プロローグ
軽く家の掃除を済ませた俺はリビングのソファで一休みしていた。
どこかで今日も元気な蝉が存在を主張している。外を見れば晴天に大きな入道雲が浮かぶ。二十六度に設定してある室内は蒸し暑い外に比べて天国と地獄。冷房が無ければ掃除の為に立ち上がる元気も維持できなかっただろう。
騒がしい妹も居ない静かな一軒家、落ち着くのと同時にどこか寂しさも感じる。
「そろそろ半か」
若干眠気に襲われながら、テーブルの上に置いたスマホを確認すると『10:23』と表示されている。ニ十分前に友達を迎えに行った早紀がそろそろ帰ってくる時間だ。
眠気覚ましに、大きく伸びをすると、
ピコンッ――
と、テーブルへ戻したスマホにメッセージが届いた。
誰からだ。俺はスマホをもう一度手に取り、画面を確認した。
「は?」
知らないアドレスからメールが一通。発信元のアドレスをよく見るとビジター社の名前が入ったアドレスだ。
一度ウィルススキャンをかけてからそれを開くと、
『アウラじゃ』
と、簡潔なメッセージと電話番号が添付されていた。
仮想空間の出入りだけでなく、スマホにも連絡できるようになったのか?
俺はすぐさまその番号に電話をかける。
三回コール音が鳴る前に、相手は電話に出た。
「うむ、思いのほかリアクションが早くて嬉しいぞ」
「昨日はスマホに連絡が取れるなんて聞いてなかったと思うが?」
「すまん。今、アリスからビジター社のアカウントでできることを教えてもらっての。今試していたところだ」
随分アリスと仲がいいことで。俺の知らないところでという不安もあるがいちゲーム用AIから仮想世界で暮らすAIとして、その立場が上がったとも見れる。
すでにビジター社から勧誘されているのか不明ではあるものの、そうなってもこいつはずっとなんやかんやで俺との繋がりは守り続ける気がした。
「なるほどな。そのアリスは?」
「今は仕事に戻っておる。あやつも巨大な仮想世界を二つ……いや三つか? を任されてるAIだからな、わらわに付きっ切りとはいかぬ」
「アリスが多忙、ね」
誤情報に悪戯好きなAIと仕事という言葉がイコールで繋がらない。そもそも俺の知るあいつは統括AIなんてキャラじゃないのだ。
「あやつが仕事をしてる姿が想像できんのは同意する。たまにサボってわらわの部屋でアニメを見ながら、腹を出して寝てることもあるからな」
「俺はお前の部屋があるってことに驚きを隠せんのだが?」
まさか待機サーバーの事を言ってるのか。てっきりスリープかネットに接続して暇つぶししてると思ってたんだが?
「テレビ、ネット、飲食品も充実しておるぞ、アリスが持ち込むからな」
「納得した。あいつなら物資と引き換えに秘密基地として居座りそうだ」
和風の旅館に海外の高級ホテル、海辺のロッジであったり管理権限を使ってアリスは好き放題してるらしい。
ああ、本当に納得した。あいつならやりそうだわ。
「――ん、客か?」
来客を知らせる呼び鈴が鳴る。勝手に入ればいいのに、ビートを刻みながら呼び鈴を連打するのは妹に違いない。
「昨日話しただろ。妹があいつらを呼んだって」
「そうだった、そうだった。ご主人、ちょっと頼みたいのだが――」
うきうきした声音でアウラは俺にとあるお願いをする。くだらない内容だが、こいつがそんなお願いをするのも久しぶりなので俺は快諾した。
「ああ? 別に構わんが、そんなこと考えるのは誰に似たんだ?」
「『オーバーセンス』の悪ガキに決まってろう」
「――俺は悪ガキを卒業済みなんだ」
「はんっ、卒業した人間はそんな顔をせんだろうに」
一瞬だけ姿を見せた悪巧みの顔を隠して、俺はスマホを胸ポケットに戻してソファを立った。
「たっだいま! はい、これお昼の材料」
「あいよ。お友達は四人でいいんだよな」
妹は頼まれてた買い出しの袋を俺に差し出すと、そのまま「暑いー!」と叫びながら空調の効いてる部屋に走っていった。
「あのバカは……、君たちも気にせず入ってくれ」
「「「お邪魔します」」」
なんとなくアバターで面影の分かる四人を妹が寛ぐリビングに案内すると、俺はそのままカレーの支度を始めるためキッチンへ移動することにした。
そう、案内したはずなんだが、
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ」
なぜかリビングに連れて行った妹共が、俺が調理中のキッチンダイニングまで移動してきた。
「せっかく一緒にゲームで遊んでるのに、挨拶も無しでキッチンに行くなんてひどくない?」
「それはお前が前日に言うから準備が何もできなかったからだ」
「よし、なら仕方ない!」
「『なら仕方ない!』じゃないんだよな」
俺と早紀が騒いでると眠そうな母が起きてきた。
「お母さんも手伝うわよ?」
「昨日も遅かっただろ、別にこれぐらい俺一人で大丈夫だって」
「そう? いつもありがとうね。早紀のお友達もコウの作ったご飯は美味しいから楽しみにしてるといいわよ」
母はわざわざそれだけを言う為に起きてきたのか、俺が気を利かせて渡した冷水入りのコップを持って自室に戻っていった。
「無駄にハードルだけ上げていきやがった……」
「大丈夫、ハードルは来る前からちゃんと上げ続けてきたから」
「手抜きの家庭料理にそこまで期待すんなよ」
「ってことで紹介ターイム。お兄ちゃんに会ってみたいって、みんな言うから連れてきたんだよね」
そんなわけで紹介したのは仮想世界でも特によく会う四人組。
「西園寺 花音と申します。今後はリアル仮想共々、よろしくお願いします」
いかにもお嬢様なワンピースを着たシルフィ。育ちの良さがわかる上品な笑みを浮かべて、隣で何かを思い出して顔を赤くする女の子に順番を譲る。
「水戸部 涼子です。えっと、趣味はスポーツ全般をリアルでも仮想世界でもよくやってたり――あはは」
足首まであるデニムパンツとシンプルな服装はアオイらしい。何故かもじもじしてる彼女の顔を見て、早紀と花音が顔を合わせて頷いてる。
「(お兄ちゃんにお姫様抱っこされたのを思い出して、恥ずかしがってるのよ。このギャップだけでご飯が三杯は進むでしょ?)」
「(俺は何も聞かなかったことにしておく)」
「ええ、この萌えを共有しようよ、お兄ちゃん」
そして三人目は俺も今知った、早紀の小学校からの友人である大塚 奈菜だ。
アウターワールドでのアバター名はメイ、肩掛けのロングスカートの文学少女である。
「ほらほら――彩乃も紹介するからこっち向いてよ」
「うっ、別に良いわよ」
俺から顔を背けるルルエッタらしき少女。ボブの髪を編み込んでアップにしているのが横から窺え、黒のミニスカに白いブラウスを合わせた、夏らしいって言葉が似合う恰好をしている。
「一番彩乃が気合入れて来たんでしょ。髪型もミニスカも、あたし達が仮想世界でショッピングしてる時でもそんなオシャレしてこないじゃん」
「偶然よ! みんなが似合うって言ってたアレが昨日届いたのよ」
必死に否定しても、他の面々は「わかってるわかってる」とにやにやするだけだ。
「それはわたし達がリアルで遊ぼうって話をしてた頃ですよね? あの時購入してませんでしたし、後日お一人で?」
「そうなるよね。進めた時は『こんな短いの恥ずかしいでしょ』って言ってたっけ」
花音と涼子もさらに追い打ちをかけて、彩乃と呼ばれたルルエッタはついに撃沈してこちらを向く。
「何見てんのよ」
調理の手を止めて聞いてた俺を彩乃が睨む。
それは理不尽だろ?
そう答える前に早紀が耳打ちする
「(お兄ちゃん、早く彩乃ちゃんをほめてほめて)」
「よく似合ってますよー、お嬢さん」
そろそろ面倒になってきた俺は投げやりに答えて、止まってた包丁へと意識を戻す。
「なんじゃ、なんじゃ。もう少し気の利いたセリフを吐けんのか、ご主人よ」
くすくす、
とその辺に転がしていたスマホのスピーカーから笑い声が流れてくる。その聞き覚えのある楽し気な声に彩乃は椅子から跳び上がった。




