プロローグ Bパターン
俺は自分の物ではない工房で、我が物顔で炉の前に座っている。目の前には一本の金属弓と画像付きのウィンドウが宙に浮かぶ。
仮想世界にも関わらずめらめらと炉の熱が肌を焼き汗を滴らせるが、この不快感はとうの昔に慣れた。俺が今更それで集中力を欠くような半人前のクラフトマンではない。
「ふふふーん、この弓のカスタマイズはどうすっかな。おまえも修理だけじゃなくて改造してやろうか?」
そう提案した相手は耳の長い銀髪の女。彼女は工房の端で優雅にテーブルと椅子を用意し、すらりとした肢体を黒と白のシックなメイド服の隙間から覗かせていた。
彼女は俺の提案ににっこり微笑んで、
「お・こ・と・わ・り・じゃ」
と、きっぱり宣言する。
そして俺がこの後何と返すか予想しており、こいつは席を立ち『俺』のインベントリから『0専用』と書かれたハンマーを取り出す。
「いやいや、無限インベントリの魔石とリンクさせて、銃乱射とかしたくない? 上手いこと、腕にガトリングガン仕込んでさ。『私の両手は機関銃です』っていいながらトリガーハッピーしない?」
「せんわっ。わらわを何だと思っておるのだ。ゴーレムでもっ、ロボットでもないと言ってろう!」
ぶんっ。
エルフはひのきのぼうを振り回すかのように100tハンマーを俺に向かって振り下ろす。
実際には100tも無い木製ハンマーは俺の当たる直前に急停止し、暴力的な風圧が俺の髪を荒立てる。
「さいでっか」
これが俺らの日常。いや、ここが無法都市でない分大人しいかもしれない。
「ぐぬぬ、ここがホームなら工房ごと叩き潰せたというのに」
こいつは良くも悪くも常識人だ。よそ様の工房を壊すようなことは……直す手段があればやるな。
偉そうな話し方をしてるのも、俺のフレからの入れ知恵なのだろう。
それにしても俺のスキルが低くて助かった。
「そういえば昔も似たようなことを提案しおったな? 『胸に携行ミサイル仕込んだら強くね』――と」
エルフはハンマーによる脅しも通じないとわかって、すぐに反撃の手を変えた。
俺のガラスでできた心臓に黒歴史をダイレクトシュートしてくる。
「オーライ、悪かった、この話はここまで。もっと建設的な話をしよう。中坊の俺ってバカじゃねえか」
「ふーん、カオルって昔そんなこと言ってたんだ」
エルフの背後から感じる絶対零度の視線は金髪の獣人プレイヤー。ここの工房を所有するクランのマスターで、色々あって装備を作る代わりに設備を借りることになっていた。
彼女もこのエルフが用意したティータイムに便乗しながら、俺の作業を高みの見学しているのだ。
「当時嵌ってたレトロアニメが元ネタだったんだよ。ロボットアニメを語るなら二十世紀から鑑賞すべきだろ? 合体、自爆、浪漫砲はロボットの花形なのを知らないのか?」
「そんな『常識だろ』みたいな口調で言われても知らないわよ。あと女の子にそんな機能を付けようとすんな」
どうやらそういう武器があったのだと理解してもらえたようだ。獣人の少女はため息を吐いて、殺気を帯びた視線を少し和らげる。
残念ながらセクハラではないと理解してもらえたものの、男の浪漫には理解を示してはもらえないらしい。
世の中には兵器やロボットのカッコよさを解する女子もいるというのに――。
「ちっ、どうせ俺の武器を使うなら、男の浪漫がわかるやつにしてくれよな」
ティータイムに戻った女共二人に聞こえるよう愚痴を溢す。それを聞いて滅多に無い有利な立場にいる少女は、
「ほほう、そんな事言っちゃうんだ。うっかりあの人たちに口を滑らせたらどうしましょう――、ねえ、バグメイカーのhack先輩?」
と、手元にある自爆スイッチをちらつかせた。
女相手に口で戦う無謀さを理解した俺は降参のために両手を上げる。
「はーい、すみませーん。文句言って、すみませんねー! 俺の作品を使って頂きありがとうございまーす」
そんな茶番を続けながらも思考操作で作業は次に進めてる。
武器に組み込むスキルをどうすっか。アバターのスキルレベルは低く、装備の選択肢も限られている。
そんな中でどんなビルドを組み立てるか。
それがこのゲームの醍醐味だ。
「ふっ、所詮は童貞マスターよ」
真剣な表情に戻って、作業してる俺に駄エルフがそんな罵倒を投げかける。
確かに後輩に口で負けるのはアレだが、お前のせいでもあるんだぞ。
「喧嘩売ってんのか! クソ重ナンバーズ! デッドエンドより重い女の癖に」
「淑女にそれは禁句であろう! わらわの体重はリンゴ一個半だ! そもそもエルフ型のわらわがナンバー3のバカでか大剣より重いとでも?」
おまえの仕様外スキルが『重量無視』だからか? くだらねえ事いってんじゃねえよ。
「おまえは最低でもメロン二つ分はあんだろうがっ! その真っ白な肌をガングロにして山姥エルフにすんぞ!」
「なんじゃ、純正エルフではなく、今度はダークエルフを所望するか?」
胸元の大きなメロンをわざとらしく当てて、エルフは俺に抱き着く。今の俺はガキじゃねえんだから、その程度で動じてたまるか。
「アウラローゼさーん、ここはホテルではないのでそういうのは止めてください」
「クラフトマンにとって工房も寝室も変わらんだろう?」
少女は顔を真っ赤にしてエルフに注意するが、この駄エルフは工房の主(厳密には違うが)の言う事なんてなんのその。
いつもの三割増しな笑みは、四年振りの再会で舞い上がってるからなのかもしれない。ほんのりと苦い罪悪感の味が胸に広がるのを感じながら、素直ではない俺はこう言う。
「やっぱ、こいつを回収したのは間違いだったか」
少女が無理やり引きはがそうとこちらに歩いて来るのが見えた。その前にエルフは俺の耳元で囁く。
「ふふん、何を言う。それだけわらわを大事に思ってくれておったのだろう。最愛の我がご主人様?」
「ほざいてろ。俺は不快な噂話を潰しに行っただけだ」
「くくくっ、ゲームを心の底から楽しむ。それでこそわらわの創造主だ」
やっぱりこいつは俺の作品だ、素直に「ありがとう」と言わないのだ。