第六話 Nunbers.Ⅹ『ローゼリア』
天井の崩落に、俺たちを追いかけてきたモンスターの一団が巻き込まれていった。虫たちの断末魔は落ちて砕ける岩々の音でかき消され、緑色の液体が岩の隙間から流れ出る。
こんな状況にもかかわらず、ロゼは動こうとせず何か言葉を紡ごうとする。
「は? 何を言って……ワタシはお前にっ」
振動が徐々に大きくなっていく、ここに居てはこちらまで崩落に巻き込まれそうだ。
震えるロゼの手を引いてその場を離れようとするも、彼女の足が動かない。
俺は仕方なく俯く彼女に向き直る。
「何をした? ――俺に苦痛を与えたか? アウラやトモエを泣かしたか? そんなモン生きてりゃいくらでも経験する痛みなんだよ」
「――ワタシは孤独の痛みしか知らなかった! 人と関わるのがこんなに苦しいなんて、……どうすればいいの。どうやったらこの痛みは消えるの!」
ロゼの今までずっと蓋をしていた物が開いた。
『仲間から引き剥がして、お姉様を攫った』
その間違いをロゼは必死に見ないふりをした。それを認識してしまえば胸の中にある痛みも一緒に気づいてしまうから。しかし俺と一緒に他者を知るたび、その後悔は大きく膨らみ続けたのだろう。
「終わったことは変えられねえんだよ、ロゼ」
地面に水滴が落ちる。
進んだ時計の針は戻せても、実際に時間が巻き戻ることは決してない。仮想世界でもそれは同じだ。
少し前の俺と同じく、いつまでも過去に縛られるロゼの頭を前に向かせて、
「ただ悪いと思ってるなら謝ればいい、俺はそれで全部水に流すさ」
そう笑いかけた。
顔を上げた彼女は流れる涙を乱暴に拭きとり、叱られた子供みたいに俺へ問い返す。
「お姉様も許してくれる?」
アウラとトモエの再会を見てから、ロゼはずっと不安にしていた。だからこそ俺はこいつを仲間にしても大丈夫だって確信できるのだ。
「そもそもなんとも思ってないさ。あいつもおまえも一緒だったからな。だからいつまでも泣いてんじゃねえよ」
「泣いてなんかない! 水滴が上から落ちてきただけだから」
「はいはい」
目を真っ赤に腫らせながら強がるロゼの頭をゆっくり撫でる。ふと彼女の腕輪に嵌まるオニキスのようなコアが目に留まった。中身に僅かな変化が見える?
「トモエにも姉御にも、グレンにもドレイクにも、俺と一緒に頭を下げに行こう。お前はもう俺のナンバーズだ、だから一緒に謝ろう」
「――なさい。ごめんなさい!」
「おう。――まずは溜まったもん全部吐き出すか。ぶつけるには都合の良い相手も来たしな」
「ん」
ロゼの瞳と同じアクアマリンの輝きが、コアの中に生まれた。それが本来あるべき色に近い色だったのかもしれない。
海色と宙色のまだら模様の――歪さが残ったコア。いずれ内の苦悩が晴れた時、完全なオーシャンブルーの宝石になるのだろうか。
「……虫と戦って、お姉様に嫌われない?」
自分たちの住処が破壊されて怒って飛び出してきたのか。新たなモンスターが俺たちの進む先に立ちふさがった。
今度は逃げる必要はない。
もう一度斬馬刀に持ち替え、こちらへ群がってくるアリをひと薙ぎの剣風で一蹴した。
「気にすんな、黙っとけばわかんねえよ」
姉に隠れて悪い事を企む兄妹のように、二人でくすくす笑う。
「そっか……。やろう、マスター」
ロゼは恥ずかしそうに「マスター」と口にする。嫌々とではない、どこか嬉しそうにだ。
「ナンバーズⅩ『ローゼリア』――」
十一番目のナンバーズ、その能力はアウラのアバターを奪っていた時と同じ。弱体化と言う名の調整を受け、俺が許可した持ち物のみを触手に変換する。
ロゼは後ろで潰れたモンスターを取り込んで十本の蠢く触手を作り上げる。
『不可逆変換触手』と名付けられた黒かった触手が、今はロゼのコアと同じ青色の混ざったシマウマ状態になっていた。
その変化にロゼは一瞬驚いた後。深く息を吸い込み、
「いっけぇえええ」
――解き放った。
十本の触手は蛇のように地面や壁、天井を這いずりながらモンスターに襲い掛かる。
べきっ、めきっ。そんな音を鳴らしながら外骨格も肉も関係ないといわんばかりに、数と質量の暴力で押しつぶしていく。
「俺の出番も持ってかれたな」
残ったのは虫だった残骸のみ。それも消耗した触手を再生するために、破壊痕だけを残して取り込まれていった。
「ワタシ用にストックしてたのが全部なくなった」
インベントリにこの為に分けておいた在庫を確認すると一個も残っていない。ネームドモンスターの使わなそうだからって、アウラの能力に任せてありったけ貯め込んでいた素材も全部だ。
「お前のコストも重てえな」
重たいと聞いてロゼは若干恍惚とさせていた表情を曲げる。
「再利用可能だから――でも重たいって言われるのはヤ」
俺の体に誰得の触手を伸ばす。爬虫類の鱗のような、ひんやりと冷たい感触が全身を撫でまわす。
「それはわるーございました」
ロゼは何故か顔を赤くして、「ならいい」と俺を解放したのだった。




