生贄(4)
深夜、零時。
和人は自分の部屋で一人、憤懣の炎を燃え上がらせていた。
あれから一週間。中学の教室では、あいもかわらずくだらない会話ばかりが飛び交っていた。ゲームにサッカーに動画にアイドル、校内の噂話に先生の悪口。
信じられないことに、ウサギ事件の話題が、いまだ一言たりとも出てきていないのだ!
和人は決然と口にする。
「もういちど、おれの凄さを見せつけてやる」
腰かけていたベッドから立ち上がり、部屋の収納スペースの扉を開ける。
大きな箱がいくつもあり、乱雑に積み上げられている。ほとんどが、もう遊ばなくなった幼少時のオモチャの類だ。
和人はそこから、奥のほうにしまっておいた特大のプラレールの箱を取り出してベッドの上におく。フタを開けると、ボウガンの入ったギターバッグが現れる。ちなみにこの箱の下に積んであった段ボール箱には、ホームセンターで格安で購入した9枚入りの防音ジョイントマットをガムテープでひとまとめにしたものが入っている。ネット動画を参考に作ったもので、これを的にして、密かにこの部屋でボウガンの練習を積んだのだ。
両親と弟はそれぞれの部屋でぐっすり眠っている。和人はこっそりと家を抜け出し、ギターバッグを背負って自転車で出発する。警察のパトロールを用心して無灯火だ。道順はよく知っているから問題はない。
三十分ほどで、和人は〈月の沢公園〉に到着する。
広い敷地面積を誇る都市公園だ。昼間なら何度も来たことがあるが、夜に訪れるのはこれが初めてだった。
自転車を北口の脇のほうにとめ、園内に入る。
幸い人影はまったくなく、外灯も思ったより少ない。このまま道なりに遊歩道を進んでいけば、十分とかからずに西口近くにある〈しょうぶ池〉に着くだろう。
狙いは、そこに棲むカモの群だ。
この公園の人気者で、メディアでもたびたび微笑ましい光景としてその姿が紹介されている。この池の子ガモをモデルにして、白山市のゆるキャラである〝カモーン〟が生まれたほどだ。都合のいいことに池は細長い形をしており、群れがどこにいようとボウガンの矢がとどかないという心配はない。
和人は闇の中で不敵にほくそ笑む。
みんな仰天するだろう。恐怖に怯えるだろう。ウサギ殺戮以上に。こんどこそ、おれの真の凄さを知らしめることができる。
クカァー!
不吉な鳥の鳴き声が、あたりに響きわたる。
スマホの暗視カメラアプリで覗いてみると、5メートルほど先の木の枝にカラスが一羽とまっている。射程距離内だ。
ギターバッグを下ろして、そろそろとボウガンを取り出す。
だがそれを見透かすようにカラスは枝から飛び立ち、こちらにむかってくる。一瞬、ビクッと怯える和人。だがカラスはまったく別方向の夜空へと飛び去っていく。
「あんなのはだめだ。見た目が汚いし。そもそも害鳥だ。殺す価値がない!」
苛々と愚痴りながらボウガンをしまい、また歩き出す。
少し先にまた外灯があり、暗闇の世界に光の空間を形作っている。
休憩場らしく、給水設備と背もたれのないベンチがある。そこに六、七歳の少女がちょこんと座っている。一人っきりで。周りに保護者らしき人物は見当たらない。
「子供……?」
この意外な光景に、和人は戸惑う。
少女はやってきた和人には目もくれず、魔法のコンパクトらしきオモチャを無言でいじっている。白いTシャツにチェックのミニスカート姿。肩までかかるなめらかな髪。うつむいているが、色白で小動物のような可愛い顔をしているのがわかる。
和人は激しく動揺し、真後ろにあるケヤキの幹に身を隠す。
すでに肩が上下するほどに息を荒げていた。ウサギ小屋のときの比ではないほど、硬く勃起させて。
ギターバッグからボウガンをつかみ出すと、すぐさまレバーを下ろして弦を張り、アルミ矢をセットする。欲望の塊はドクドクと体内で肥大していき、煮えくり返り、頭へ逆上していく。
和人は幹から姿をあらわし、少女の小さな背中に狙いを定める。
距離はわずか五メートル。腕は震えていたが、それでも外すはずがない。