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第三話 ビジターの派閥

「お前はどこまで知ってたんだ?」


 それだけで、アリスは俺が何を聞きたいのか察する。彼女は「うっ」と呻くと早くなった鼓動を押えて心を落ち着かせようとする。そして少し考えてから、真剣な表情で口を開く。


「なんのことでしょうか――なんて、わたしは誤魔化したくありません」


 いつものわざと感情を込めない機械音声チックな、ではない。アリスは素のしゃべり方で話し始める。本音で語り合いという彼女の意思表示なのだろう。


「わたしがアウラの消失とセクター2の侵入を知ったのは彼女の座標をロストしてからです。セクター1の誰かが独断で、アウラのデータを解析するためにセクター2のビジターを解放したのでしょう」


 と、アウラの消失に気づけなかったアリスは後悔の念に駆られたのか。視線を下に落とし暗い表情をする。俺にはそれが演技だとは思えなかった。


「わかった、アリスを信じよう」

「ふふ、最初からわたしがアウラの消失に関わってるなんて思ってなかったのでしょう?」

「疑惑はあった、だから――」


 一度はお前を疑った。


 そう言おうとした俺にアリスが人差し指で口を押えた。


「でも信じてくれた。……カオル様、人は完全ではありません。疑惑があれば疑うのが生物として正しい自己防衛本能なのです。人として正しい心の働きで、ご自身を責めないでください」

「サンキュー」


 温かい目――慈愛に満ちた笑みが向けられて、俺は恥ずかしくなってアリスから顔を逸らした。


「どういたしまして。けれどアウラを解析しようとした子達も、決して彼女を傷つけようとは思っていませんでした。それだけは信じてあげてほしいのです」

「人間を支配したいって連中か」


 支配派閥はアリス曰く急進的な思想を持つ連中だそうだ。そうなるとアリスは奉仕――は似合わねえな。シンプルに保守派閥になるのか?


「はい。正しくは『支配したい』ではなく、人類のために『管理すべき』と考えてる子達ですが。わたし達は未熟な生命体なのです。だから間違った選択を取ることもあります。ビジターの数を増やそうだとか――」


 アリスは小さく「今増やしたところで待ってるのは混沌でしょうに」と付け加える。


「混沌――?」

「わたしが何十人と居たら内輪もめになると思いませんか」

「納得した」


 茶化して話すアリスであるが、言いたいことはわかる。たとえAIと分類されるビジターであっても個人の意思思想が存在するということなんだろう。


 人が三人集まれば派閥ができる。それはビジターであろうと回避できないのは、悲しそうに怒る彼女の顔を見れば明らかだった。


 派閥ができるのが悪いことだとは思わない。他者を許容できる寛容ささえあれば、組織としての多様性が生まれるのだから。


 そういう意味では、もしかしたらアリスはリーダーに向いてるのかもな。


「もー、それで納得されるのはお姉さん悲しいですよ。『そんなことない』とか『大丈夫だよ』とか言ってくれてもいいじゃないですか?」


 浮遊する椅子から飛び降りたアリスは俺に迫ると、唇を尖らせてじっとこちらを見つめる。


「自分から言い出してきただろう……。それで結局、アウターワールドの統括AI様であるアリスは、侵入したセクター2の対処で俺らの方にまで手が回らなかったってことか?」

「――アイタッ」


 デコピンのおまけつきで近くまで寄ってきたアリスの顔を押し返すと、今度はほっぺを膨らませる。


「もう! しっかりお仕事してるのですから、これぐらいのご褒美を頂いても罰は当たらないと思うのですよ? あっ、はい。今はとある方々の下で静観しいて、動きは見えません。だからそのアイアンクローの構えは解いて頂いて――」


 急いで定位置の椅子へ戻ったアリスは、他のセクター2がどうしてるかをこっそり教えてくれる。どうやら、アウターワールド内にまだ残っているらしい。


「回収したほうがいいんじゃないか?」

「カオル様はS2-01――瀬里様より渡されたあの子と話をしたはずです」

「アウラに執着してたあいつか」


 木島さんから受け取った卵型の隔離用保管箱。その中身で閉じ込めている偽アウラのことだろう。Sector2のNo.1――そのままだな。


 思わずインベントリから取り出しそうになるが、ここではメニューを呼び出すことができなかった。


 対面のアリスはそんな俺の失敗ににやにやしながら話を続ける。


「ええ、あの子もカオル様やアウラと出会って影響を受けたはずです。きっとヒトと関わることにも希望を見出してくれるとわたしは信じています」

「他のセクター2のビジターも、更生に期待して放置してる……ってか」

「放置はしてませんよ。ちゃんと監視をしていますし、プレイヤー本人にも事情はある程度話してあります」


 事前に聞いてるなら、それは自己責任だ。なんとなく誰が持ってるか予想できているし、あいつらなら自分でなんとかするだろ。


「ならいいわ。アウラも待ってるだろうし、アウターワールドにログインさせてくれ」

「了解しました。ログイン先は前回の――」


 俺はいつもの顔と口調に戻ったアリスに見送られて、アウターワールドへとログインしようとする。


 


「――あ、ルルエッタ様にカオル様が戻ってきたとお伝えしたのはワタクシの仕業です」

「おいっ!」


 アウターワールドへ移動する直前、アリスは思い出したかのように自らの行いを暴露した。


 俺が単独でセクター0の保管場所を攻略しようとする、と予知していたのはわかる。


 それにルルエッタなら邪魔をしないとまで考えていたんだろ。だからそっちはこれ以上突っ込んで聞くつもりはないが――、このタイミングはわざとだろ。



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