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11.もう迷わない

 屋敷を捨てる。彼女の決断は早かった。リリィは最低限必要なもの以外は捨てていくという。心得たように侍女のイヴは小さな荷物を用意した。家を捨てるのにそれだけでいいのか、不安になるほど小さな鞄だ。リリィ自身は何も持たず、玄関ホールでぐるりと見回した。


 高いヒールがかつんと音を立てる。外観は地味だが、中は豪華な作りの屋敷で、彼女が持ち出すのは命ある存在だけだった。


「この屋敷はもう使わないのか」


「そうね」


 双子は小柄な体型に似合わぬ力で、縛り上げた男達を引き摺って部屋に押し込んだ。手伝って鍵を閉めたところで、あることを思いついたオレは玄関へ戻り蝋石を拾う。


 血塗れの床で息も絶え絶えの魔術師を見つめ、数歩離れた場所に魔法陣を描き始めた。血塗れの床に描かれた炎を作る魔法陣を覚えている。基本的な魔法陣の知識はあった。だが魔力がうまく流れず、オレに魔術は使えない。異世界から来たことが原因だろう。


 描き終えた魔法陣を確認し、黙って見ているリリィとイヴに頼む。


「誰か魔力を流してくれると助かる」


「僕がやる」


 双子の片方が近づいた。黒い獣耳を動かす彼は、魔法陣の中に手をつく。魔法陣を発動させる魔力は微量だ。魔法のように消費し続けることもなかった。そうでなければ、魔力が乏しい人間に魔術は扱えない。魔法陣が光始めたところで、少年の手に触れた。


「もういいよ」


 魔力は足りた。ゆらりと炎が魔法陣の外縁を走る。ちらちらと床を舐める炎は、すぐに大きな炎に成長した。これは攻撃用の魔術ではない。生活に使われる程度の魔術だった。貴族の屋敷のかまどに刻まれている日用品だ。


「燃やすのか」


 魔術を使わない魔族は、発動するまで魔法陣の意味を知らなかったらしい。それでもオレが彼らに害を為すと思わず協力してくれた。


「この屋敷を捨てるなら、燃やせばいい。ちょうど死体もあるんだから」


 助けてくれと細い悲鳴をあげる魔術師を、冷めた目で見つめる。この男を含め、捕らえた人間はオレ達を焼き殺そうとした。ならば、これは相応の報いだ。生きたまま焼け死ねばいい。


「行くわよ、イヴ、カイン、アベル……サクヤ」


 当たり前のように呼ばれた名前。偽勇者扱いをされたから、誰もオレの名を呼ばなかった。個人として認められず、冤罪で生き地獄を味わった苦しみは忘れない。


 キリストは右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せと言ったそうだ。汝の敵を愛せよ? 冗談じゃない。右頬を打たれる前に倒すべきだった。オレはここを間違えていたのだ。誰かが冤罪を晴らしてくれる。オレを守ろうとする人が居ると考えた。


 人間はそこまで醜く身勝手な生き物ではないと……信じたかった。その結果がこれだ。オレは騙されて殺されかけ、裏切られた傷に塩を塗られた。その傷を癒してくれたのは、もっと酷い傷を負った魔族だ。今度は間違えない。


 魔術師の周囲に火が広がった。悲鳴をあげる男の服に引火したのを確かめ、オレは屋敷から出る。リリィと並ぶイヴの脇に、黒い狼が2匹座っていた。双子のアベルとカインだろう。駆け寄ったオレを慰めるように頬を舐める彼らを抱き締めた。


「一緒に連れて行って欲しい」


「当たり前でしょう」


 言い切ったリリィの指示で狼に跨る。駆け出した彼の背で、燃える屋敷を振り返った。オレはもう迷わない。

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