とある冒険者たちのとある日のヒトコマ
かなり昔に書いたものです。
データを整理していたら出てきたので、せっかく書いたのにただ消すのも何だかな――――ということで記念に投下します。
暇つぶしにでもなれば幸いです。
ここ数日────その小国は沸き立っていた。
国の存在を脅かす魔物が、退治されたからだ。その報せは、瞬く間に王都から広がっていき、連日国をあげてのお祭り騒ぎとなっていた。
そして────その浮かれ騒ぎの中心である王宮の一角。かの魔物殺しの英雄たちが、寛いでいた。
***
「…ちょっと。いつまでデレデレしたカオしてんのさ。みっともないから、やめろよ」
顔を顰めるジェシーに、アランは構うことなく緩めた顔を向けた。
「そんなこと言われてもな~。うへへへへ~」
「ったく、こんなのが仲間だなんて…。情けないよ、ボクは」
だらしない顔で笑い続けるアランは、このパーティーでは一応リーダー的存在だ。
短くした赤毛は癖っ毛であちこち撥ねているし、眉は太く濃緑の眼は切れ上がっているが子供っぽい表情のせいで、22という歳相応にはとても見えない。
だが、筋肉が程よくついた体格は伊達ではなく、ひとたび戦闘に入れば背負ったその両手剣を振るい、天賦の才を発揮する。
また魔力もそこらの魔術師よりよほど高く、下級魔法しか扱えないが、かなりの威力を見せる。
何より、咄嗟の判断力が、彼の強みだ。
しかし、戦闘以外での、仲間たちの彼に対する扱いに敬いが欠けるのは、ひとえに彼がおバカだからである。
「お姫さま、かわいかったなぁ~。22歳と16歳ならちょうどいいし、英雄であるオレにお似合いだよな」
本気でそう言う彼に、ジェシーは大仰に溜め息を吐いた。
ジェシーは、パーティー内では12歳という最年少で、役割としてはその身軽さを利用した斥候である。
発達途上の身体に合わせ、短剣や短弓を武器としている。剣術・魔術は、今はまだ修行中なのだ。
少女と見紛うような、かわいい顔をしているがれっきとした男である。
そのせいというわけではないが、いつも帽子を目深に被っていた。隠れて見えないが、陽光を撥ね返す綺麗な白髪と、朝陽のような紅い瞳を持っている。
「バカか、あんた。王女が相手にしてくれるわけないだろ」
その顔に似合わず、仲間内で一番容赦のない性格だ。
「ほっときな、ジェシー。英雄になって“お姫様”と結ばれるのが、こいつの夢だってんだから」
見かねたのか、ジャクリーンがジェシーの肩を叩く。
ジェシーの母親であるジャクリーンは、アランの幼馴染でもある。
あでやかな容貌とは裏腹に、艶のある濃褐色の髪を項で括り、革鎧に身を固めた女戦士だ。
豪快に戦斧を振り回し、子持ちの三十歳とはとても思えない戦い方をする。
ジャクリーンはアランを一瞥してから、その深い青色の眼にいたずらっぽい色を浮かべ、にやりと笑う。
「だけど、残念だねぇ、アラン。アンタは気づかなかったらしいけど、お姫様は、男前なルーク君をお気に召したようだよ?」
「えええええっ!!?」
輪から外れて寛ぐルークに、アランが掴みかかる。
「ひどいぜ、ルーク!」
「…俺に言うな」
迷惑そうに、長身のルークはアランを見下ろした。
ルークは、パーティーで唯一の神官である。無口・無表情で無愛想だが、耳にかかる程度に短くした癖のない淡い栗色の髪は艶やかで、切れ長の澄んだ翠色の双眸が印象的な美丈夫だ。
地方神殿の放浪神官などという、神殿内階級は下っ端である彼だが、元はとある国で名を馳せた天才軍師という身の上を持つ。
実は仲間内の誰よりも武術に秀でているが、戦闘時、たまに錫杖で杖術を振るう他は、神聖術しか使わない。
28歳という年齢に相応しく、落ち着いた大人の男という印象だが、結構短気で心が狭く、彼を甘く見た者は皆一様に酷い目に遭っている。国すら滅ぼしたという噂だ。
「姫だろうがなんだろうが、俺は興味ない」
「アンタは興味なくても、王女だからな。国王は王女を大層かわいがっているらしいし。強引に婿入りさせられるかもしれないぞ?」
ジャクリーンが、面白そうに口を挟む。
「それは無理だ」
「なんでさ。神官って、別に結婚はできるだろ?」
不思議そうに、ジェシーが言う。
「俺は既婚だ」
「「「えええっ!!?」」」
アランとジェシー、ジャクリーンが一斉に眼を剥いた。
突然の叫び声に、今まで、我関せずと、一人読書に耽っていたソフィアが顔を上げた。
「何?一体何を驚いているの?」
ソフィアが、隣りで腰を浮かせたジェシーに訊く。
「ルークに妻がいるって…、ソフィア、知ってた?」
ソフィアは、宵闇のような深い紫色の双眸を見開いて、首を横に振る。それにつれ、肩を越す程度の、癖のない漆黒の髪が揺れ動く。
ソフィアは、まだ18歳ながら、上級ランクに付された女魔術師だ。並以上の魔力を持ち、方陣魔法・古語魔法のいずれも上位のものを施行できる。その上、高位の精霊の加護を受けており、精霊使役を得意としている。
彼女は、古から続く王国シュテラの名家の出身で、由緒正しい血筋を持っている。
家にかなりの蔵書があり、本に魅せられたソフィアは、令嬢の嗜みそっちのけで、本を読み漁っていたらしい。8歳のとき、魔術書を紐解いたソフィアは、意図せず精霊の召喚に成功し、盟約を結んだそうだ。
16歳のとき出奔し、冒険者となって独学の魔術で糊口を凌いでいるところを、アランたちと出逢い、共に旅するようになったのだった。
口調が柔らかいせいか、大人しく見られがちだが、実は好奇心旺盛で面白いことが大好きである。
透き通るような白皙の美少女なのだが本人に自覚はなく、観察力もあるし賢いくせに、男連中の下心に疎くて仲間たちは苦労している。恋愛事にそれなりに興味はあるみたいだが、どうも自分がその対象に入るとは考えもつかないらしい。
「ルークの奥さん…。想像つかねぇ」
「よほど、人間ができた人なんだろうね」
「見てみたいよ」
「まあ、28ともなれば、結婚していてもおかしくないよね」
アラン、ジャクリーン、ジェシー、ソフィアがそれぞれ呟くと、ルークは僅かに眉を寄せた。
「何を言っている。おまえたちも宣誓に立ち合ったことを覚えていないのか?」
ルークの言葉に、四人は一様に首を傾げた。
「立ち合った…って、いつ?」
アランが、素直に訊ねる。
「一月前、教会に棲みついていた魔物を退治しただろう」
「ああ。たしか、そんな依頼こなしたな。身入りが少なくて割が合わなかった」
ジャクリーンがしみじみ言うと、ジェシーが思い出したようで頷く。
「あれね。たしか、魔物に怪しまれないように、ソフィアとルークの結婚式を装ったん────」
ジェシーが言葉を呑み込み、アランとジャクリーンが恐る恐るルークを見遣る。
「まさか────あのときのことを言ってるんじゃねぇよな…?」
「そうだが?」
ルークはあっさり答える。
「あのときの宣誓と署名────本物だったってこと!?」
ソフィアを慕っているジェシーが凄まじい形相で詰め寄るが、ルークは表情も変えない。
「おまえたちが提案したことだろう?」
「だからってな、偽名を書くとか、神官に掛け合うとかあるだろ」
ジャクリーンが、額を押えて言う。
「で、どうすんだ?」
「離婚は認められてないからね。なんとか掛け合って、無効にしてもらうしかない」
困惑気味に訊くアランに答えてから、ジャクリーンは当事者でありながらなぜか発言しないソフィアに眼を向けた。
知らずルークの妻となっていたソフィアは、パニックにでもなっているかと思いきや、すでに話題に興味を失くしているように、読書に戻っている。
「ちょっと、のんきに読書している場合か?」
「…え、私?」
「当たり前だろ」
「だって…、別に構わないし」
首を傾けて、ソフィアがこともなげに言う。
「構わないって、アンタね。結婚だよ、結婚っ」
ジャクリーンが言えば、ジェシーが続く。
「そうだよ、ソフィア。こんな無愛想で過激な男の妻にされちゃったんだよ!?」
「まあ、たしかにルークは無口で無愛想だし、ちょっと過激だとは思うけど…。でもルークなら、『女は男に従うためだけに存在している』とか言わないだろうし…」
ソフィアはそこでルークに眼を向ける。
「この先、旅をやめて家を持つことになっても、空いた時間に本を読んだり精霊とお喋りすることを許してくれるでしょう?」
「ああ。好きにするといい」
欲しかった答えを得て、ソフィアはにっこりと微笑む。
「だから、別に構わないわ。かえって、好都合かもしれない。どこぞのバカ王子も、私を強引に妾妃にしようなんて、できないしね」
呆けていた三人のうち、いち早く我に返ったのは、ジャクリーンだった。
「ちょ…、いいのか、そんなんでっ。今は良くても、これから本当に結婚したい相手が現れたら、どうするつもりだ!?」
「現れないと思うけど…、そんな人」
「それに、結婚というのはだな。その…、ただ一生一緒にいるだけじゃあないんだぞ?そこんところ解っているのか?」
「…もちろん、解っているよ?」
肯くソフィアの頬が少々紅い。少しは解っているようだと、ジャクリーンはほんのちょっと安堵する。
姉のような母のような心境で、ジャクリーンはソフィアを諭す言葉を探す。
「いいかい。たしかにこの男は結構見目がいいし、うるさいことは言わない。けどな、顔の良さは危険度の高さで帳消しだし、ただ無口なだけで寛大なわけじゃあないんだ。アンタはまだ若いし、綺麗だ。ルークにやるには、アンタは勿体ないよ」
思い余ってソフィアを抱き寄せたジャクリーンは、背後から冷気が這い上がってくるような感覚に、振り向いた。
「…黙って聴いていれば。好き放題言ってくれるな」
ルークから立ち昇る怒りが、そこらでうねっている…ような気がする。
「アタシはソフィアが可愛いんだ。あわよくばジェシーの嫁にって思っていたのに、アンタのような鬼男にやれるかっ」
「く、苦し…」
ジャクリーンの抱き締める腕に力が入り、ソフィアはうめいた。
「別におまえの許可など必要ない」
「大体、アンタなら選り取りみどりだろ。他を当たれ」
「断る。誰がなんと言おうと、ソフィアはもう俺の妻だ」
きっぱりと言ったルークに、黙って成り行きを見ていたアランは思わず零した。
「もしかして確信犯だった…とか?」
ジャクリーンに向けられていた怒気が、さっとアランへと向く。
「バカのくせに、俺が嵌めたみたいに言うな」
「だ、だってよ、ルークの言い方だと、まるでソフィアと結婚したくてしたみたいだからさ…っ」
「…ボクにもそう聞こえた」
ようやくショックから立ち直ったらしいジェシーが、アランに加勢する。
「謀ったわけじゃない。ただ、途中で気づいたけど、言わなかっただけだ」
「なんでさ」
「知っている女の中で、一緒にいて苦痛にならないのはソフィアだけだからな。考えてみたら、そんな女他に現れる可能性はないだろうしな。教会にかけあうのも面倒だし、この際いいかと」
ルークは、悪びれもなく言う。ちなみにジャクリーンは、ルークの中では女ではない。
「なっっんて自分勝手な奴だっっ」
「ソフィア、やっぱダメだよ、こんな男と結婚なんかしちゃ!」
ジャクリーンとジェシーが、口々に喚く。
「いや、ダメって言われても…。もうしちゃってるんだけど」
いつの間にかジャクリーンの腕から脱け出していたソフィアは、苦笑する。
「だから、無効にしてもらった方がいいって!」
「そうだ。ジェシーの言う通りだ。今からでも遅くない」
ソフィアは少し考えてから、ジャクリーンとジェシーに向かって微笑む。
「ありがとう、心配してくれて。でも、本当にいいの」
「ソフィア!!」
「ちょっと、アラン!アンタもなんとか言ったらどうなのさ!ソフィアがどうなってもいいのか!?」
ジャクリーンに矛先を向けられて、アランがきょとんとする。
「話聞いたときは驚いたけどさ。別にいいんじゃねぇ?ふたり好き合っているみたいだし」
「「は!?」」
面妖なことを聞いたとばかりに、ジャクリーンとジェシーがぽかんと口を開ける。このアランの唐突な発言には、ルークとソフィアさえ、眼を見開いた。
「だって、そういうことだろ。ルークにとってソフィアは唯一の存在みたいだし。ソフィアにしたって、夫婦になるってことがどういうことか解ってて結婚を取りやめないって時点で、ルークならそういう関係になってもいいってことだろ?────っておい、ちょ…っ」
ジャクリーンとジェシーが鬼のような形相で、アランに襲いかかる。
「このバカ!なにバカなこと言ってんだい!そんなわけないだろ!!」
「そうだ、いい加減なこと言うな!!」
「うわわ…っ、ちょ────やめてやめて!」
アランの悲痛な叫びもよそに、ソフィアが見開いたままの眼を、ルークに向ける。
「…そうなの?」
「何がだ」
「私、特別なの?」
「…そういうことになるな」
ルークはぶっきらぼうに答えてから、ソフィアをちらりと一瞥する。
「おまえはどうなんだ」
「どうって?」
「アランの言ったことだ」
「え…と、その。…そうみたい」
「そうか。なら、いい」
そう言ったルークの声が意外と穏やかで、ソフィアの頬がほんのりと染まる。熱くなった頬を冷ますように、ソフィアはルークから顔を逸らした。
「…それにしても。あの三人、ほんと仲いいね」
「いつもじゃれあっているな」
ふたりが完結してしまったことに気づかず、ジャクリーンとジェシーはアランを追い詰めている。
さすが母子だけあって見事なコンビネーションで、アランで以てしても逃げることは叶わないようだ。
そして、アランの悲鳴は、室内外に長いこと響き渡ることとなった。
多分、90年代の和製ファンタジー風なものが書きたかったんだと思います。
これはキャラクターやその設定を作り上げるために書いたものでした。
ただ肝心の本編は見当たらず。大筋も敵もどんな流れにするつもりだったのかも覚えていません。
敵は魔王ではなかったということだけは覚えているんですが…。
読んでくださってありがとうございました。
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