第六話 妹とチャーハン
あのあと馬小屋と揶揄される無料宿泊施設でログアウトした。
お金に若干の余裕があるものの、有り余ってるわけでもないから節約だ。
「んー、久しぶりのアウターワールドは疲れるな」
VRデバイスであるヘッドギアを外し、寝転がったまま大きく体を伸ばす。
他のVRゲーと違ってアウターワールドは情報量が桁違いだ。あそこまで五感をフルに使うVRはあのゲームだけだろう。
ゲーム内でも確認した時間を癖でもう一度見てしまう。
あちらの時間は現実世界と比べ何倍にも加速されており、ゲームから戻ったらまず時間を確認する習慣が今も残ってる。
「お兄ちゃん、戻って来た?」
外から妹の早紀の呼ぶ声がして、若干詰まった声でそれに答える。
「ちょうど、今戻ったところだ」
きっと夕食だから呼んでるんだろ。
ゲームでは鳴らないお腹の音を聞いて、俺はベッドから起き上がりキッチンに向かう。
「おまえ、着替えくらいしろ。――で、親父と母さんは?」
早紀はダイニングの椅子に座って携帯端末を弄りながら俺を待ってた。夏休みだからって一日中寝間着のままだった妹にため息の一つも零れる
「小さい事は気にしなーい。二人とも仕事で遅くなるって」
「りょーかい。飯はどうする?」
「お兄ちゃん作って」
高校生にもなってどうかと思うが――まあいいか。
両親共働きのウチはいつからか飯を作るのは俺の役割だ、そして洗濯物は早紀の仕事。
冷蔵庫を開けてざっと食材を確認して、簡単に作れるモノを考える。
「あー、うん。チャーハンでいいか?」
「おう、いえーす。――ベーコンマシマシでよろしく」
「バランスを考えろ」
オカンのような事を言いながら、俺はキッチンで料理を始めた。
そして、十分後。――手早く作ったチャーハンを早紀が大きな口を開いて満足気に食べていた。
「どう? 久しぶりのアウターワールドは?」
「変わらないな、そっちはどうなんだ」
俺が両親の分を取り分けてる間に、すでに半分ほど食べ進めていた早紀がゲームの感想を聞いてくる。
早紀もアウターワールドを最近始め、それがきっかけで俺も同じゲームをやっていたことがバレた。
さすがに高校生にもなって一緒にゲームをしようなんては言ってこない。まあ、機会があったらやりたいと思ってるのだろうが。
「んー、そろそろ飛空艇に乗ってどっか遠出しない? って話になってる」
「一気に世界が広がるタイミングだな」
「そうなの?」
「そりゃ、飛空艇が出てきたら世界が広がるのはゲームの常識だろ?」
世界が広がる瞬間ってのは、ゲーマーが新作ゲームのPVを見るのと同じくらいわくわくするもんだ。
内心、経験済みとはいえ俺もまた飛空艇に乗れるのを楽しみにしてたり。
すぐに作れるチャーハンにしたのはそれが理由だ。時間のかかるものしか作れなさそうだったら、カップ麺だったな。
「そっか。アウターってゲームってより異世界を冒険してる気分になるから、あたしでもわかる……かな?」
「100点満点のレビューをありがとうございます。無法都市も楽しい冒険ができるぞ?」
俺は冗談めかして早紀に無法都市を勧める。FPS系のゲームに興味のない妹がもう一つのワールドに来ないのは分かり切った事だ。だから本気で誘うつもりもない。
「――銃と兵器の現代世界でしょ。絶対いかない」
「くくっ、早紀にはまだ早い世界だったな」
「お兄ちゃんが言ってる楽しい冒険って、ファンタジーな冒険じゃなくて、アウトローな冒険でしょ」
ダンジョンの代わりに軍基地でNPCとPCを襲い、クランの拠点として工場を占拠して物資を頂く。それが銃と兵器の世界『ガンナーズアウター』の楽しみ方だ。
「硝煙と血煙が飛び交う戦場――最高じゃねえか」
「そんな知能指数が低そうな世紀末ヒャッハーなんて嫌、私はもっふもふな動物と触れ合いたいんですぅ」
早くゲームに戻りたい早紀はもう食べ終え、米粒一つ残ってない皿を持って立ち上がる。
「あっそ。皿ぐらいは洗えよ?」
「はーい」
流し台でスポンジ片手に早紀が「おりゃりゃりゃりゃー」と皿を洗ってるのか、割ってるのかわからない奇声を上げる。それを聞きながら、俺は落ち着いて飯を食い進めた。