野原から
三題噺もどき―ひゃくにじゅうなな。
お題:野・増え続ける・肩掛け
柔らかな風が吹く、小さな田舎道を1人、静かに歩いている。
サクーサクー
と、土を踏む音がとても心地よく耳に響く。
足の裏に伝わる優しい感触が、この土地を踏み、生きていると、実感させてくれる。
「……、」
ほんの数週間前まで、都会の喧騒に揉まれながら生きていたのが嘘のように思える。
これを見て、こんな自然があふれるところが今の世にあるのだと、そう思うのは私だけではないと思う。
「……、」
ここには治療の一環として来ていた。
少々アナログ的な療法ではあるが、薬に頼るよりはいいだろうと、医師に進められたのだ。
少し前に、いわゆる心の病気というものにかかってしまい、体までも壊した。
他人のことは気にかかるが、案外自分の事になるとおろそかになるものだから。
それでも平気だと言い聞かせ、酷使し続けた結果倒れた。
そして、医師に止められ、両親にも迷惑をかけ、友達にまで心配されたので、治療することにしたのだ。
「……、」
私としては、辞めたかった仕事もやめられて、幼い頃からの密かな夢であった田舎に住むということができたので、一石二鳥だったりする。
―と気づき、思い始めたのは、ここ最近の事でもあるのだが…いい心境の変化だろう。
「……、」
ふゎ――
と風がなでる。
ほんの少し山の上の方にあるせいか、風が冷たい。
それとも、いい加減夏は終わりを告げ、秋に引導を渡したのだろうか。
だがまぁ、そんなことだろうと思い肩掛けを持ってきていたので、ずり落ちかけていたそれを羽織りなおす。
若干寒さは残るが、日も出ているし、歩いていれば体温も上がってくるだろう―と歩をさらに進めていく。
「……、」
しかし、久しぶりに運動をしたので疲れたな…。
引きこもってばかりもよくないだろうと、たまには遠くまで歩いてみようと散歩に出たはいいが。
どこかで一度休みたいものだ…。
「……、」
と、疲労が溜まりつつある体を動かしながら、視線を遠くへやると、広い野原のような場所が目に入った。
あんなところもあったのか…まぁ、勝手知ったる場所ではないので、知らない場所があってもおかしくはないのだが…。
「……、」
これはいいタイミングだと、その野原に向けて足を進める。
少し遠いところにあるように見えたが、目測を誤っていたようで、ほんの数十秒でたどり着いた。
「……、」
ふぅ―と息をつき、背の低い草が広がる野原に座る。
少し丘のような形になっているようで、その向こうには背の高い草が広がっている。
サぁ!!!
と、少し強めの風が野原をなで、思わず目を閉じる。
「……?」
風が落ち着き、目を開くと、少し遠くの草陰に、ぴょこり、と耳のようなものが生えていた。
まぁ、田舎だし野生の動物の一匹や二匹ぐらいいるだろう―と思いほんの少し視線をずらすと、その先にも、もう一つ。
先ほど見たものとは違う形の、耳。
狐のような、タヌキのような、野兎のような…いかんせん遠くのため形がはっきりしているようであまり見えない。
何が何だか分からないが、そのあとにも、ピョコピョコと、耳が、いたるところに生えてきた。
「……???」
それは次々と増え続け、徐々に近づいて来ているような、遠ざかっているような。
何とも不思議な現象が目の前で起こっているため、よくわからない感情に襲われていた。
あっけにとられ、動けずにいると
カサ――
と、すぐそこで音がした。
ついにここまで来たのか―と視線をやると、
小さな白いうさぎが、いた。
「……、」
すぐに視線を戻せば、先程までの耳たちがいなくなっていた。
…疲れて、いたのかもしれない。
きっとそうだ、と自分に言い聞かせ、すぐ側にやってきたうさぎにもう一度視線をやる。
小さくふわふわした毛に覆われ、小さな鼻をひくひくと動かしながらこちらを覗いていた。
あまり警戒心がないのか、それとも人間を見るのが初めてなのか、興味津々といったご様子である。
「……、」
ゆっくりと、こちらから手を伸ばしてみる。
すると、鼻を動かし、ひょこひょこと、こちらによって来る。
そのまま、彼(彼女?)が、自ら触れてくるのを待ってみる。
「……、」
残り、数センチ―。
一瞬思いとどまり、止まったが、好奇心には勝てなかったのか、フワ―とその体を手のひらに寄せてくる。
柔らかな毛と、その温かさに癒され、ほんの少し、ほっとする。
「……?」
このまま癒されていたい―と思ったのもつかの間、何かの影に覆われた。
目の前に大きな影が現れた。
雲でもやって来たのかと思ったが、そんなことはないようだ。
ほんの少し先の方は明るい光に照らされているようだし。
なにに―と恐る恐る視線を上げる。
「!?」
目の前に広がったのは、手元で未だもふもふしている子ウサギと同じような真白な毛の塊。
その中に埋もれるように赤い瞳が二個と、黒い鼻があった。
ピンと立った耳は木の幹と同じぐらいの太さと長さがあるのではと思うくらい長かった。
「????」
突然の出来事による混乱と、恐怖で動けずにいる。
未だ手元では、子ウサギがもふもふとしている。
もしや、この子の親?なのだろうか。
見知らぬ人間に触れたのだから、私をどうにかしようという魂胆なのだろうか?
逃げた方がいいのか?どうすれば?
「!!!」
混乱し続ける私をよそに、その巨大うさぎは
ズッ
とさらに前進してきた。
「……?」
つぶされる―そう思ったが背中に柔らかなものが当たった。
ふわりと包まれ、心地よい暖かさに包まれる。
「?」
ゆっくりと見上げると、どこか満足げなうさぎの顔。
そのまま動く気配もない。
「あっためて―?」
くれているのだろうか。
問いかけてみたものの、すでに寝たのか、大きなウサギはピクリともしない。
ただ、柔らかなぬくもりと、ゆっくりと聞こえる心音がとても心地よかった。
「……、」
それなら―と手元に居たうさぎを、伸ばした膝の上にの乗せる。
羽織っていた肩掛けで包み、温めてやる。
そのまま、ゆっくりと。
久しぶりの、穏やかな時間を、過ごした。
「……、ん」
気づけば、日は落ちようとしていた。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
あのうさぎたちは居なくなっており、ただ広い野原だけが目の前に広がっていた。
「……、」
夢―だったのだろうか。
「ぁ…」
そう、残念に思ったのもつかの間。
ふと触れた肩に、やわらかな白い肩掛け。
代わりに持ってきていた肩掛けはなくなっていて。
気に入ってくれたなら、いいかもしれない。
「……、」
また会えるか―と思いながら帰路につく。
遠くで、彼らの耳が、動いたような気がした。




