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黒兎少女  作者: 武智城太郎
18/31

生贄(5)

 倫子は真夜中の街を歩いていた。お供のサンドルを肩にのせて。

「わりと静かね」

 ベッドタウンらしく、駅前の繁華街以外は寝息を立てているようだ。自宅の最寄り駅から五駅という近場だが、下車したのはたぶんこれが初めてだろう。不案内なので、目印となる建物を確認しながら目的地へとむかう。 

 横断歩道を越えた先に、車止めで仕切られた出入り口が見えてくる。

「やっと着いたわ」

 脇にある門柱には、〈月の沢公園〉とある。訪れるのは初めてだが、名前くらいは耳にしたことがあった。たしか、池にカモの群がいるのだ。置き忘れであろうか、門柱のそばには、黒一色でカラーリングされた自転車が一台とめてある。

 倫子は園内に入ると、遊歩道を西にむかっていく。

 公園全体が緑の木々に包まれている景観。のんびりと散策するには最適だろう。きれいな芝生に運動場に遊具と設備も整っており、昼間のにぎわいが目に浮かぶようだ。もちろん今はひっそりとしていて、人っ子一人見当たらないが。

「まちがいないみたいね」

 倫子は夜行性の動物並みに夜目がきくため、すぐに確信にいたる。水晶球に映っていた公園はここだ。

 そのうち、外灯に照らされた休憩場が見えてくる。

「あれだわ」

 水晶球に映されたベンチがあり、そこに幼い少女がポツンと腰かけている。小学一年生くらいだろうか。魔法少女アニメのグッズらしきオモチャをいじって遊んでいる。

 近づいてくる倫子の姿に気づいたらしく、少女の後ろに立っていた少年がサッとケヤキの幹に身を隠す。あれで見つかっていないつもりらしい。

(まあ、いいわ)

 とりあえず、そっちのほうは後回しにする。

「一人? お母さんは?」

 倫子は少女のとなりに腰かける。

「……」

 少女は知らない人に話しかけられて、人見知りしているようだ。そばにすわって倫子は初めて気づいたが、少女の左の頬は赤く腫れている。

「ほら、サンドルっていうのよ。撫でてあげて」

 肩から下ろして、サンドルを自分の膝におく。

「猫ちゃん」

 少女は毛並みのいい背中をぎこちなく撫でる。主人の意図を察して、サンドルもおとなしい猫を演じている。少女は自然と笑顔を見せる。

「あなた、名前は?」

「ユウナ」

「ユウナちゃん、お母さんはいつ迎えに来るの?」

 首を横に振り、

「わかんない。男の人がいなくなったら」

「家で男の人といっしょなの?」

 ユウナは小さくうなずく。

「それはお母さんのお友達? ときどき家にやってくる人?」

 またユウナは小さくうなずく。

「ユウナちゃんはその男の人が好き?」

 こんどは大きくかぶりを振る。

「どうして?」

「暗いのこわいから、おそとに出たくないっていったらぶたれたの」

 倫子はわずかに思案してから、

「ユウナちゃんが知ってる人の家は近くにないの?」

「オトモダチのエリちゃんの家がごきんじょで、おじさんもおばさんもとってもやさしいの。でもこんな時間にいったらダメだって、ママが」

「かまわないわ。今のぶたれた話をそのおじさんたちにして。そしたら、その嫌いな男の人はもう来なくなるから。わかった?」

 ユウナは迷っているらしく、うつむいて黙っている。

「ユウナちゃん、言う通りにしなさい」

 反響のかかったような奇妙な発声で囁く。

 ユウナはうなずくと、立ち上がって出口のほうへ駆け去っていく。幼児は〈暗示〉魔法で操りやすいのだ。

 倫子はベンチから立ち上がり、後ろのケヤキにむかって、

「あなたはそこで盗み聞き?」

 おずおずと和人が姿をあらわす。ボウガンはギターバッグにしまって、幹に立てかけてある。

「中学生が、こんな時間に何してるのかしら?」

「ちがう、おれは高校生だ!」

 むきになって反論する。

「入口にあった自転車、あなたのでしょ。〝白山二中〟ていうステッカーが貼ってあったわよ。自転車通学者用の」

 和人は「しまった」という顔になり、

「お、おれの自転車じゃない!」

 またむきになって反論する。

 倫子はギターバッグに目をやり、

「そこに入ってるのはボウガン?」

「⁉」

 一瞬心臓が凍りついた、のが丸わかりの驚き顔を見せる。やはりあのとき、倫子に見つかっていないつもりだったらしい。

「こ、これはギター……」

「そういえばニュースでやってた、小学校のウサギ事件はあなたの仕業? ここから近いところでしょ」

「な、なんでそんな……」

 倫子は和人の上着を指さし、

「だって、ポケットから矢が出てるし」

「!」 

 和人はあわてて内ポケットを確認する。だが矢はちゃんと中に収まっている。

「冗談よ。ほんとうは、あなたがさっきの女の子をボウガンで射ろうとしてたのが見えたの」

「………」

 和人は言葉を失い、呆然と立ちすくむ。

 倫子のほうはのんびりとしたものである。少し先に飲料水の自動販売機があるのに気づき、

「ちょっと待ってて。喉が渇いたから」

 和人に背をむけ、歩き出す。

 背後で、カチャリという音。

「待て」

 呼び止められ、倫子は振り返る。

 和人は、こちらに狙いを定めてボウガンを構えている。

「あら、なに?」

「……顔を知られた。学校も! 警察に行く気だろう!」

「そんな面倒なことしないけど」

「ウソつけ!」

 この世の終わりかと思うくらいの切羽詰まった形相。脂汗もすごい。

「そんな震える手で撃てるかしら」

 倫子は涼しい顔。

「おれは殺戮の王だ……!」

 うわごとのようなかすかなつぶやきだが、倫子の地獄耳にははっきりと聞こえる。

「そうは見えないわね」

「恐怖の大王にして破壊の……」

 言葉とは裏腹に、和人は見る見るしぼむように怖気づいていく。

「あなたのそれは、ただの性癖だから。弱い者いじめで興奮する、ふつうの変態よ」

「な、なめんな!」

 カッとなった拍子に、和人は引き金を引いてしまう。

 アルミ矢は、まっすぐ倫子のみぞおちにむかって飛んでくる。

 二人の間を小さな灰色の影が一瞬横切り、カツ、と小さな音を立てる。

「あら、撃ったわね」

 倫子は何事もなかったように無傷で立っている。

「……?」

 和人はキョトンとしている。

 地面に目をやると、放ったはずのアルミ矢をサンドルがくわえている。

「猫が矢を……!」

 唖然としながらも、和人は新たな矢をつがえようとする。

「hag!」

 倫子が甲高い声で叫ぶ。

〈金縛り〉の魔法だ。和人は一瞬で身体が硬直し、微動だにできなくなる。

「……⁉」

「さて、水晶の占いは当たってるかしら」

 倫子は懐から愛用の短剣を取り出し、鞘から抜く。

 鋭い切っ先を和人の首根っこに触れさせて、

「あなたが儀式の生贄にちょうどいいはずなんだけど」

 水晶球に映った子供の像は、赤瀬和人だったのだ。

「?」

 和人はわけがわからないという視線を倫子にむける。

「〝あの方〟に捧げるのよ」

 切っ先をゆっくりと下にむかって這わせていく。生贄にふさわしいかどうかを探っているのだ。腹部を通りすぎ、ジーンズの前の小さな膨らみにまで着いたところで、切っ先の動きがピタッと止まる。

 倫子は嘆息し、

「……ハズレね。中身はじゅうぶん子供だけど、体が育ちすぎてるわ」

 抜き身の短剣を鞘に収める。

「ビー玉占いではな」

 サンドルはやれやれ、という感じ。

「やっぱり本物の水晶球を買わないとだめかしら」

 和人のほうをむいて、

「ごめんなさい。あなたに生贄の栄誉はあたえられないわ」

「??」 

「でもわたしに矢をむけた無礼には、お仕置きをしないとね」

 足元のサンドルにむかって、 

「片方食べていいわ」

 待ってましたとばかりに、サンドルは和人の顔に飛びつき、牙を剥く。

 和人は短い悲鳴を上げ、倒れ込む。

 サンドルはなおも頬の肉に爪を食い込ませて顔面に張りつき、和人の左目を眼窩からえぐり出す。

「ヒギィィィヤァーーッッ‼」

 おぞましい絶叫が響きわたり、カラスたちがいっせいに枝から飛び立って逃げていく。身を裂かれた激痛で気絶さえできず、和人は狂ったように二本の足をジタバタさせる。あまりの苦痛に金縛りは解けたようだ。

「あら、殺戮の王も普通に痛がるのね」

 倫子は意地の悪い笑みを浮かべている。

 サンドルはちぎれた視神経つきの眼球を夢中で食べている。大好物の目玉の中でも、特に人間のものは絶品だそうだ。

 和人はなおも身をよじって苦悶している。右目から血を、左目からは涙を、口からは白い泡を垂れ流して。

 倫子は小さくあくびをして、

「明日も学校だし、そろそろ帰りましょう」

 眼球をきれいに完食したサンドルを肩にのせ、倫子は静かに立ち去っていく。

 和人は左目のあったところを手で押さえ、よろよろと首をもたげる。

「なんだ……⁉」

 残された右目に映ったのは、どす黒い瘴気のようなオーラを放つ倫子の後ろ姿だった。                           

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