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第四話 身代わり

 フォックスの言う通り、岩肌にぼっかり開いた穴が隠されていた。メインであろう通路の大きさは車が行き来できる程度で、戦闘も余裕で可能だ。


 幻術で隠されたそれをシラユキが見つけたわけだが、


「女狐め! 覚えておれっ。絶対に知ってて黙っておっただろ!」


 と、うるさいくらいに反響する環境で叫んでいるのはアウラである。


 俺の遥か後方――ではないが、それなりの距離を空けて恐る恐る洞窟の中を進んでいる。


「そろそろ慣れたらどうだ」

「無理じゃ! 蛇はまだ我慢できる、じゃが、じゃが、虫だけはやだ!」


 初っ端に飛び出した蜘蛛型のモンスター、これにアウラはストライキを起こした。


「蜘蛛は虫じゃないぞ」

「一緒! 足がうねうねしてて、眼がいっぱいで――」

「お仕事なので進みましょうねー」

「ああああ、うー。やだやだやだ、マスターなんとかして」


 AIがパニックで幼児退行に陥っている。


 仮想とはいえ、昆虫や爬虫類の類は無理って人間はマイノリティじゃない。それに女性プレイヤーで気にならない方が珍しいだろう。


 そんなわけでイベントでは複数ルートを用意して逃げ道は用意してくれる。運営もプレイヤー、特に女性陣からクレームの嵐が来るのが目に見えてるなら回避するに決まってる。


 そんなわけで複数存在するコンセプトのルートの中で、このルートは偶然にも蜘蛛やら虫やらが多いルートだったらしい。


 ギャングビーストの連中が先に進まなかった理由はこれだな。あいつらもこんな気持ち悪い場所で待ち伏せなんてしたくないだろ。


 アウラの声で集まってくるアリ型のモンスターを斬馬刀で切り払いながら、俺はため息を吐く。


 辺りには真っ二つになったモンスターの死骸と緑色の体液が撒き散らされていた。


「まっ、不人気ルートならその分手付かずだからトレジャーは独占できるな」

「わんっ」


 俺がそう言うなり、シラユキがまたお宝の匂いを嗅ぎ取った。島の外縁に比べて、この中はどうやらトレジャーが多いらしい。


 鼻歌まじりに今いる通路より細い横道へと入っていこうとする、俺の手をアウラが取る。


「マスター、やめよう?」

「ダメです」


 ぎこちない笑顔で懇願するアウラに、俺は即却下する。その足元ではシラユキが欠伸をしながら、アリの死骸を前足でぺちぺち叩いている。


「もう、おウチに帰る、アリス――帰ってもいいよね」


 そう言って虚空に向かって話し出したアウラに、知っている声が答えた。


「はい? なんですか、突然GMコールをしたと思ったら」


 アウラが呼び出したのはアリスだった。GM権限でアウラの横に転移してきたのはいいが、彼女も事情がわからず首をかしげている。


「虫やだ」

「あら、かわいい――じゃなくて。ああ、アウラは虫系はダメでしたか」


 幼児退行しているアウラにアリスはノックダウンされた。どこかに連れて行こうとアウラの腕をがっちり掴むと、扉をその場に生成する。


「おい」

「もうカオルさん、いけませんよ? 女の子をいじめたら」


 俺の冷めた声で正気に戻ったアリスはなんと白々しいことを言い出す。


「悪戯はおまえの十八番だろ」

「好きな人には悪戯しちゃうのは仕方ありません」


 そう言って今度は何故かシラユキを抱きかかえるアリス。単に子犬のような愛らしさに戯れたくなっただけだろう、――作った無表情のままで。


「小学生男子かよ」

「ぴちぴちの十代女子ですがなにか」


 アリスはもふもふなシラユキのお腹に埋めていた顔を上げる


 そのドヤ顔はうざい。あと見た目十代の間違いだろ。


「仮想世界が出来て数十年経過してんだろ――で。忙しいって聞いてたが?」


 前半部分に反応して、アリスのこめかみがぴくぴくしている。しかし本当に忙しいみたいで、年齢の文言は聞かなかったことにしたらしい。


「イベントの対応だったり、あの子たちについてだったり忙しいのは本当です。というわけで時間もありませんので、お姉さんから解決案を出します」

「あ?」


 今までの茶番はなんだったのか、アリスはキリっとした表情で人差し指を立てる。


「ロゼにアウラの代理をしてもらってはいかがでしょうか」

「あいつにか、――アウラ」

「うん」

 

 アウラがロゼを取り出した瞬間、黒い触手が伸びる。


「はい、アウラがかわいいからってダメですよ」


 アリスがぺしっと叩くと、ロゼの触手が待てをする犬のように動かなくなった。そのまま少し萎れた様子で触手を腕輪の中に収納していった。


 触手が完全に消え去った後、ロゼは弱い光で二回コアを点滅させる。その謝罪がアウラに対してなのか、アリスに対してなのかは不明だ。


「これに任せてもいいのか?」


 ロゼはこれ扱いに再び触手を伸ばして抗議する。その姿にアリスも若干心配になってきたようだ。


「ロゼ、お利巧さんにしていたらアウラと一緒にお出かけしてもいいですよ。もちろん保護者同行で――ですが」

「わかりやすい奴……」


 一本の細長い触手を尻尾のように左右に振っている。新しいコミュニケーションにしては絵面がひどい。


 だが出掛けるのはいいが腕輪でか? いやアリスなら人型のアバターを作っててもおかしくないな。


「う、うむ。それくらいなら別に構わん。だからさっさと代わってくれ」

「アバターがそのままだと勘違いしますので、こちらで一時的に容姿を少し変更できるようにしておきますね」


 三人娘が管理者画面を操作し始めて数分。


「それじゃあ、ご主人。あとは任せた――ロゼよ、おぬしは虫と戦わなくてよいからな! 決して虫に触れるでないぞ」


 そう言い残してアウラは白い肌に銀糸の美少女アバターから逃げ出した。残されたのは褐色の肌へとアバターの色を変えたロゼである。大きな変更は褐色になった以外に、瞳の色がルビーからアクアマリンになったぐらいだろうか。


「はあ、ワタシは同行してやるが手は貸さないから。べーっだ」


 ロゼはアウラの退場と同時に悪態をつき舌も出して挑発し、シラユキをアリスからひったくり地面に落とす。ここまで基本的に可愛がられてきた愛玩動物はその乱暴な扱いに大いに驚いている。


 そのまま日焼けのような黒い両手でシラユキの頬をつまんで上下に揺らし始めた。ぶつくさ呟く声を聞いてみると、


「妬ましい妬ましい。動物用AI風情が、お姉様に可愛がられるのはワタシだけで――」


 何も聞かなかった。シラユキは恐怖で震えてるが、俺も同じだ。――なにも、聞いていない。


「くぅーん」


 シラユリの救いを求める円らな瞳に、俺はそっと視線を逸らした。


「ヤンデレやべえ」

「申し訳ありません、カオル様。もしあまりにも酷いようでしたらワタクシが――」

「おまえが?」


 目の前で行われる奇行にアリスは申し訳なさそうにする。妹のやらかしを姉が謝罪しているかのような状態だが、そうではない。――長年の付き合いが何か嫌な予感を感じさせる。


「アウラのアバターを使って、なんでもご奉仕させていただきます」

「ノーセンキューだっ。大人しく仕事に戻れや!」


 俺が地面に落ちていた虫の死骸を投げつけると、アリスは「あふんっ」と棒読みで悲鳴を上げて消えていった。


『あんな態度ですが、アウラとは違う形の甘え方です。できたら今後も可愛がってあげてください』


 俺はアリスが残していったメッセージを本人に見られる前に削除し、反抗期なAIに「先に進めぞ、臨時パートナー」と声をかけた。

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