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婚約破棄された令嬢の赤字領地再建計画 ~私の執事は有能です~

作者: 抑止旗ベル

ふと思いつき、書いてみました!



「クローネ・マーズシー。君との婚約を破棄する!」


 婚約者であるスーカンピン伯爵の自室に呼び出された私を待っていたのは、衝撃的な一言だった。


「ちょ、ちょっと待ってください伯爵。一体私が何をしたというのですか? これでも誠心誠意、伯爵に尽くしてきたつもりです。マーズシー家を救ってくださった恩返しをしようと……」


 私の言葉に、伯爵は悲しそうに首を振った。


「君の献身ぶりには本当に感謝しているよ。だけどこれは仕方ないことなんだ」

「仕方ない? どういうことですか?」

「説明はできない。だけど僕は君に大変感謝している。君のような素晴らしい女性と出会えた自分の幸運にもね」


 伯爵の言動に嘘や偽りは感じられなかった。


 だからこそ、婚約破棄の一言が理解できなかった。


「でしたらなぜなのです、伯爵? どうして婚約破棄なんかを?」

「もちろん申し訳ないとは思っている。だから、スーカンピン領をはじめとした僕の財産や地位はすべて君に譲ろう。僕は一市民として出直すよ」

「何を仰っているのですか? 理由を説明してください!」

「いや、実はね……」


 伯爵は困ったように、白髪の混じった髪を撫でた。


「実は……何ですか?」

「赤字なんだよね……」

「赤字?」

「そう。スーカンピン領は赤字なんだよ……」

「はい?」

「このままだとスーカンピン領は破産してしまい、僕は領主としてその責任を負わされる。そこで考えたんだ。スーカンピン領主の地位と借金を誰かに譲って雲隠れしようってね」


 いや……。


 さすがにそれはクズの発想なのでは……!?


 私が内心そう思っている中で、伯爵は言葉を続ける。


「君と婚約を破棄したことで、スーカンピン領は君のものだ。そして僕はスーカンピン家とは縁を切った一般人」


 ん?


 待てよ。


 つまり、伯爵はスーカンピン領ごと借金を私に押し付けたってこと?


「ごめんね、クローネ。だけど僕は君の才能を信じている。あとのことは任せたよ」

「そんな身勝手な! めちゃくちゃですよ伯爵!!」

「定期的に手紙を書いて送るからね! グッドラック、クローネ!」


 伯爵は言うが早いか、彼の背後の窓から外に飛び出した。


 初老の見た目からは想像できないほど俊敏な動きだった。


 そして、窓のすぐそばに待たせてあった馬車に伯爵が飛び乗ると、それを合図に御者が全力で馬に鞭を入れ、馬車はあっという間に地平線の彼方へ走り去ってしまった。


 呆気にとられた私は、茫然とその姿を眺めることしかできなかった。



◆◇◆◇◆ 



 私の生まれたマーズシー家は没落寸前だった。


 父親が事業に失敗し多額の借金を抱えているにもかかわらず、裕福だったころと同じようなお金の

使い方をしていたのだから、借金は増えていく一方だったのだ。


 そんなマーズシー家を救ってくださったのがディルハム・スーカンピン伯爵だった。


 伯爵は私との婚約を条件に、マーズシー家の借金をすべて肩代わりしてくれた。


 ちなみに伯爵は40歳を超え初老に差し掛かるくらいの年齢で、一方の私はまだ15歳になったばかりの小娘だから、まあまあの年の差婚だった。


 一部では、スーカンピン伯爵はロリコンではないかという噂も立ったくらいだ。


 まあ―――確かに私も年の割には幼くみられるし、お屋敷に雇われているメイドがみんな童顔で小柄なあたり、その噂を否定することはできないのだけれど、それはそれとして。


 とにかく、名家と名高いスーカンピン家との婚約でお金の問題は決着がつき、私と伯爵の結婚式がいよいよ近日中に行われるといった矢先――――私は婚約を破棄され、伯爵は馬車に乗ってどこかへ消えてしまった。


「……やられたわね」

「ええ、やられましたね」


 スーカンピン家の自室で、私は何冊もの帳簿を前に、執事のセディと顔を見合わせた。


 彼は私よりも3つ年上で、マーズシー家にいたころからずっと私の執事として働いてくれている、いわばパートナー的な存在だった。


 金髪で顔立ちが整ったいわゆる王子様的なルックスをしているのだが、未だ浮いた話のひとつも聞かず、私の傍から離れようとしない―――なんて話はひとまず置いておこう。


 問題はスーカンピン家が治める領地の財政状況を記録した、これら帳簿の数々だった。


「……見事なまでの赤字ね」

「ええ、赤字ですね」


 税の歳入と歳出を過去十年間にさかのぼり確認したが、そのすべてが赤字だった。


 しかし、公表されているスーカンピン領の資料では、赤字になった年など一年もない……。


「つまりこれは、アレよね」

「ええ、アレですね」

「公表されている資料は偽造ってことよね」

「わざわざ内部資料を赤字に偽造する必要はありませんからね」


 私とセディは再び顔を見合わせ、何度目になるか分からないため息をついた。


「参ったわね。どうにかならないかしら」

「念のため確認しましたが、すでにスーカンピン領はクローネお嬢様のものとして登録が完了していました。もちろん、それに付随する負債も一緒に」


 ふと、伯爵と婚約した時のことを思い出す。


 あの時、やたら大量の書類にサインさせられたわよね。ということは、あの中に借金関係の書類も含まれてたってことね。さっさと終わらせちゃおうと思ってテキトーにサインしたのがマズかったわ。


 ちゃんと確認しておけばよかったと後悔してももう遅い。


「それで、伯爵の行方は?」

「残念ながら不明です。それどころかスーカンピン伯爵――ディルハム・スーカンピンという人間はつい先日死亡したことになっているようです」

「雲隠れする準備はバッチリだったってわけね」


 最近の支出を確認すると、マーズシー家の借金返済の項目があった。


 そしてその財源はもちろん、どこかからの借金だった。


 あいたたた……。


 私は片手でこめかみを抑えた。


「どうなさいますか、お嬢様。このままお嬢様も雲隠れを?」

「そんなことをしたら、スーカンピン領の民衆が路頭に迷っちゃうでしょ。それにマーズシー家の借金を(借金で)返してくれた恩はあるわけだし。それにこのままやられっぱなしっていうのも性に合わないわ」

「……と、いうことは?」

「スーカンピン領の赤字を解消して、それからスーカンピン伯爵……いいえ、あのロリコン伯爵を見つけ出して街の大広間に磔にしてやるのよ!」

「なるほど、承知しました」


 セディが頷く。


「……で」

「で?」

「まずは何をするべきかしら」


 私が言うと、セディは表情を曇らせた。


「ノープランなのですか、お嬢様」

「え、ノーブラ? 失礼ね、着けてるわよ。それとも何? 貧乳をバカにしてるわけ?」


 セディの表情がさらに曇っていく。


「いや……お嬢様の下着事情は知りませんけど、先ほど帳簿や資料を確認していて、いくつか役に立ちそうな点は見つかりましたよ」

「さすがセディ! 長年私の執事をやってるだけのことはあるわね!」

「そうですね。忍耐力に関しては自信がつきましたよ」

「……ちょっとそれどういう意味よ」

「ま、それはそれとしてですね。お嬢様、こちらを」


 そう言ってセディはスーカンピン領周辺の地図をテーブルの上に広げた。


「これがどうかしたの?」

「いいですか。このスーカンピン領は交易で栄える二つの領地―――カーネモチ領とリッチ領をつなぐ中間点にあります。それなのに、行商人たちはスーカンピン領を迂回するようなルートで交易路を形成しているのです。なぜだかわかりますか?」

「……なぜかしら」


 やれやれ、とセディが肩をすくめる。


 何よそのリアクション。もったいぶらずにはっきり言いなさいよ。


「そうですね、はっきり言わせてもらいましょう」

「……こいつ、直接私の脳内を……!?」

「長い付き合いですからね。顔を見ればだいたい言いたいことは分かります。……スーカンピン領は高い通行税をかけて税収を上げようとしています。行商人たちはそれを知っていて、そうした高い税を払わずに済むよう、敢えてスーカンピン領を迂回しているのですよ」


 なるほど。


 セコい奴らだわ。


「つまり、そいつらを並べて説教して、スーカンピン領を通るようにしてやればいいわけね」

「……そんなことをすればますます行商人たちの足が遠のきますよ」

「じゃあどうするのよ。色仕掛け? 仕方ないわね、ここは私が文字どおりひと肌脱いで――」

「いえ、お嬢様が脱がれたのでは、スーカンピン伯爵のように特殊な性癖を持った者でなければ興味を惹かれないでしょう。スーカンピン領をロリコンだらけにするつもりですか」

「それは困るわね。国際社会から非難を受けそうだわ。他に何か方法はないかしら」


 ロリコンがダメなら熟女を集めてみようかしら。


 それはそれで高齢化が進みそうで困るわね。


「とにかく、行商人たちをスーカンピン領に呼び込む必要があります。商人たちが集まれば、商業が賑わいます。もちろん来訪者も増えます。そうすれば領地の税収も増えるでしょう」

「そ、そんなの分かってるわよ! 方法を考えてるのよ、方法を!」

「仕方ありませんね。この件、僕に一任してください」

「え、良いアイデアでもあるわけ? さっすがセディ、頼れるわ。で、具体的に何をどうするの?」

「はい」


 と、セディは頷き、言葉を続けた。


「まずは通行税を撤廃します」

「え」



◆◇◆◇◆ 



 とりあえずセディの言う通り、領主命令で通行税を廃止した。


 すると、行商人たちがスーカンピン領を通るようになった(当たり前だけど)。


「……それで、これからどうするのよ。通行税が無くなっちゃったらますますこの領地は赤字じゃない」

「ええ、問題ありません。次の手は考えてあります」

「次の手?」


 と、そのとき、領主の執務室のドアがノックされた。


「準備が整ったようですね」

「ねえ、だから何の準備なのよ」

「落ち着いてください、お嬢様。怒ると身長が縮みますよ」

「聞いたことないわよ、そんな迷信」


 外側からドアが開かれ、童顔のメイドが半身をのぞかせた。


「領主様、セディ様のご命令で大工さんたちを集めましたぅ」

「大工? どうして?」


 私はセディの方を見た。


 セディは眉にかかった前髪を払いながら言った。


「行商人が来るようになったということは、彼らが泊まる場所が必要でしょう? より多くの行商人をできるだけ長く滞在させることができれば、それだけ商売のチャンスが広がるというもの。お任せください、お嬢様」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。宿なんて簡単には作れないでしょ? そもそも資金はどうするのよ?」

「ええ、それも問題ありません。近隣のペードフィリャ領の領主と交渉し資金援助を取り付けました」


 ペードフィリャ領のヨージョスキー伯爵は金持ちで気難しい人物として有名だ。


「や―――やるじゃない、セディ」

「はい。お嬢様の写真を2,3枚送ったら喜んで資金援助してくれましたよ」

「え、私の写真!?」

「これですけど」


 そう言ってセディが取り出したのは、私がまだ幼いころの写真だった。


 寝顔や着替え中の写真、川で遊んでいる写真など、プライベートな写真ばかりだ。


「な……なんてものを! っていうかなんであんたこんなの持ってるのよ!?」

「僕はお嬢様の執事ですからね」

「プライバシーの侵害だわ!」

「おや、ひと肌脱ぐと仰っていたのはお嬢様では?」

「た――確かに言ったけど」

「ヨージョスキー伯爵は、お嬢様と二人でお茶をしたいとも仰っています。それが叶えば追加で資金援助をすると」

「……あんた、よくそんな主を売るような真似ができるわね?」

「お嬢様がひと肌お脱ぎになると言われましたから」


 た――確かに言ったけど(二回目)!


「仕方ないわね。私も領地を預かる身として、自分が言ったことは守るわ」

「さすがです、お嬢様」

「でももちろん、あんたもついてくるのよね? 万が一の時は私を守ってくれるのよね?」

「フッ、何をいまさら。そんなこと当たり前じゃないですか」


 ムカつくほどにカッコいい微笑を浮かべるセディ。


 私はため息をついた。


「……あのぅ、大工さんたちがお待ちなんですけどぅ」


 メイドさんの声に、セディは彼女の方へ身体を向けた。


「ああ、分かっているよ。ではお嬢様、宿の建設の打ち合わせへ参りましょう」

「はいはい。……ところであなた」


 と、私はメイドさんに声をかける。


 メイドさんはびっくりしたように肩を震わせた。


「ひゃ、ひゃいっ!? な、なんでございますかぅ!?」

「その語尾に「ぅ」つける喋り方ってどこかの方言なの?」

「す、スーカンピン伯爵がこんな風に喋りなさいとご命令なさったのですぅ。ですからこの屋敷のメイドはみんな、練習してこういう喋り方をしているのですぅ」


 泣きそうな顔で説明するメイドさん。


 ……ふむ。


「セディ、私も練習した方がいいかしら」

「いえ、お嬢様はそのままで良いと思いますよ」

「そうかしらぅ」

「ああ……特定の性癖を持った人にはウケるかもしれませんね」


 なるほど。


 ヨージョスキー伯爵とのお茶会を成功させるためにも、ちょっと練習しておくか。



◆◇◆◇◆ 



 というわけで、街のど真ん中に行商人たちが泊まる宿場街が出来た。


 宿場街は連日大勢の商人たちで賑わい、スーカンピン領の名前で経営している宿泊施設は、既に昨年の通行税分の収入以上の稼ぎを叩き出していた。


 私とセディはスーカンピンの屋敷から、賑わう宿場街を眺めていた。


「これでなんとか今年の赤字は解消できそうね。あとはこの賑わいがいつまで続くかだけど……」

「そうですね。税収の心配をせずに済むよう、できれば永遠に続いてほしいものです。もちろん次のアイデアもありますよ。お嬢様がヨージョスキー伯爵から追加の資金援助の約束を取り付けてくださいましたから、いつでも実行に移せます」

「……めちゃくちゃ紳士だったわよ、ヨージョスキー伯爵。逆にビビったくらい。まあ、やたら私の鎖骨のあたりをガン見していたのだけは気になったけど」

「性癖は人それぞれですからね。深入りはせず、親切な援助者とだけ思っておきましょう」


 幼女の鎖骨でしか興奮できないタイプとは、ずいぶん業が深いわね……。


「で、次のアイデアって?」

「市場の整備、工場の誘致、道路整備の公共事業―――やらなければならないことはいくらでもありますよ、お嬢様。そちらは私に任せておいてください」

「頼もしいわね」

「しかし、ひとつお嬢様にお伝えしておかなければならないことが」


 セディが突然真面目な顔をする。


「な、なにかしら」

「ええ。見つかったそうですよ」

「何が?」

「モノじゃなくてヒトです」

「……え、誰が?」

「スーカンピン伯爵です」



◆◇◆◇◆ 



 かくして、財政破綻を迎えようとしていたスーカンピン領は、貿易の中継地点として栄える商業都市に姿を変えた。


 街は連日商人たちで賑わい、市場には様々な地方の特産品が所狭しと並べられている。


 近隣の河川付近には最先端の工場が出来、その工場で働く人たちのために住宅が用意されたことで、スーカンピン領の人口はさらに増え、領地はさらに発展した。


 私とセディはいつものように、スーカンピン家の屋敷から賑わう街を眺めていた。


「あなたのおかげで赤字が解消できたわ。本当にありがとう、セディ」

「いえ、僕はお嬢様のために職務を全うしただけです」

「そう? こんなこと普通の執事にはできないわ。あなた、政治家か何かに転職した方がいいんじゃない?」


 私が言うと、セディはやれやれと肩を竦めた。


「何も分かっていませんね、お嬢様は」

「……どういう意味よ」

「僕はただ、小さいころからよく知っている年下の女の子を愛しているだけですよ」

「は? ちょっとそれ、どういう―――」

「さて、次の会議が始まってしまいます。僕は先に行きますね」

「ま、待ちなさいよセディ!」


 颯爽と歩くセディの背中を、私は追いかけた。


 

 ちなみにスーカンピン伯爵のことだけど、南の島で幼女たちに囲まれて暮らしているところを捕まえて連れ帰り、街の広間に磔にしたあと、今は老人ホームでボランティア活動をしてもらっている。



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