第二話 PvP
山登りを始めて3,4時間ほど、歩みは全く進んでいなかった。
「数が多すぎるっつーの。おふたり様はお断りか!」
「確かに二人相手にこの数は理不尽を感じるな」
このイベントで大活躍している龍機弓から放たれる矢はアンズーを射貫く。怪鳥はイベントの最初に戦った時から能力の変更はないらしく、一発で空から落ちてきた。
残るアンズーは十匹、戦い始めた時は三匹だった。つまりはそういうことだ。
あの巨体ゆえ同時に攻撃できる数が決まってるのは救いだが、四方から襲い掛かる獅子の顎は脅威でしかない。
「埒が明かねえ、大技で打開するぞ」
「ワンダーフェイスか? なら弓はこっちに渡せ、トドメを刺すだけにこいつは過剰火力だ」
矢を連射するアーツ『ガトリングアロー』で牽制してから、灰龍の弓をアウラに投げ渡す。そして代わりにワンダーフェイスを取り出す。
「だから、それでいいのかって聞いたろ」
地面に落下したアンズーに近づき、ワンダーフェイスで首を掻き切る。
「ここで消耗し過ぎると後がきつくなるんでな――『サイクロン』!」
俺は血が付いたままの短剣を持った手を一度体の後ろに下げ、前へと振るった。
ワンダーフェイスから生じたたった一つの竜巻。それが前方のアンズー達を地面にたたき落としていく。
「残り五体、次の増援が来る前に――あっ?」
どういうわけか。さっきまで俺たちを食い殺そうとしていたアンズが山の頂上、アンズーが巡回している巣へと撤退していく。
「ん? なんじゃ、逃げるのか」
脳天を射貫いていくアウラの弦を引く手が止まった。
「勝てないと判断したか?」
「10体くらいは落としたじゃろ、退くにしても判断が遅い」
戦後の処理を始めた俺はアンズーの死体に剥ぎ取りナイフを突き刺す。
死骸が粒子になって消えていったあとには、宝箱が残される。
「中身はっと、アンズーの素材と古銀貨――トレジャーか」
それと修理材が少々。これは緊急に備えてストックだな。
「カラスは光物が好きだと聞くが……」
「龍もそうらしいが、獅子と鷹はどうなんだろうな」
「ふむ、宝を集める習性でもあるのか。そうなるとプレイヤーが持つトレジャーに反応している可能性もあるのう」
戦闘中に持ち物が盗まれるとなると面倒だ。念のためインベントリを確認しても、特に異変はない。戦闘不能になったら消失するタイプの可能性が一番高いか?
「その場合はわらわも含まれると思うか?」
「俺はインベントリを所持してない判定になる場合もあるんだよな。下手したら俺が先に落ちたら失わないで済むかもしれんが――どっちにしろ、ここでデスぺナを喰らったら勝ちは絶望的だ」
山の斜面に背中を向けて、腕を組むアウラが俺にだけ見えるよう人差し指を立てる。――進行方向に一人か。
アウラは奇襲を仕掛けるか視線で確認するが、俺は首を振って否定する。
「隠れてないで出てきたらどうだ」
アンズーとの戦闘中に仕掛けて来るわけでもなく、たった一人で来たことに俺の興味を引いた。
「あ? もういいのか」
大きな岩の陰から出てきたのは筋肉質な大男。その姿には見覚えがあった。
「烏の所にいたプレイヤーか。何の用だ――って聞く必要もないか」
「もちろん、PKに来ただけだ」
殴打用のガントレットを付けた両手を打ち鳴らして、巨漢は戦いたくて仕方ないらしい。
「俺の経験上、あいつが動くときは勿体つける。このタイミングは奴らしくないのだが?」
「そりゃあ、オレが勝手に来ただけだからな。オジキは知らねえよ。まっ、あんたとここで会ったのは偶然だ。俺はただ適当に獲物を探していたら戦闘音が聞こえて、ってだけさ」
「あとで怒られても知らねえぞ」
どうせあいつなら笑って「首は取れたか?」なんて冗談を言うだけだろうがな。
それにわざわざこっちの準備が整うのを待ってから、なんて烏好みな悪役だ。
「そん時はそん時だ。先のことを今考えるのは面倒くせえんだよ。――オレはルード、仲間からはゴリって呼ばれてんだ」
あんまりな名前に俺とアウラは吹き出しそうになる。
ギャングビーストはビーストと付くからか、動物から取った渾名を付ける。烏やフォックスなんて、どこぞの組織のコードネームに使われてもおかしくない名前なんかをだ。そんな中での『ゴリ』である。
「その風貌なら獅子の方が良かろう?」
「良いじゃねえか、ゴリラ。それに俺はライオンなんてガラじゃねえよ。――それで、もういいだろ、俺は駄弁りに来たんじゃねえ。戦いに来たんだ」
こいつはギャングビーストでは珍しい脳筋だ。あそこは真っ向から勝負って気質じゃないからな。
「アウラは索敵を頼む」
「一人でやるのか?」
「こういう戦闘バカと戦うのは俺も好きなんだ。邪魔すんな」
「はいはい。このあとも探索せねばならんのだ、無駄な消耗はするなよ」
「さあ、どうだがな」
武器はワンダーフェイスと格闘用に片腕をガントレット、防具は回避重視の軍服スタイルでいいか。
「ほんじゃま――こいよ、チャレンジャー」
ワンダーフェイスを左手に握り、ガントレットをはめた腕を前に出し二本の指をくいくいっと曲げて挑発する。
「その育ってないアバターで王者を名乗るか、バグメイカー」
互いに啖呵を切ると、ルードは『ステップ』で俺の目の前に着地する。心理戦なんて不要とでも主張したいのか、ただ殴り合うためだけに嬉々として飛び込んできた。
「っしゃああっ!」
ルードはボクシングスタイルの構えから右ストレートを打ち込む。それを俺は体を逸らしながら右腕を掴み、勢いを利用して投げ飛ばす。
「まじか――合気かなんかやってんのか?」
受け身を取って地面に着地するルードは自分が何をされたのか驚いた後、獰猛な笑みを浮かべた。
「俺のはVRゲーで鍛えた独学だ」
「化け物が。ゲームで簡単に強くなれるなら、オレも相手に困らねえよっ」
そう言って立ち上がったルードは姿勢を低くしてタックルで組み付いた。腹部に鈍い痛みを感じた俺はワンダーフェイスを手放す。
「――っつう、非アーツビルドか」
近接型の対人ビルドに多いのがアーツに頼らない立ち回り。武術の型のように決まった動きをするアーツは不用意に使えば、簡単に避けられるし動作硬直の隙を狙われる。
ゆえに上位のPKプレイヤーは身体能力や索敵、動作の補助など受動的なスキルを好む。
「捕まえたぜ」
マウントポジションを取ったルードは拳を握りしめた。このまま地面に組み伏した俺を滅多打ちにするため握った拳を振り上げる。
「残念、ここはガンナーズじゃねえんだよ」
ルードが叩きつけた拳は地面を割った。




