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1.復讐、したいでしょ?

「この偽勇者がっ!」


「死ね! その命で詫びろ」


「お前のせいで父ちゃんが死んだんだ!」


「悪魔めっ!」


 ズタボロの服を纏い、オレは足を引きずる。両足の間を繋ぐ鎖がじゃらりと音を立てた。激痛が走る足は靴もなく、素足をガラスが突き刺す。オレを苦しめるためだけに撒かれたガラス片が、投げつけられる石が気力を奪った。


 もういい。こんな世界、救ってやるんじゃなかった。こいつらも全員死ねばいい。命がけで戦った魔王軍の方が、どれだけマシだったか。あいつらは死人を足蹴にしたり、恩人に石を投げないだろう。正々堂々と戦い、散っていった。魔王も同じだ。魔族には切羽詰まった事情があった。


 新しい大地を手に入れなければ、生まれたばかりの同族が死んでいく。それを防ぐには、力の強い古参の魔族が人間の土地を奪うしかなかった。病魔に似た黒い霧に冒されるこの世界は、やがて滅びるのだろう。だが生まれた子らに、少しでも長く生き延びて欲しいと願うのは人も魔族も同じだった。


 無事な土地を奪い合うこの世界で、人も譲れない。魔族も後に引けなかった。何度か人間側の王族と交渉したが、魔族と戦う以外の道は閉ざされていく。事情を知って魔王はオレとの戦いを受けた。最後に感謝の言葉まで残して消えたアイツの方が、よほど人らしかったじゃないか。


 互いの正義がぶつかった死闘の末、生きて戻った異世界人に与えられたのは……戦争犯罪者の汚名だけ。オレは処刑されるために召喚され、死に物狂いで鍛えて、恐怖と悲しみに耐えて戦い、友を見送ったのか。くくっ、喉がわずかに震える。


 どのくらい水を与えられていないだろう。貼りついた喉は振動に耐えかねて、強烈な痛みを生み出した。両手の枷を持ち上げるとじゃらりと鎖が音を立て、食い込んだ金属が擦れた傷は新たな血を流す。すでに痛みなど麻痺していた。


 ずるりと足を踏み出す。食べ物も飲み物も与えられずに炎天下を歩かされたオレの皮膚は、黒く変色し始めていた。干からびたミイラのようなオレが動くたび、あちこちから罵声と石がぶつけられる。勇者の証として与えられた剣を揮った腕も、今は棒のようだった。


 見せしめを兼ねた残酷な処刑方法だ。このままオレが力尽きて命を散らすまで、歩き続けろという命令だった。従う理由はないが、歩かねば元部下が犠牲になる。同じ目に遭わせるわけにいかず、オレはひたすら足を踏み出した。


 もう嫌だ、早く死にたい。魔力を封じる首輪が擦れて痛かった。これさえなければ、こんな奴ら吹き飛ばしてやるのに。手足を千切って泣き喚く姿を笑ってやれたのに。悔しさと怒りで目の奥が熱くなるが、もう流す涙の水分さえなかった。


 ぐらりと傾く体を支えないと……ガラス片が突き刺さる。分かっていても手をつく気力も、足を踏み出して堪える体力もない。倒れた拍子に頭に突き刺さって死ねたら、楽に……。


「あなた、そこで終わり?」


 聞こえたのは美しい声だった。ぐっと堪えてたが膝が崩れて、オレはガラスの上に膝を突いた。激痛が走って血が流れだす。ぬるりとした赤い血の上で見上げた空は、どこまでも青く……残酷なほどに美しかった。


「まだ目は死んでないのね、いいわ。私が拾ってあげる」


 空から目を逸らした先で、黒髪の美女がからりと笑う。明るい口調に滲む傲慢さが、彼女を魅力的に彩った。何を言われたのか分からず、ぱちりと瞬きをする。


 もうすぐ死ぬ男を、拾う? なんのメリットがあるんだよ。オレは世界から見捨てられた罪人だぞ。視線の先で、黒髪の美女は妖艶に微笑んだ。象牙色の肌は、日本人だった昔のオレより少し白く感じる。伸ばされた手に、両手を差し出した。短い鎖が音を立て、触れる直前でオレは手を止める。


 こんな綺麗な手に触れたら汚しちまう。その手をぐいっと引っ張った黒髪美女は、赤い唇の角を持ち上げて笑みを深めた。


「復讐、したいでしょ?」

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