まだ勝つ方法は残されています。プランスノワの防衛を強化し、プロイセン軍の進軍を遅らせるのです。彼らの兵は疲労しており、補給も不十分です。防御を強固にすれば、足止めは十分可能です。その間に、右翼の騎兵隊を再編成し、ウェリントンの側面を攻撃するべきです。敵中央は強固に守られていますが、右翼の防御は手薄です。そこに集中攻撃を加えることで、指揮系統を混乱させ、敵の全体的な後退を誘導することが可能です。
さらに、歩兵を迅速に移動させ、イギリス軍を疲弊させる戦術を取れば、逆転の機会が訪れるはずです。敵は疲れ切っており、補給線も長い。短期決戦に持ち込み、イギリス軍が後退した隙を突いて押し切れば、勝利は我々の手にあります。」
エティエンヌの戦略的な説明に一瞬静寂が訪れたが、やがて周囲の参謀たちがざわつき始めた。ランヌ元帥は眉をひそめ、思案するような表情を見せたが、スールト元帥は依然として不快感を露わにしていた。彼らは「未来から来た」という突飛な主張には懐疑的だったが、それ以上に彼の戦略が現状に符合していることに困惑していたのだ。
「未来、か?」ナポレオンの声には冷たい好奇心が含まれていた。「では、その未来では私は敗北するというのか?」
エティエンヌは緊張しながらも頷いた。彼の声は震えていたが、その目には確信が宿っていた。
「はい、陛下。このままではイギリス軍とプロイセン軍に挟撃され、戦線が崩壊します。しかし、まだ勝つ方法は残されています。プランスノワの防衛を強化し、プロイセン軍を遅らせれば、イギリス軍は疲弊し、逆転の機会が訪れます。」
ナポレオンはその言葉に反応を見せず、しばらくの間、エティエンヌを無表情で見つめていた。その目からは、内心の動揺を一切読み取ることができなかった。周囲の参謀たちは不快感を隠し切れない様子で、時折エティエンヌを一瞥していたが、ナポレオンはその言葉を軽視せず、じっと聞いていた。
「プランスノワの防衛を強化しろ、か……」ナポレオンは低くつぶやき、再び地図を見つめた。「なるほど、興味深い意見だ。だが、一つ聞かせてくれ。私がどうしてお前の言葉を信じなければならない?」
その質問に、エティエンヌは即座に答えられなかった。ナポレオンも本当に未来から来たとは信じてないだろう。誰がそんな話を信じるだろうか? だが、ナポレオンに信じてもらうためには、何か確かな理由を与えねばならない。
「陛下、私はただの市民です。ですが、私は歴史の中であなたが果たす役割を知っています。あなたがこの戦いに勝利すれば、フランスは再び栄光を取り戻し、帝国は永遠に続くでしょう。だから、私はここに来たのです。」
ナポレオンはしばらくの間、エティエンヌの目をじっと見つめ続けた。彼の目には疑念とともに、微かな好奇心が宿っているように見えた。やがて、ナポレオンは微笑を浮かべ、低い声で言った。
「面白い話だ。だが、戦場では信念や希望だけでは勝てない。冷静な判断、確固たる戦略、そして時の運が必要だ。お前の言葉を信じるかどうかは、私自身が判断しよう。」
ナポレオンは再び参謀たちに目を向け、冷徹な命令を下した。
「プランスノワの防衛を強化しろ。だが、最優先は敵の中央突破を防ぐことだ。」
参謀たちはその指示を受けてすぐに動き始めた。エティエンヌは驚きを隠せなかった。彼の言葉が少しは影響を与えたのかもしれないが、ナポレオンは完全には彼の進言を受け入れていなかった。とはいえ、プランスノワの防衛が強化されることになったのは、エティエンヌにとって小さな勝利であった。
ナポレオンは再びエティエンヌに視線を戻し、冷たい微笑を浮かべた。
「お前の話は確かに興味深い。だが、この戦場の王は私だ。私の決断が、この戦いの結果を決める。」
エティエンヌはその言葉に圧倒されながらも、少しの希望を抱いていた。少なくとも、ナポレオンは彼の言葉を無視せず、何らかの対策を講じたのだ。これが結果にどう影響を与えるかはまだわからないが、彼は確かに歴史に影響を与えたという感覚を持っていた。
「さあ、下がれ。」ナポレオンはエティエンヌをじっと見つめ、冷たい口調で言った。
「お前の話は興味深いが、戦場での仕事は私が担う。何を考えているかは分からんが、自らを未来人と名乗る怪しい者を無闇に信用するわけにはいかない。」
ナポレオンは再び地図に目を落とし、エティエンヌに背を向けた。エティエンヌはその背中を見つめながら、一礼し、幕営を後にした。彼の胸には、恐れと希望が交錯していた。
戦場を再び見渡しながら、エティエンヌは自分が歴史を変えることができたのか、その答えを確かめるために、次の瞬間を見届ける覚悟を決めていた。
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