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第十話 前哨戦

 カルネアデスの板という寓話をご存じだろうか。自分が助かる為に、他者を蹴落として生き残るという緊急避難の例でもよく挙げられるアレである。


 まさに遭難した俺たちが直面する問題だ。


「悪いな、このボートは三人乗りなんだ」


 誰かが作った海に浮かぶ氷の足場を回避しながら、救命ボートは進む。魔導式の回転スクリューで動くボートの操作はヒメコに任せて、俺とアウラはアンズーと他プレイヤーの排除を担当していた。


「とても悪いなんて思ってる顔には見せませんよ。あと救命ボートが三人乗りなわけないですからね」

「知らねえなあ! この後起こるお祭りを考えると、興奮が抑えきれん! ――っと、『ショックアロー』」


 あいつらが来る前に消耗していては話にならん。


 できるだけ消耗の軽いアーツを使い、こちらに向かってくるプレイヤーの足止めをする。


 船から一キロ以上距離を取ったとはいえ、まだまだスキルで強化されたプレイヤーならたどり着ける範囲内だ。


 氷魔法で足場を作りながら、休憩を挟めば島にたどり着くのは不可能ではない。実際、一部のパーティは最速で島に上陸するのを諦め、交代で島への氷の道を作っている。


「アウラ――右船方向、狙撃!」


 俺の声に反応して、アウラはすぐさま俺の指さす方に大盾を構える。


 『直感』のスキルが反応したのは遥か後方。俺たちが乗ってた船とは別の船――機関部を爆破した船に乗ってたプレイヤーだ。


「おっ――と、射手は何処じゃ!」

「軌道が放射線じゃねえ。『アズライール』の可能性が高いっ」

「ジョンかドレイクのどちらかか」

「俺はドレイクだと思うがね」


 直感が反応したタイムラグを考えると、どう考えても直射で狙える距離じゃないはずだ。アーツも届かない射程――距離減衰無効(ノンストップ)のシステムオーバーを持つアズライール以外ありえない。


 グレンとトモエが持つナンバーズは知っている。となると姉御を入れた三人が候補となるが、狙撃は姉御のイメージではない。交換という手段があるのだ、精度も考えるとドレイクに一票だ。


 だがしかし、どうやら襲撃者どもは狙撃だけに集中させてはくれないようだ。


「世界を書き換えろ――アルコバレーノ『セプタプルニブルヘイム』」


 火力を削った分、対人スキルを優先した甲斐があった――。直感と聴覚強化を組み合わせスキルで遠くの声を聞き取れた。


 場所は狙撃者の乗っていた魔導客船の向こう側、船を一つ分隔てたあちら側から脱出したプレイヤーだろう。


 ただでさえ射程が一方的だというのに、明らかにやばい魔法の名前が聞こえた。


 おそらくあの声はトモエだ。


 律儀にも、自分に届けられたナンバーズを渡しに来たから、トモエがどのナンバーズを持つか知っている。――結局あいつも参戦するつもりらしく、持ってきたナンバーズは返品したが。


 あいつが持ってるナンバーズ。それは七回分の魔法をストックし、同時に展開させるオーバースキル『天才の(ジーニアス・)記憶領域(ライブラリ)』である。


「七重の広範囲殲滅魔法が来るぞ!

「ひえっ、属性はっ」


 殲滅魔法は大規模戦闘で使う魔法だ。敵味方関係なく数キロ以上の戦場に影響を与える魔法なのだが、運用するには複数人で分担して負荷を減らす等の工夫が必要になる。


 トモエはイベント前に少なくないリソースを使って、七つの殲滅魔法をアルコバレーノにストックさせたのだろう。


「一発ネタにどんだけ労力を割いてんだっ。氷――『ニブルヘイム』だ」


 本格的にイベントが始まってすらない前哨戦も前哨戦、それも後々勝敗に絡むとも思えない場面で決戦級の手札を切る。


 そこに戦略的理由はない、ただおもしろいからぶっ放すだけなのだ。


「どうやって対処するの!」


 ヒメコは半ば叫び声になりつつある大声で俺に助けを求める。


 おもしろいモンを見せてやると大見得切ったんだ、最高のシチュエーションを演出してやるよ。


「こっちもナンバーズを使う。ヒメコはボートを止めて、ありったけバフを撒け」

「りょ、りょー!」


 空に浮かぶ縦に七つ並んだ巨大な魔法陣。アルコバレーノの厄介な所は魔法を発動させるのに必要な準備時間が短い点である。


 魔法陣が姿を見せてから猶予は5分。たったそれだけで戦場を壊滅させる魔法が発動できるのだ。


 アズライールを持つ何者かはトモエに狙撃を続けるが、トモエ以外に護衛の人間が居る。


 しばらくして狙撃者の攻撃は止んだ。おそらく阻止は諦めて避難か防ぐ方向に方針を変えたのだろう。


「――で、おまえはどうすんだ」


 俺が話しかけた場所は何もない空間。視線の先には船を操作するヒメコしかおらず、彼女は何のことかわからず首を傾けるだけだ。


 しかし、そいつは隠れても無駄だと悟り姿を見せる。


「リーダーのその異能って厄介すぎるっすよ」


 ボートの中心に現れたのは白い袴に、黒い上衣の忍び装束をアレンジしたような恰好の金髪男。下っ端ロールが何故か似合う男のアバター名はジョン=ドゥ。


 見た目は悪くないのだが、姉御からは喋ると残念になると称されるお調子者だ。


「お前も参加すると知ってて、警戒しないわけないだろ。それと姉御から聞いたよ、結婚したらしいな。おめでとさん」

「リーダーも変わらないですね、どうもっす」


 こんな状況にも関わらず俺が祝福すると、ジョンは少し照れながら頭を下げて笑う。


「それで何しに来たんだ。挨拶のためだけにきたわけじゃないだろ」

「もちろん、助けにきたんすよ」


 なんとも白々しい事を言うジョン。どうせ、こいつもトモエの魔法に巻き込まれるから急いで俺らのところに逃げ込んできたに違いない。


「はあ、一人じゃどうにもならんから協力しに来たんだろ」

「まあまあ、困ったときは助け合いましょうよ」

「お前のナンバーズは?」

「殲滅魔法に対抗できる類じゃないですよ」


 ――となるといくつか候補から外れるが、こいつが本当のことを言うかね?


 ジョンはどちらかというと姉御やドレイクに近い。決して絡め手が苦手なグレンやトモエ側の人間ではない。


 ただまあ、どこか抜けてるせいで策士策に溺れることが多い。


「――そういうことにしてやるよ。今のクラスも超忍だよな」

「ちっちっちっ、今の俺は忍神(シノビガミ)なんですよ?」

「……うざ」

「ちょっとリーダー、そのリアクションはないっすよ」


 男のどや顔を見せられても、そうとしか言えねえよ。アウラはジョンの扱いが懐かしいのか、顔を横に向けて笑みを隠していた。


「よし、アウラはそのまま盾で防御、俺とジョンでトモエの魔法にアーツをぶつけるぞ」


 有象無象を蹴散らしてきた弓をワンダーフェイスに持ち替える。


「リーダーが持ってたのはワンダーフェイス……と」

「何をするつもりか言う必要はねえな?」

「もちろんっす。任せてくださいよ」


 なんとも頼りにくいジョンの言葉だが、仕方なく俺はトモエの魔法に対抗するアーツを準備し始める。


 『ダブルハンド』――でワンダーフェイスをもう一つ左手に増やし、


 『トライエッジ』――によって攻撃回数が三倍になる。


 これで攻撃アーツを使えば、六発同時発動になる。


「いくぞ、ジョン――『セクスサイクロン』」

「了解っす、リーダー――『火遁鳳凰連弾』」


 俺の作った六つの竜巻は、ジョンの火の鳥と合わさり火炎旋風へと昇華した。

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