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第二話 ファーストコンタクト

「ああ、この匂いだ」


 三年ぶりに吸う仮想世界の空気。


 科学的な方法で無理やり綺麗にしているのではない。不純物を排除した、昔の地球が再現(シミュレート)された幻想世界の自然が鼻に香る。


 俺のテリトリーだった無法都市の車から吐き出される排気ガスとそこら中から漂う硝煙の匂いも懐かしいが、これも悪くない。


 確かスタートは教会からだったはずだが、――どこだここ。


 軽く周囲を確認すると目に入るのは、リスポーン兼転移地点である噴水広場。オンラインゲームではありふれた露店にはNPCと呼ばれる簡易AIが立って居る。


 もちろん、プレイヤー本人がながら作業で店番をしてる露店も点々と存在する。


 チュートリアルをスキップしたから、二回目以降と同じ場所にログインしたみたいだな。


 今いる広場からさらに遠くへ視線を移すとレンガ調の街並みだ。本場ヨーロッパでも、もう観光都市か片田舎でしか残ってない風景はぼーっとしてると何時間でも魅入ってしまう魅力がある。


 そんな映画の舞台になってもおかしくない仮想の都市に、一際目立つ建物が目に入る。


 それは欧米によくある大きな教会。


 記憶のままなら、この世界に初めて来た初心者は女神像とステンドグラスの美しい芸術品が出迎えるはず。


 その幻想的な演出は言葉すら出ず感動したのを思い出す。


「さてと――所持金1000AG(アウターゴールド)。当面は馬小屋みたいな無料宿泊施設があるから良いとして……。今はどうやって金を稼ぐんだ。やばっ、最初の立ち回りくらい調べとけばよかった」


 衝動的に戻ってきた事を後悔する俺は何から始めるべきか迷っていた。


 これが普通のRPGならレベルを上げるためフィールドに出るか、装備を整えに行くだろう。


 しかしながら、このゲームはスキル制のゲームシステムだ。――自由にシステムを導入できるゲームメーカーのプライベートワールドなら話は違うが、この世界ではプレイヤーを強くする要素は装備品とアバターのスキルレベル……あとはプレイヤースキルだけだ。


 簡単に言うと、戦闘でもクエストでも素振りでも、ひたすらスキルを使って『金を稼ぐ』のが、ゲーム的に強くなる王道な手順だ。


 レアアイテムで一発逆転――という手もゲーマーな俺好みであるものの、クラフトマンなら自分の手で装備は作りたい。


 ひとまず露店で今のアウターワールドを知ろうと思い、足をそちらに向けると女の大きな声が聞こえた。


「――しつこい! ナンパはお断りって言ってるでしょ!」


 音の方を見ると非戦闘用の、いわゆる見た目装備の女が男共に囲まれている。


 前後の会話を聞く知るまでもない、よくあるナンパだ。


 金髪、茶髪、赤髪のいかにも頭の軽そうな男が三人。よくまあ、そんなアバターを作ったなと思えるチャラ男のイメージそのもの。


 ちょうど進路上にいる男共の会話も耳に入ってくるが――うん。頭が軽い、叩いたら気持ちの良い空同音がしそうだ。木魚かな?


 ああいう輩を見る度思うんだよな。それで成功した奴っているのか?


 そう思いながら助けを求める女と絶対に目を合わさない。


 わざわざ俺がいかなくともGMである運営側のAIがなんとかする。そう他人事に考えて、すり抜けようとした俺の腕をその女が掴む。


「ちょっとスルーはないんじゃない、ブルー?」


 フレンド扱いして巻き込むつもりか、青髪(ブルー)なんて安直な名前で呼びやがって。


 さっき視線で助けを求めてきたのを無視した意趣返しだ。放してたまるかとでも言いたげな目をした女は俺の腕を力強く握る。


「テメッ、それは――」


 シャンプーの香が鼻先に漂い、サフランイエローの金髪とサファイアのような瞳が俺の眼前に近づく。興味のなかった女の容姿を俺はここで初めて認識した。


 リアル補正だな。


 アバターは骨格を弄れない――つまり身長等は変えられない。なぜならリアルの活動に支障が出るからだ。


 逆に言うとそれ以外は変えられるということになる。目の虹彩、唇の色、顎や腹の肉なんかの部分的なパーツをだ。


 しかし作り物から生じる不自然さは、素人が簡単に消せるモノじゃない。大きく手の加えたアバターはその差異が大きいほど、違和感を感じる。


 だからこの女が自分のアバターに最低限の手しか加えていない、髪色や瞳の色だけ設定してあとはAIに任せた天然の美少女なのかもしれない。もちろんアバターを弄るのが上手いその手のプロなのかもしれないが……。


「(いいから話ぐらい合わせなさいよ。わかってんでしょ? ――ルルエッタよ)」

「(くそったれが、覚えとけよ。ニュービーを面倒に巻き込みやがって)」


 今の俺はどうみても、このゲームを初めて間もない――いや初めてすぐの見た目だ。防具もなく、持ってる武器も最初に支給される短剣。


 そんな弱そうな見た目をしたプレイヤーをこの女は男避けに使うつもりなのだ。


 さっさと運営AIにコールするか……、んん? むしろ、チャンスじゃね?


 俺のゲーマー脳がこの状況は旨いと告げる。――確かにそうだ。


「おいおい、そんな初心者丸出しな奴より――」

「PVEしようぜ。おまえモンスターな(この害虫野郎)!」


 チャラ男Aの無意味な言葉の羅列を遮って、俺は強引に話を進めるためPvPの申請画面を出す。これで人の多い街中でも戦闘可能なエリアを用意してもらえるはずだ……たしか。


 無法都市とは違うルールにやり難さを感じながら、俺は目的を達成するための段取りをつける。


「何だ、お前。ガキはさっさと消えろや」

「三対一とか舐めてんのか」

「あ、ハンデが足りなかったか? 片腕も使わないでやろうか?」


 はい、ここですかさず燃料を投下します。これでチンピラモブの顔は真っ赤になるでしょう。


 あーやっぱり、俺には無法都市のほうが性に合う。面倒な挑発なんてせず、挨拶代わりに鉛玉を脳天にぶち込むのがお手軽調理方法なのにな。


「そんな初心者丸出しの装備で喧嘩売るとか頭おかしいんじゃねえか」

「面倒くせえから、さっさと終わらせちまおうぜ」

「おう」


 頭空っぽなバカはPvPのルールを詳細も確認せず同意を選択する。


「……ぐふふ」

「あんた、何汚い笑いしてんのよ」


 ルルエッタと名乗った女が俺の必死に抑えている笑いに気付いて声をかける。


 しょうがないだろ? ここまで上手くいくとは俺も思ってなかったんだから。


「失敬、まさかスタート地点にサプライボックスが落ちてるとは思わなくてな」


 さあ、邪魔物にはご退場を願おう。せっかくの金づるだ、分配金は分け合う人間が少ないほど良いだろ?


「まさか、あんた――」


 ルルエッタの姿が消える。ここがPvPエリアになったことで強制退場を食らったのだ。


 少し遠くに移動させられたルルエッタは何か言いたげな目のまま、観戦することにしたようだ。



チャラ男ABCのアバター名はイケ、ニエ、デス よ

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