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ヒロユキ

「おい行けよ」といじめっ子のタケシがヒロユキに言う。


「行ったら本当にもう苛めないんだよね?」

 

 すがるような表情でヒロユキがタケシに聞く。


「本当だって言ってるだろ。でも行かないならこれまで以上に苛めるからな」


 ヒロユキは学校でタカシ達のグループに苛められていた。

 前置きもなくいきなり殴られる、朝学校に来たら自分の席の椅子がなくなっている、机の中の物が無くなっているなどの苛めを受けていた。

 

 今ヒロユキは飛び降りマンションの前にいる。

 事の始まりはひとつの噂話だった。


「飛び下りマンションのエレベーターに夜の九時に四階からエレベーターに乗り、九階のボタンを四回連続で押すと呪いでエレベーターが止まる」


 この噂を聞いたタカシはヒロユキにこの噂が本当かどうか試せと命令した。

 しかしヒロユキが嫌がるので、タカシはもしこの噂が本当かどうかを確かめたら苛めを止めるという条件を付けた。

 ヒロユキはその条件を聞き渋々その噂が本当かどうか確かめることを了承した。

 お化けは怖かったがそれ以上に毎日苛められるのは怖かったからだ。

 

 そして時刻は夜の九時まであと数分という時刻。タカシとサトルのいじめっ子二人とヒロユキは飛び下りマンションの前にいた。


「でも本当にそんな噂通りのこと起こるかな?」


 いじめっ子のひとりのサトルが言う。


「飛び下りマンションって言うくらいだからな。呪いのひとつや二つあるだろ」

 

 タカシが笑いながら言うその言葉を聞いてヒロユキの顔はさらに青白くなっていった。


「おお、もうすぐ九時だな」


 タカシが携帯のデジタル時計を見て言う。

 

「じゃあ行くべ」


 三人はマンションの中へと入っていった。



 三人は飛び下りマンション四階のエレベーター前にいた。

 エレベーターは扉が開いたまま止まっている。

 時刻はもうすぐ九時になろうとしている。

 マンションの各部屋の窓には明かりが灯っているものの、物音は外を通る車の音だけで、生活音が全くしないので、ヒロユキはあれは明かりが付いてるだけで向こうには誰もいないんじゃないかと不気味な想像をした。


「ほら行け」


 タカシがヒロユキの背中を押すとヒロユキが早口でタカシに言う。


「本当に、本当にこのエレベーターに乗ったらもう苛めないんだよね?」


 タカシがニヤリと笑う。


「当たり前だろ。ただしちゃんとエレベーターの中で九階のボタンを四階連続で押さないとダメだからな。もしズルしたら俺達はこれまで以上に苛める」


 その声を聞いてもモジモジしているヒロユキの背中をサトルが強引に押す。


「早く行けってんだよ」


 ヒロユキは倒れ込みそうになりながらエレベーターの中に押し出された。


「ほら、早く押せ」


 タカシがエレベーターの外からヒロユキに言う。

 ヒロユキは噂通りにボタンを四階押すのは怖かったので誤魔化そうかと思ったが、タカシがエレベーターの扉を押さえてこっちを見ている。


 誤魔化しようもないし、誤魔化したのがバレて今まで以上に怒られるのが嫌だったのでヒロユキは噂通りに九階のボタンを四階押した。


 「呪いが起こるぞー」


 タカシとサトルといっしょに笑いながら扉を押さえていた手を離すとエレベーターの扉が閉まり、エレベーターは上昇を始めた。



 エレベーター内でヒロユキは、扉の上部に付いている表示ボタンを見なが頼むから止まらないでと祈りながら見ていた。


 四階から五階。

 五階から六階。

 

 ヒロユキは表示ボタンが移り変わるのをドキドキしながら見ていた。

 エレベーターは順調に上昇を続けていく。

 いいぞその調子だ。そのまま早く九階まで行ってくれと思いながら、ヒロユキは表示ボタンを凝視する。


 六階から七階。

 七階から八階。

 しかし八階から九階へと行く途中エレベーターは急に止まった。

 

 ヒロユキはエレベーターが止まった瞬間に心臓が止まるんじゃないかというくらいに驚いた

 やっぱり噂は本当だったんだ!

 ヒロユキは恐怖し、こんなことはすべきではなかったと後悔した。


 後悔していると今度はエレベーター内の明かりが消え、エレベーターの中は真っ暗になった。

 ヒロユキはパニックになり、ボタンをてきとうに何度も押してみたが全く反応は無かった。


 エレベーターの中は非常灯もなく、階を示す表示ボタンの明かりも消え、完全な闇に包まれた。


 闇は都会で育ったヒロユキが今まで体験したことのない、完全な闇だった。

 目の前にある自分の手すら見えないほどの完全な闇は、ヒロユキの心をあっというまに恐怖で埋め尽くした。


 ヒロユキは恐怖からがむしゃらに扉を叩いた。


 誰か助けて!

 人がいるんです!

 誰か!

 明かりを付けてください!


 ヒロユキの叫びも虚しくエレベーターはいくら叩いても止まったままで、誰かが助けに来ることもなかった。



 ヒロユキは壁にもたれて座ったかかったままジっとエレベーターが動くのを待っていた。

 ボタンを押してみても何も反応がないし、ドアを叩いても助けが来ない今、ヒロユキにできることはただ待つことだけだった。


 エレベーターの中はとても静かで、普段意識することのない自分の鼻息や心臓の音、体を動かした時の音がよく聞こえた。

 

 闇は依然として完全な闇で、もう暗闇に目が慣れたはずなのに自分の体すら全く見えなかったが、ヒロユキは少し落ち着いてきていた。


 冷静に考えれば夜のまだ夜の九時なんだから、誰かがエレベーターが止まっていることにすぐに気がつくはずだ。

 絶対に誰かがくる。

 なるべく明るく考えようと思い壁にもたれかかったままヒロユキはジッと待っていた。


 しかしそうは思ってもどうしても考えてしまうのは噂話の呪いのことだった。

 エレベーターが止まったのは本当に呪いなんだろうか。

 

 ヒロユキはその可能性を否定したくいろいろと考えた。

 偶然エレベーターが止まったと考えるには少しできすぎている。

 確率で言えばとても低いに違いない。


 そんなことを考えていると、なんだかこのエレベーター内に自分以外の誰かがいるような気がしてきた。

 しかしこのエレベーター内に誰かがいるはずはない。

 エレベーターに乗った時自分はひとりだったし、それから誰かが乗る機会などなかったからだ。

 誰かがいるはずがない。

 

 でも……、とヒロユキはそこで嫌なことを思いついてしまった。

 もしいるのが人間じゃなかったら……?


 そう考えると怖くなり、ヒロユキは誰かがいると思っているのは恐怖からそう思うだけで、本当にいるわけがないと自分に言い聞かせた。

 

 すると音がした。

 それは小さな音だったが静かなエレベーター内によく響いた。

 誰かが動いたような音だった。


 その音を聞きヒロユキの頭の中は、エレベーター内に誰かがいるという考えでいっぱいになっていった。


 誰かがいる?

 人ではない誰かが?


 その思いは予感から確信へと変わっていき、その誰かがこのエレベーターを止めたということをヒロユキは確信した。


 誰かがいるんだ。

 心臓の鼓動が早くなり胸が苦しくなる。

 ヒロユキは必死に自分の考えを打ち消そうとした。

 このエレベーター内に僕以外の人間がいるわけなんてない。

 ただ恐怖がそう思わせてるだけだ。

 ヒロユキはそう自分に言い聞かせ、深呼吸をして心を落ち着かせようとした。


 エレベーターの中を手で探ってみようかとヒロユキは考えた。

 もしこのエレベーター内に誰かがいたらそいつに触れるはずだから、もしエレベーター内を手で探ってみて何にも触れなければ、誰かがいるかもしれないという思いは妄想だということが証明されるはずだ。  


 でも……とそこでヒロユキは思い直した。

 もし触れてしまったら……?


 今は誰かがいるかどうかはわからない状態だけど、もしもそいつに触れたら、そいつが存在することは確かなものになってしまう。


 暗闇の中を手で探ってみれば誰かがいるかどうかはわかる。

 だがハッキリさせるのがヒロユキは恐ろしくなり、エレベーターの角に自分の体を小さくして押しつけた。

 エレベーター内にいるもし誰かがいた時、自分の体がその誰か触れない為にだった。


 ヒロユキは次にその誰かを見てしまわないためにつぶった。

 だが目をつぶってもつぶらなくてもただ闇が見えるだけで同じなので、だんだんと目をつぶっているのかどうかがわからなくなった。


 また音がした。

 音はエレベーターの中を動いていた。

 ヒロユキは体を丸め自分の目に腕を押しつけ、呼吸を止めた。

 エレベーター内にいる「誰か」に自分の存在に気づかれないようにだ。

 音が動いている中、ヒロユキは身を縮めひたすらに恐怖に耐えていた。 

  


 突然機械のうなりのような音が聞こえ、エレベーター内に明かりがついたのが、目に腕を押しつけていてもわかった。

 

 あの何かが動く音はもうしない。ヒロユキが顔をあげると明るくなったエレベーター内には当然のことながら自分しかいなかった。


 誰かがいるはずなんてないじゃないか。

 ヒロユキはさっきまで自分が怖がっていたことが急に恥ずかしくなった。


 エレベーターが再び上昇し始めた。

 今度こそちゃんと九階に着きますようにと ヒロユキは目を瞑り手を合わせて祈っていた。

 

 チーンという間抜けな音がしてエレベーターのドアが開くと同時に、ヒロユキは勢い良くエレベーターから出た。

 これでやっと家に帰れる。

 そう安堵したヒロユキの気持ちはすぐに終わりを告げた。

 なぜならそこはヒロユキ明らかにマンションではなかったからだ。


 そこはどこかのホテルの廊下のようだった。

 床には色あせた赤色のマットが敷いてあり照明が薄暗く、古びた家屋の匂いがする。

 壁にはドアが並んでいて部屋番号が書いてある。


 ヒロユキは少しのあいだ呆気にとられていたが、すぐに気がついた。

 まだ……、終わってなかったんだ……。

 ヒロユキがそのことに気づくと同時に、ヒロユキの背後のエレベーターのドアが閉まった。



 そして冒険が始まった。

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