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第十一話 ナンバーズは暴れる

 氷水系最上位殲滅魔法『ニブルヘイム』


 面の攻撃、いやそれどころではない。地形を変える魔法といった方がいいだろう。


 他の殲滅魔法のような派手さはない。だが不可視のそれが通った道はどの魔法よりも美しく冷たい。


 波打つ大海原は術者であるトモエらしき人影を起点として扇状に凍り付く。海上で活動していたアンズー、プレイヤー問わずにだ。


 上空へ逃げ遅れたアンズーだったモノは地面に落ち砕け散り、防御陣を構築しなかったプレイヤーは訳も分からず凍らされる。


 その危険を理解した者は敵味方関係なく、アーツを一点に合わせて危機を乗り越えるために協力し合う。


 眼前が少しずつ冷たい像が並ぶ白銀の世界に作り替えられ、その死がゆっくりと近づいてくると感じるのは俺の遠近感が狂ってしまったからだろう。


 実際には高速で広がっているにも関わらず、その広大さのせいで遅く見えてるに過ぎない。


 さていつまでも幻想的な死に見惚れているわけにはいかない。


「アウラ、頼む」

「うむ」


 吐く息が白く、叩きつけられる冷風で無意識に体を抱きしめる。すでに周囲は夏の気温ではなく、真冬の寒さが俺たちを襲っていた。


 俺とジョンで生み出した火を纏う竜巻達はニブルヘイムの絶対零度を防いでいるが、一度、二度と無色の波がぶつかる度、その勢いは確かに喰われて小さくなっていく。


 寒さ対策に用意していた防寒スキルの付いたマフラーが風に揺れる。現実とは違うゲームシステムという法則の存在する仮想世界だからこそ、これ一つでも凍傷を防ぐことぐらいはできるがある。ただ寒いものは寒い。


「『フォートレスガーディアン』」


 マナを使い果たした俺の代わりに、ヒメコが氷を張って足場を作る。その氷の足場にアウラがタワーシールドに分類される大盾を突き刺し、防御アーツを発動させた。


 俺たちの三倍程度のサイズがある幻の騎士が出現し、構えた巨大な盾から半透明の壁を左右に展開していく。


 本来ならこれひとつで『ニブルヘイム』のダメージを生き残れる程度に抑えることができるはずだが……。トモエが使ったのは七重だ、火炎旋風で威力を抑えてなければオーバーキルという言葉すら生温い惨状になっていただろう。


 約束した通り殲滅魔法と派手なアーツの大衝突という画を用意できた。配信者であるヒメコは頬を紅葉色に染めて、大迫力な天災を実況中だ。


 ヒメコの氷耐性バフと最低限の防寒装備で凌いでる俺たちの中で仲間はずれを見つけた。ジョンだけが防寒スキルにガン振りした装備をありったけ着込んでいるのだ。


 すでにできる対策をし尽くし、あとは『ニブルヘイム』と『火炎旋風』がぶつかり合うのを見届けるだけの僅かな待ち時間。俺はその何もできない時間に、一人暖かそうな恰好に着替えたジョンの肩に手を回す。


「へい、ジョン。自分だけ随分暖かそうな恰好をしてるな」

「自分、寒がりなんすよ」


 氷に突き刺した盾から手を離さず、こちらに振り返ったアウラも俺と一緒にジョンを弄りだした。


「殺してでもうばいとるか?」

「いやいや、このゲーム殺しても奪えませんからね、アウラ嬢。アハハハハハ」


 冗談と分かっていても、ジョンは乾いた笑いで持っていた武器をインベントリの中にしまう。きちんと俺らの副音声が届いたようだ。


 「ここで裏切るつもりじゃねえよな?」――と。


 俺とアウラが釘を刺しつつチンピラ絡みをジョンにしていると、別の場所から火柱が上がった。


 あちこちで死の寒波を防ぐ為、防御アーツや火属性のアーツが発動しているのだが、その中に以前、グレンが使ったアーツも見えた。


「あっちにグレンがいたのか」


 位置は狙撃者の居た方角、同じ船に乗り合わせていたのだろう。途中で狙撃が止んだのはグレンとも戦闘になったのが理由か?


「じゃな。――しかしあやつは陸までマナが持つのか」


 見たところ、グレンがボートに乗ってる気配はない。『水上移動』とそこら中にある足場を使ってここまで来たのだ。


「水上移動が切れても泳いで渡りきるだろ」

「うわー、ありえそうっす。グレンならレザー系の装備でも、力業で泳ぎ切る姿が想像できるっすね」


 自分から話が逸れたのをいいことに、ジョンもグレンの話題に乗る。


 そして俺が思い浮かべる無茶な手段を誰一人否定しない。夏の海が氷の海に豹変しても関係ない、グレンなら気合でどうにかしそうだからだ。


 これで残るメンバーで居場所が割れてないのはドーラとドレイクの二人。トモエの護衛をしていたのがドーラだとして、ドレイクは一足先に島へ向かったか?


「リーダー、これからどうします?」

「俺らと戦うって話か?」


 アウラはアーツの発動中で動けない、俺はマナが空でまともに戦えない。絶好のPKチャンスではあるが、ジョンにそんなつもりはなさそうだ。


「いやだなあ、そんな訳ないっすよ。不審な行動をとったら背後からザクッ――でしょ?」


 実況中のヒメコは常に俺らの一番後ろ、スクリューの舵付近にいる。いつでもジョンを刺せる位置に立っていた。


 奇襲がメインのビルド相手を警戒してないはずがないのだ。ただそれが無くてもジョンは俺をPKしなかったとも思う。


 結局のところ、この前哨戦はお遊びに過ぎないのだ。本気で戦うにはまだ早い。


「ならさっさと先に進んでろ。俺らはしばらく休憩してから島に上陸する」

「了解っす。それじゃあ、俺は先輩とグレンにちょっかいかけてきます」


 ジョンはそう言って、嬉しそうに姿を消した。


「だー、最下位か。4年のブランクはきっついな」


 マナが空になった不快感と先頭集団に追いつけなかった悔しさに、俺はボートの上で寝転んだ。


 嫌になるくらい存在を主張する太陽に目を瞑ると、盾をインベントリに戻したアウラが話しかけてくる。


「ふむ、勝負は諦めて普通に楽しむか?」

「何言ってんだ、これくらいのハンデがあった方が燃えるだろ?」


 島の方から第二ラウンドが始まった音がする。


 グレンとドレイクが一位争いを始め、姉御とトモエは遠回りで先に進み、ジョンは適当に四散する。――そんな展開になるだろう。


 起き上がった俺は楽しそうに戦うダチを、ボートから眺めるしかできなかった。

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