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黒兎少女  作者: 武智城太郎
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通り魔(7)

 倫子はその日の晩、彩音に言われたように謝礼のことで九条家に電話をした。

 応対したのは、彩音の父親の九条健一(くじょうけんいち)である。企業サイトに社長として写真も掲載されていた人物だ。

『だからこちらが謝礼を支払うには、きみの処置が彩音を治したっていう因果関係の証明が必要になるんだよ』

「状況から見て、わたしが彩音さんを治したのはあきらかなはずです。奥さんはなんとおっしゃってますか?」

 倫子は固定電話をおいている柏木家のキッチン兼玄関で話している。眉間にしわを寄せ、難しい顔で。

『妻はわけがわからないと言ってるよ。処置に正当性がない以上、謝礼を支払うことはできないんだよ、法的に』

「そんなはずはありません! 謝礼に関しては、口約束でもあるていどの法的な効力はあるはずです!」

 めずらしく倫子が興奮をあらわにする。なにせ彼女にとって十万円は喉から手が出るほどの大金だ。

「霊感商法といっしょにしないでください! 労働に対する対価を支払わないほうが、社会人としてまちがってるでしょう!」

 だが九条健一は、端から謝礼を支払う気がないとしか思えないようなへ理屈をならべ続ける。それも、相手が子供だからとあからさまに侮っている態度で。これが、彩音の気まずそうな態度の意味だったのだ。

「わかりました! もうけっこうです!」

 倫子は根負けし、ガチャンと電話を切る。

「なんたる吝嗇家(りんしょくか)!」

 初仕事で稼ぎ損ねた倫子は落ち込むが、片引き戸を開けて自分の部屋にもどった頃には、それはすでに怒りに変わっていた。

「その悪魔の使い道が決まったわ」

 自分の部屋にもどるなり、サンドルに告げる。

 机上には、例のお茶のペットボトルが、パッケージを剥がした透明の容器状態でおいてある。

「それにしても見れば見るほど貧弱ね」

 ペットボトルの中には、黒くて醜い小人のようなものが、あぐらに頬杖のかっこうで入っている。漆黒ではなく土気色に近い黒なので、不貞腐れた顔をしているのもよくわかる。不格好に尖った耳に、まぶたも精気もない目。あってもなくてもいいような短い尻尾。

「通り魔のときは、もう少し迫力があったけど」

「あれはハッタリの姿だ。こいつのような格の低い悪魔はよく見栄を張る」

 サンドルは拍子抜けしている。あれだけ気を張って悪魔祓いに臨んだのに、ピンからキリのキリのほうだったのだ。

「どうりで畏怖を感じないと思ったわ。こんなの家に置いておきたくないし、さっさと働かせて地獄に帰ってもらいましょう」

「何をさせるんだ? こいつの取柄は、心の弱った人間に取り憑くくらいだぞ」

「あれは趣味じゃないわね」

「攻撃魔法に使っても、殺せるのはせいぜい赤ん坊か犬一匹くらいだしな。いや、大型犬になら負けちまうか」

「今回は殺しはなしよ」

「じゃあなんだ? ほかに下級悪魔にできるのは、つまらん悪戯くらいだぞ」

「それでいいわ」 




 九条邸の玄関ドアが開き、ラフな格好の九条健一が出てくる。意気揚々とヘタな鼻歌をうたいながら。

 ひさしぶりの休日なのだ。今日は朝から一日、唯一の趣味であるドライブを存分に楽しむつもりだ。

 健一はリモコンを操作して、前庭にある大型ガレージの電動シャッターを開ける。

 ガラガラガラ──

「……??」

 目の前の光景をすぐには受け入れられない。

 ほかの二台は無事なのに、最愛の赤のフェラーリだけが、バラバラに解体されているのだ。

 それも、ネジ一本にいたるまで完璧に分解され、大小無数の部品が床にびっしりとならべられている。なにせシートの革張りまでも剥がされ、黒い縫い糸までほどかれてそばにおいてあるのだ。それも断ち切れることなく長いままのものが。

 昨夜見たときは、まちがいなくいつも通りの雄姿を誇っていたのだ。それがたった一晩でこんな。とても人間業とは思えない。

 健一はようやく、ショックで絶叫する。


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