前編
この作品は……
①天界音楽様主催の『メリバ企画』
②瑞月風花様主催の『誤字から企画』
③黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』
の3企画への参加作品です。
前編、後編に分かれています。
「いたい、いたいよ」
――まただ、また聞こえたよ。なんだろう、だれの声かなぁ?――
もえは、あたりをきょろきょろしました。みんなテスト用紙にむかって、えんぴつをザッ、ザッ、キュッ、消しゴムを、ゴシゴシゴシ。だれもおしゃべりなんてしていません。
――変なの。あ、あとちょっとしか時間がない――
教室の時計を見て、もえはあわてます。新しく買ってもらったえんぴつを、しっかりにぎって、『昼と夜』と書こうとします。
――あ、いけない、一本多く書いちゃった――
もえは、昼の『日』の字を、『目』の字に書いてしまったのです。買ってもらったばかりの、新品の消しゴムをつかみます。
――早く消さないと――
消しゴムの角で、ゴシゴシとすると……。
「だから、いたいってばぁ!」
「わっ!」
思わず声をあげてしまったので、みんながもえをふりかえります。先生が不思議そうにもえを見ます。
「どうしたの?」
「あ、ごめんなさい……」
しゅんとして、もえはうつむきます。そして、そろそろと消しゴムを見つめました。
――もしかして――
みんなに聞こえないように、もえは消しゴムに声をかけました。
「今の、あなたなの?」
「そうよ、やっとで聞いてくれたわね。それにしても、どうしてわたしの顔をゴシゴシするのよ? ひどいわ」
やっぱり消しゴムから声が聞こえてきます。もえは、いそいで「シーッ」と人さし指を口にあてます。
「静かにしないと、先生に怒られちゃうよ」
「あら、心配ないわ。だってわたしの声は、あなたにしか聞こえないもの」
なんだかツンツンした声でした。もえは少しほっぺをふくらませます。
「でも、どうしてわたしのじゃまするの? 漢字まちがえちゃったのに、消せないじゃないの」
「ちょっと、消すってまさか、わたしの頭をゴシゴシするつもり? ぜったいダメ! ゴシゴシされたら、すっごくいたいのよ! 頭が熱くなって、いたくて、とってもいやなの! だからダメよ、ぜったいダメ!」
消しゴムが、すごい早口でいうので、もえはおどろいて消しゴムを落っことしてしまいました。
「いたい! もう、なんでそんならんぼうにあつかうのよ!」
「ご、ごめんなさい……」
あやまって、消しゴムをひろおうとすると、先生の「はい、終わりですよ」という声が聞こえてきました。
「え、えぇー……」
がっかりして、もえはテストのまちがった『昼』の字を見ます。それから消しゴムを見て、そうしてはぁっとためいきをつきました。
「そんなぁ、ちゃんと書けてたはずなのに……」
「あなたがまちがえるからいけないのよ」
消しゴムにいわれて、もえはむーっとくちびるをとがらせるのでした。
「あの消しゴムのせいで、ひどい目にあったわ」
漢字テストは、昼のところだけペケをつけられて返ってきました。おうちに帰ってからも、もえはふくれっつらのままです。ぷりぷりしながら、漢字ドリルをひらきました。
「あら、もしかしてまたわたしをゴシゴシするつもり?」
ふでばこの中から、あのツンツンした声が聞こえてきます。もえは消しゴムをとりだして、もんくをいいます。
「もう、せっかく百点とれるところだったのに、ひどいよ」
「ひどいのはそっちじゃないの。人の頭をゴシゴシして」
「だって、消しゴムじゃないの。消しゴムは、ごしごしするのが仕事なんだよ」
「そんなのイヤよ! ゴシゴシするのは、ぜったいダメだからね」
やっぱり消しゴムはいうことを聞いてくれません。こまりはてたもえは、はぁっといきをついて、えんぴつをにぎりました。
「ほかに消しゴムないし、まちがえたらどうしよう……」
漢字ドリルに、漢字をいつもよりていねいに書いていきます。でも、そんなことを思って書いていたら、やっぱりまちがえてしまうのです。
「あっ、やっちゃった……」
『角』という字を、下までつきぬけて書いてしまったのです。もえはちらりと消しゴムを見ました。
「ねぇ、ちょっとだけなら、ダメ?」
「イヤよ、ぜったいダメ! わたしはこのまま、きれいなままでいたいのよ。だからちょっとでもなんでもぜったいダメ!」
やはり消しゴムはいうことを聞いてくれません。もえはこまってしまって、泣きそうな顔でまちがえた漢字を見つめます。すると……。
「もえちゃん、ぼくにまかせてよ」
とつぜん、もえがにぎっていたえんぴつがしゃべったのです。びっくりするもえですが、えんぴつがひとりでに動きだしたので、もっとびっくり。えんぴつは、まちがえた『角』の字のまわりを、ぐるぐるまわっていきました。
「さぁ、ぐるぐる、グルグル、ぐるグルぐるグル、まわってまわって……はいっ!」
ようやくえんぴつが止まりました。そして……。
「あれっ、お花になってる!」
角の字が、いつのまにかきれいなお花に変わっていたのです。えんぴつはとくいそうにいいました。
「これで大丈夫さ。あとは、正しい字をとなりに書けば、先生だってまるをつけてくれるよ」
これにはもえも大喜びです。さっきまでの泣きそうな顔はどこへやら、はなまる笑顔で正しい漢字を書いていきます。でも……。
「ずるいわ、もえちゃんだけそんなステキな花束もらっちゃって! こうしてやるんだから!」
なんと、消しゴムがグニッとからだをまげて、ビョンッとお花のところへ飛んできたのです。せっかくえんぴつがかいてくれたお花を、ゴシゴシゴシッと消していきます。
「あっ、なにするのよ!」
「ダメよ、えんぴつ様のお花は、わたしだけのものなんだから! もえちゃんにはあげないわ」
まるでかくすように、消しゴムはさっきのお花の上におおいかぶさっています。もえはおろおろしながら、えんぴつを見ました。
「消しゴムちゃん、あんまりもえちゃんをこまらせたらダメだよ」
「でも、わたしはえんぴつ様がずっとずっと好きだったのよ。それなのに、もえちゃんなんかにお花をかくなんて、そんなのイヤ!」
だだっこのように、消しゴムがぷるぷるとふるえます。もえはふぐのようにほっぺをふくらませました。そして、消しゴムをひょいっと持ちあげます。
「もう、お勉強のじゃましないでよ。……あれ?」
漢字ドリルを見て、もえは目をきらきらとかがやかせました。
「あっ、さっきのお花が消えてるから、書きなおせるわ」
消しゴムがお花を消してくれたから、まちがった字も消えていたのです。もえはいそいでマス目に角の字を書きます。
「ふん、今日だけよ、消してあげるのは。つぎからはぜったい消してあげないから。ゴシゴシすると、すっごく頭がいたくなるんだからね」
消しゴムがツンツン声でいいました。やれやれといった顔で、もえはうなずきます。すると……。
「でも、消しゴムちゃんは、ぼくのお花は消してくれるんだろう?」
えんぴつがとつぜん、消しゴムに話しかけたのです。えんぴつに聞かれたことが、よっぽどうれしかったのでしょうか、消しゴムはぴょんっとつくえの上ではねたのです。
「もちろんですわ、えんぴつ様! わたし、えんぴつ様のお花だったら、よろこんで消しますわ」
「それならもえちゃん、消しゴムちゃん、こうしようよ。つぎからは……」
後編は本日3/21の17:30ごろに投稿予定です。