1-1.時の鍵
パリの古い通りに佇む時計塔は、長い歴史を秘めていた。革命も、戦争も、そして帝国の栄光も、その厳かなたたずまいの中でただ静かに時を刻んでいた。エティエンヌ・ベローは、その時計塔の管理を任されていた時計職人だった。
その日もいつものように、埃にまみれた螺旋階段を登りながら、彼は時計の歯車が動いている音に耳を澄ませていた。大きな振り子がゆっくりと揺れ、塔の中心部で時を刻んでいる。まるで、世の中のすべての時間を背負っているかのような感覚に彼はいつも包まれていた。長年この仕事をしてきたエティエンヌにとって、時計塔は単なる仕事場以上の存在だった。彼の人生そのもの、そして彼が心の中で抱えている夢と希望がすべて詰まっていた場所だ。
しかし、その日は何かが違っていた。
塔の最上階に到着し、彼は壁に埋め込まれた古い石版に気づいた。いつもなら見過ごしていたその石版の表面が、ほんのわずかに輝いているのが見えたのだ。エティエンヌは不思議な感覚に駆られ、ゆっくりとその石版に近づいた。
「これは……?」
表面には見たこともない複雑な紋様が刻まれていた。まるで古代の文字のように見えるが、彼にはその意味を理解することはできなかった。手を伸ばし、指先で軽く触れてみると、その中心部が突然ゆっくりと開き始めたのだ。驚いたエティエンヌは思わず後ずさりしたが、その目の前に現れたのは、小さな金属製の鍵だった。鋳鉄でできたようなその鍵は、見るからに古く、しかしどこかしら神秘的な輝きを放っていた。
「これは一体……?」
エティエンヌは慎重にその鍵を手に取った。驚くほど軽く、しかし手のひらにしっくりと馴染む感触があった。彼はそれを持ったまま、塔の窓から外を見下ろした。夕暮れのパリの街並みが広がり、ノートルダム大聖堂が遠くに霞んで見える。
この鍵が何なのか、彼にはわからなかった。ただ、時計塔の歴史を研究してきた彼の知識が囁いていた。何か特別なものだと。どこかで聞いたことのある伝説が脳裏に浮かんだ。それは、古いフランスの民間伝承に残る「時を超える鍵」の話だ。過去と未来を繋ぐ鍵、運命そのものを変える力を持つという。
彼はその瞬間、胸の中に湧き上がる興奮を抑えることができなかった。
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エティエンヌは鍵を持ち帰り、深夜、自宅の作業台に向かってそれを詳しく調べ始めた。奇妙な紋様が表面に刻まれていることはすでに気づいていたが、もっと何か隠されているはずだと感じたからだ。
「どうやって使うんだろう……?」
彼はため息をつきながら、時計職人としての経験から鍵を見つめた。まるで何かが欠けているような、未完成な感覚があった。しかし、直感が告げていた。この鍵には特別な力があると。
突然、壁に掛けられた古い時計が大きな音を立てて動き出した。針が高速で回転し、まるで時間そのものが狂っているかのようだった。エティエンヌは驚いて立ち上がり、時計に近づいたが、次の瞬間、部屋全体が静止したかのように感じた。空気が重くなり、何か目に見えない力が彼を包み込んでいるようだった。
「まさか……これが……」
彼はその鍵が何か特別な力を持っていると確信したが、どう使えばよいのかまではわからなかった。頭の中に浮かぶのは、時を超える伝説の話ばかりだった。そして、その直感が彼に次の行動を促した。
「試してみるしかないな……」
エティエンヌは決意し、再び時計塔へと向かうことを決めた。
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