第四話 狼少女はストーカー予備軍
ぶんぶん左右に振り回される狼の尻尾が俺の顔面に何度もぶつけられる。
何が楽しいのだろうか、感情にリンクしている獣人アバターの獣耳と尻尾は無意識で暴れているのだ。
そんな今の俺の状況は、助けた女に引きずられるまま露店市場を進んでいる途中だった。
ガッチリ俺を捕まえてる女、ルルエッタがSTR強化の装備を付けてるせいで、完全に力負けだ。
耐久無限な初期装備の服が永遠とダメージを受け続けることになる。
「きゃあ、尻尾をいきなり触らないでよ!」
うっとおしく顔の近くをちょこまかと動き回るルルエッタの尻尾を手で遮ると、ルルエッタは驚いて悲鳴を上げた。
「10万AGってシケてんなあ。これであいつと戦えるか?」
抗議の声は無視してインベントリに書いてある所持金の桁を確かめた。そして俺は微妙な顔で300Gを現金化する。
「――やっぱり、賭け試合にしてたのね」
「もっちろん、無償の奉仕なんて俺がするかよ」
取り出した三枚の硬貨を目に入った売店のNPCに投げ、
「おっちゃん、アップルジュース二つ頂戴」
と言い、インベントリに放り込まれた瓶のジュースを取り出してウィンドウを閉じる。
「あんた、引きずられてるのに余裕過ぎない?」
「何事も楽しんで取り組むのが性分でね。ほれ、お裾分け」
呆れ顔でジュースを受け取るルルエッタは掴んでいた俺の後ろ襟を離した。
「それでなんで俺を引っ張って来たんだよ」
立ち上がった俺はズボンに付いた土も払わなかった。それよりもまず、勝利の美酒を一気飲みするのが先だ。
キンキンに冷えたとあるメーカーと同じ味に「うめえ」と感嘆しつつ、ルルエッタの目的を聞き出す。
「確認したいことがあったからよ。あなた、『Hack』を知らない?」
「ハック……ね。漠然とし過ぎた質問だ。言葉の意味なら『ぶった切る』、電子的意味ならハッキング――」
いやいやログイン早々これって、裏で誰かがなんか悪さでもしてんのか?
思わず「大当たり!」と煽りたくなる気持ちを抑えて、努めて冷静にうそぶく。
「とあるクラフトマンのアバターネームよ。あなたがそうじゃないの? 言ったわよね、アカウントは他にあるって」
「あの距離の会話を――って、そのアクセか」
このゲームは装備とスキルで強くなると説明したはず。
装備には大抵スキルがエンチャントされていて、付け替えることで状況に合わせ臨機応変に対応できる。育てればどんどん強くなっていくが気軽に変更できないアバタースキルの穴はこれで埋めるってわけだ。
ルルエッタが指で弄ぶイヤリング。それが聴力を補佐するのに特化したスキルを持っているのは、こいつの自慢げな表情を見ればわかる。
「正解よ、このイヤリングに付いてるスキルは『聴覚強化』、それも高レベルのよ」
「それは良いもん使ってんな」
どれだけ本気で探してたんだか。
使えば成長するアバタースキルに対して、エンチャントスキルは育たない。
高レベルのスキル持ちアクセなんて昔の俺ならいざ知らず、他のエンチャントスキル次第じゃ今回稼いだ10万Gなんて、オークションの手数料を支払うだけでなくなる高級装備なんですが?
「当たり前よ。私は彼を見つけるためにあそこで待ってたんだから」
「来るかもわからないのにか?」
「絶対に彼は来てるわ。私にはわかるの」
「そりゃ肝が冷えるストーカー女だ」
いや、本当に勘弁してくれ。何のために俺を探しているのかしらんが、ホラーゲームは見る専なんだよ――ゾンビシューティングは除くけど。
もしかして四年前の知り合いか? なんとなく見覚えのある面影だが……、成長してアバターも別ならわかんねえぞ。
「うっさい! 私だってこんなことしたくないわよ」
「なら、素直にゲームを――。諦めてゲームに戻ったらどうだ?」
おっと、口癖は気にしないとな。俺も素直にゲームを楽しみたいもんだ。
ルルエッタは夏の熱波と恥ずかしさで染まった頬を冷やすようにジュースを男らしく飲み干し、近くのごみ箱に投げる。
「普段はちゃんと友達と遊んでるわよ……とにかく! あなたはHackの可能性があるからついていくわっ」
「迷惑行為で運営AI呼ぶぞ?」
「うぐっ、いいじゃない……(私はなんとしてもHackに会わないといけないの)」
「はあ、勝手にしろ」
後ろから付いてくるルルエッタを無視して、俺は手に入れた軍資金で装備を整えるために露店を巡り始めた。
「ねえ、ビルドはどうするの?」
重装は俺のスタイルとは合ってないから無しだ。となると布かレザーの軽装防具になるが、完成品を買うしかなさそうだな。
昔のフレンドに頼むのは……したくない。とりあえず防御系スキルは後回しにしてアクセサリーから補うか。
赤い人も言ってた、「当たらなければどうということはない」――と。
「ねえってばー。これは情報収集じゃなくて、只の雑談よ? 一緒に『ゲームを楽しみましょう?』」
「はいはい、まずはアクセサリーと武器用の鉱石探しをさせてくれ」
そういいながら手頃な金属鉱石をぽちっと購入。鑑定はレベルが低く鉱石の目利きの役には立たないが、そんなもん無くてもPSでわかる。
「ホー、ってことはクラフトマンなのね」
「――そうだよ」
「――そうなんだ(にやにや)」
俺は振り返ってルルエッタに、
「どうせ鑑定系のアクセも持ってんだろ」
と、いくつも身に纏うアクセサリーを見て言う。
高級アクセを用意してたんだ、ビルドも人探しに特化した構成だろ。
「もちろん。だから名前もクラスもアバタースキルだって、全部知ってたわ」
「ストーカーに覗き趣味とは多趣味過ぎて泣けてくるな」
「趣味じゃないわよ! 致し方なくってやつなんだから――」
おっと、STRアクセ発見。メモリストにプレイヤー名とアイテム名を一応記録っと。
今の俺が持ってるアバタースキルは、
鍜治・ガンスミス
短剣・拳銃
格闘術
DEX強化
鑑定
の5つ、初級だったりのレベル表記は面倒だから省く。
最大十個まで同時にセットできるアバタースキルだが、育てる時間が勿体ないから防具と同じく後回しだ。
あいつと戦闘になる可能性を考慮すると、AGIは必須。生半端なSTRは意味がないからクラフト用に割り切るべきだろ。
「――ってまた自分の世界に入り込んで、話聞いてないし」
「ああ、悪い」
「構成は決まった? 火力特化とか敏捷特化とかにする?」
「10万じゃ、基本構成しか作れないさ。そもそも真っ先にネタビルドを提案すんなよ」
市場全ての露店にアクセスできる、魔法具っぽい見た目のした端末からメモを頼りにアイテムを購入する。
わざわざ直接見て回る必要はなかったのに、俺がわざわざ歩いて回ったのはなんとなくってだけだ。ルルエッタを連れ歩いて、昔を思い出していたからかもしれない。
「クラフトマンでまず戦闘ビルドから作ろうとしてる時点でイロモノじゃない?」
「おっと、それは言わないお約束だぜ、とっつあん」
「誰がとっつあんだ。ばーかばーか」
「HAHAHA」
必要なアイテムは買いそろえた。
今度はクラフトマンの本業、生産を行う為の施設に移動だ。