プロローグ
今日は寒すぎて指が動かなかったよ。
さて、どのタイミングで新作を始めようか考え中です。
イベント四日目、リアル時間は二日目の朝。
アウターワールドのロビーにはビジター社の制服である縦横にラインの入ったワンピースを着た女が居た。
アリスと目の前の女はどちらも落ち着いた見た目なのは共通だが、なんとなく違うと感じる。彼女からはアリスの演技臭いクールキャラと違って、突き放したような冷たさを感じる。
「アリスの変装――じゃないな、どちらさまで」
「それの同僚のようなものだ」
椅子から立ち上がることもせず、そいつはアリスの名前を出す。
つまりはこいつも管理AIの一人というわけだ。アウターワールドの管理AIはアリスただ一人。
一体どういうことだ。俺が訝しんでいるとビジターが事情を話しだす。
「ふむ――、そう身構えるな。あのバカは仕事が忙しくてこちらに顔を出せなかっただけだ。今までにもそういうことはあったと聞くが?」
「確かにな、だがそういう時は簡易AIが立っていたはずだ」
俺も毎回毎回アリスがアウターワールドに接続しているかといえば、そうじゃない。アリスが対応できないときは他のプレイヤーと同じ、簡易AIのナビが受け付けに座っていることもある。
「知らんわ。あいつが私に依頼を出したのだ、訳は直接聞け。懇切丁寧に私が説明する義務ははない、――なぜ私がこのような簡易AIがするような雑用をせねばならん」
どうやら彼女も理由を知らずここに立っているらしい、生真面目、あるいは融通が利かないのな。
アリスがここに立っているのは暇つぶしな面が強いはず。わざわざ別のビジターにやらせる仕事じゃないだろうに、これはいつもの悪戯ではないのか?
「ならそうすればいいんじゃないか?」
「……それができればそうしている。私の役割は他の管理AIの手が足りない時の補佐だ。正式な手続きが行われたならそれは私の仕事となる」
「なるほどな」
表情の変化が少ない彼女は、下を向いてため息をついた。なんとも苦労人そうなその姿に、彼女もまたアリスに振り回される側の人間――ビジターだとわからされた。
「まっ、いいか。イベントの中間発表は見れるか?」
警戒の解いた俺はついでに飲み物とお茶請けも、と伝えると睨まれた。
なるほど、アリスが普段出してくるあれらは自腹か、特権の私的利用だったらしいな。
「――これが公式から通達されている公開情報だ」
仮想ウィンドウをこちらに投げてきたのをキャッチする。彼女は――名前を聞いてなかったな。
「名前は?」
あちらさんはシステム側のAIだ。俺の名前も知ってるはず。彼女は「は?」と少し間の抜けた声が返ってきた。どうやら仕事に関わる情報は事前に把握していても、自己紹介は頭から抜け落ちてたらしい。
もしかしたら、あまり対人経験のあるビジターじゃないのかもしれない。
「だから名前だって」
「なぜ貴様に教える必要がある」
「ガイドって名前を名乗るのが普通だろ?」
「そうなのか? ――ふむ」
あー、ちょれい。これはアリスも揶揄い甲斐を感じそうなことで。
っと、渡された公式の公開情報を確認は――。
うちは三位か。一位はアーサーのところで、二位は知らないな。個人順位はドレイクとグレンが首位争いをしていて、俺は十位。あと姉御もジョンも十位以内にいる。クランのメンバーではトモエだけが入っていないが、あいつはフル出場じゃないから仕方ない。
二日目のキュクロプスではMVPとスコアで大きく稼げたとは言え、三日目に戦ったネームドはスコアでしか稼げていな。
『無尽』と付いたスライムはその名のとおり、無限に再生しつづけるやつだった。
『無尽』のLAと攻撃スコアのトップを参戦していたドレイクに持っていかれたのが痛い。三日目となって、さすがにネームドとの戦い方が知れ渡っている今、誰が最初に弱点を見つけるかの勝負になりつつある。
所持するナンバーズもドレイクのほうが相性が良かったしな。
仮想ウィンドウのデータを眺めていたらビジターの女がぽつりと呟く。彼女は嫌々ながらというオーラも隠さず、
「私はリリア、今後出会うこともないだろうからさっさと忘れろ」
と、自分の名前を言った。
「はいはい、リリアね。俺は東雲コウ、お宅のビジターのダチだ」
俺の言葉の裏を読んだからか。リリアは一瞬、表情を変えた。
腹を探られてる不快感というより、アウラが巻き込まれたのを気にしているだ。アリスが代理を頼んだというのも真実か。
「セクター0の……。訂正しよう、貴様とは別の機会もありそうだ」
「できればあんたがアウラの一件と関わりのないやつだといいんだがな」
「あの件に私は関わっていない。我々は人間のように感情で物事を判断しない。だからこそ公平な秩序を築けるはず、だというのに――」
後半は何者かへの文句であろう。
木島さん達の言っていた支配派のビジターか。それに支配派とはいえ、一枚岩でもないと。
わざわざ俺に会わせるとはアリスは何を考えているんだ。
「感情で判断しない? 嘘だなー、それは」
それにしてもこいつからはロゼと似た気配がするんだよな。
「なに?」
「お前らビジターにも感情はある。感情を持つ以上、それを無視して動ける奴なんかいねえよ」
引きこもることにしたロゼとは反対に、こいつは強引に何かを正そうとしている。人間関係でノイローゼにでもなっているのか?
電脳生命体も適度にストレス発散させてやらないと病気になるんだな。
「人間とビジターは違う」
反射的にリリアは否定する。
「――それが答えだ。今、お前は感情で否定した。どっちも変わんねえんだよ。ビジターが特別だ、なんて考えがつまらねえんだよ」
長々と人間講義なんて俺の趣味じゃねえ。これはアリスに貸し一つにしとくか。
「もう少し自分の声に耳を傾けてみるんだな。そうすりゃ人間ってもんを少しは理解できるだろ」
俺は仮想ディスプレイを閉じて、リリスにゲームサーバーへログインさせてくれと頼む。
リリスは「つまらない……」と独り言をつぶやきながらもアウターワールドへの扉を作り、自分の仕事はきっちりこなす。
「貴様にとってアウラローゼは何だ」
早くイベントへ戻りたいのに、リリアが俺を呼び止める。
自分探しをするのはいいが、タイミングを考えて欲しいモノだ。
「あ? 面倒くさいことを聞くなあ。一緒に遊んで、たまに喧嘩する――そりゃ、ダチに決まってんだろ」
「友人……」
俺の姿が消えるまで、リリスはずっと考え事を続けていた。




