第八話 嵐の前
俺とヒメコが見つけた雲の正体が魔物の群れだとわかった。
うん、知ってた。あの光景は何度も見たことあるから。
「正体不明の雲改め、アンズーの群れがこちらに来るまであと十分もないのう」
エヴァーガーデンは速度を緩めることもなく、時速55キロの巡航速度を維持し続けた。最初は小さかった島もその全容が見えてくる。
船は陸に近づきつつあるが、アンズーがこちらににたどり着く方が早いのは考えるまでもない。
「大規模戦闘はイベントの花形だ。どこかのタイミングで発生するのはわかってが……」
「狭い船上での迎撃は厳しいな」
配信の為に今の状況をカメラに向かって話してるヒメコは放置して、俺とアウラはこれからどうするか悩んでいた。
「ああ、さすがアウターワールド。インフォメーションもわざとだな」
「なんのこと?」
解説をしながらも俺の呟きにヒメコが反応する。
あの文章から開発の悪意というものが、俺の異能を使わずとも感じ取れた。実際に使う気も起きないのだけどな。
「ヒメコはこれを読んで、勝利条件をどう取った?」
俺は彼女が先ほど読み上げた内容と同じ、ウィンドウを人差し指で叩く。
「ん? んー、『船を守る』やろ?」
と、ヒメコは少し考えた後に常識的な答えを挙げた。「どこかおかしな所でもあった?」とでも言いたげな顔でだ。
「それが普通だろうな。ちなみに俺は『生存』だ」
「うわー、そういうこと。船なんてさっさと捨てて、島に逃げ込んじゃえば良いんだ」
公式は一言も「協力して」とも「船を守れ」とも言っていない。誤解を招く書き方をしているのは絶対に俺たちを船と一緒に海に沈めるつもりだったに違いない。
さすがにここでキルされたとしても、スタートダッシュに遅れるぐらいのデメリットしかないだろうが。
「助け合う時間があれば、他者を出し抜けというわけじゃな。今回のイベントは協力でなく、お宝をどれだけ集められるか競うイベントであろう」
「じゃあさっさと救命ボートに乗って逃げたほうがいい?」
配信用のスイッチが入ったヒメコは俺らの上に吊るされたゴムボートっぽいモノを指さす。
近くの解放ボタンを押せば簡単に海上へ降ろすことができるだろう、――がまだ早い。
「アンズーの動きが分からないまま脱出しても、囲まれて鳥葬にされるだけだ」
「ちょうそう?」
今時、鳥葬なんて言われてもわからないか。少し間抜けっぽい声でオウム返しするアイドルに、アウラが言葉の意味を説明する。
「鳥の葬儀と書いて鳥葬だ。簡単に言うと鳥に死体を食われるぞ、とカオルは言いたいのだ」
「ぜーったい、いやっ!」
「なら水上戦用の装備に換えてしばらく待機だ。アンズーが船に集中するタイミングで船から脱出する」
「りょうかーい。ヒメとしてはバッファーとして活躍してから島に行きたかったなー」
配信者として見せ場が必要なんだろう。ヒメコのビルドは昔と変わってなければ、戦場の中心でバフをばら撒きながら回復したり攻撃したりする――サポート寄りの何でも屋だ。
彼女の歌や踊りと戦闘を同時にこなす技術は俺も一目を置いている。
「画的にはそうだろうが……もっとおもしろいモンが取れるから待っとけ」
「ほえ?」
「俺が誰か忘れたのか?」
何度か瞬きをしたヒメコは俺が何を言いたいのか理解して、顔を引きずらせた。
何せヒメコは『オーバーセンス』のメンバーじゃないが、身内扱いである。関わりの深い彼女は俺たちの性質というものを熟知している。
「『オーバーセンス』の内輪揉めにまた巻き込まれるの!?」
「イエス。――だが内輪揉めじゃなくて、勝負だっつってんだろ。あいつらは間違いなく混乱に乗じて俺を潰しに来るぜ? なにせ俺の回りに『オーバーセンス』のメンバーは自然と集まるって決まってるからな」
まるで俺にカリスマがあるかのように言ってるが、「騒ぎを起こすのが大抵、お主だからだろ」と呆れるアウラの小言が正しい。
「さあ――! さあ――! さあ――! 始まりの時間だ! 今さら準備ができてないなんていうなよ、お姫様?」
「ちゃんとステージまでエスコートしてよね」
「優雅なダンスパーティーじゃないからな、お行儀の良いエスコートは期待するなよ」
俺は懐からリモートリモコンを取り出し、
「let's enjoy the game.――HAHAHAHA」
カチッカチッと、二度スイッチを押した。




