25.正しく誤解させればいいわけだ
銀色の巨大なドラゴンが接近するたび、魔術師達は興奮して魔術を放つ。大量の魔法陣が足元で広がって消える様は、天地逆の花火みたいだった。
ぐぁああ! 足元が綺麗だと余裕の発言をするエイシェットの首筋を撫で、一緒に地上を覗き込む。確かにきらきらと輝いて消えていく様子は、単純に美しかった。あれが当たれば、痛い程度じゃ済まないけど。エイシェット自身の魔力も豊富だし、オレの規格外と言われた魔力も追加してある。当たる心配はしなかった。
「無駄な努力って、こういうの言うのかな。なんか切ない気がする」
気分は最強の魔王だ。よくあるラノベでまだ未熟な勇者の攻撃を避けずに淡々と受ける。そして未熟さを指摘して追い返す姿を思い出した。戦力というのは、数じゃない。単体で圧倒的な強さを誇る者がいれば、あっという間にひっくり返るのが戦局だった。
オレと戦うまで、魔王を倒せる者はいなかった。威圧し、森の魔族を庇護し、どこまでも優しくて面倒見のいい頼れる父親のような奴だ。今になれば、アイツと早々に手を組めばよかったんだよな。なんで騙されてたんだろう。
色々考えるオレに、エイシェットが唸る。足元では魔術師が複数集まって地面に魔法陣を大量に並べ始めた。前回逃げ帰った奴の報告で、ドラゴンがいる事は知っていたんだろう。対策用に用意したと思われる魔法陣は巨大で、大量の魔力を必要とする物だ。あれを並べて完成させ、この場で発動するつもりらしい。
にやりと笑う。あれを左翼の連中にぶつけてやろうか。準備が整う前に焼くことも可能だが、せっかく自滅してくれるなら待つ。旋回しながら、飛んでくる小さな魔術をすべて右翼へ飛ばした。先ほどから右翼を集中的に狙って弾いている。
小さな攻撃ばかりでも数十回も受けて、被害が出ればそろそろ爆発する頃だ。一際大きな氷が飛んできたので、その塊を加工することにした。
「エイシェット、少し炎を噴いてくれ。氷を掠めるくらいでいい」
ぐぁっ! 返事をしたエイシェットの胸が呼気で膨らむ。それから鋭い牙が並ぶ口を開いて、派手に炎を噴いた。氷の表面を舐める程度だ。溶かすほどの温度は加えていない。もし彼女が本気なら、一瞬で蒸発したはずだった。
ドラゴンの本気を知らない人間達の上に、氷の欠片が降ってくる。慌てる彼らの頭上にある氷をオレが増やした。欠片を乗算して、表面を尖らせてから右翼へ風で流す。あとは途中で魔力を切断すれば……この世界にも存在する重力が利用できた。
矢か槍のような氷が、避ける場所もないほどの密度で落下してくる。整然と並ぶ軍は、逃げ場がない。人間同士の戦いを想定して、倒れた奴を踏み越えて前に出る弾幕のような並び方をしていた。それを上空から襲うと、きっちり並んだ重箱のおはぎに箸を突き刺すのと同じだ。ほぼ無駄なく使い終えた。氷はいずれ溶けるが、溶けるまでの間は激痛の温床だ。抜くのも痛みと出血を伴う。
阿鼻叫喚の嵐となった右翼の連中は、上官の命令を無視してバラけていく。中央の安全な部隊で護衛までつけた魔術師……彼らが放った攻撃が自分達を襲った。攻撃犯を正しく誤解した兵士の怒りと憎悪は、上空のドラゴンより魔術師へ向かう。
血で血を洗う饗宴の始まりだ。




