#6
「……服があって何よりだった。"転生者(全裸)"はちょっと属性が尖り過ぎているからな」
「うみゃあ~、でも素っ裸の"転生者"様に、皆がどういう反応するか見てみたい気もするみゃ!」
"転生の回廊"のあった迷宮を後にし、村へと向かう帰路。ナルムはすっかり"転生者"に懐き、その小さな体躯を肩にしがみつかせてもらっていた。
元気いっぱいのようでいて、全身に打撲の痛みが残るナルムの状態を察しているのか、"転生者"はその無邪気な無礼を咎めることなく、ナルムとの無駄話に応じていた。
「でもシシィとか筋肉フェチだから大喜びに違いねぇみゃ! オイラ、ムキムキになるよう、せがまれて困ってんだ!」
「……お前達の村はなんだ、性癖が若干尖り気味なのか。フェチズムの横行する幻想世界とかファンタジー警察にしょっぴかれるぞ」
「警察ゥ? 王国の騎士団の仲間かみゃ?」
見知らぬ現世から来訪した"転生者"と話す事がよほど楽しいのか、ナルムは"うみゃあ~"と嬉しげに鳴き、足をバタバタさせる。
旅人が訪れる事も珍しい、山郷の村で育ったナルムにとって、この尖り耳の転生者との邂逅は、たまらなく刺激的で得難い体験なのだろう。
そして、幼体とはいえ、容易く怪獣を退けた”転生者”の強さは、少年の真ん丸な瞳を、キラキラとした憧れで満たすに充分な魅力だ。
ユウは年相応の幼さと無邪気さを見せるナルムの姿に頬を緩め、こうして無事に帰路につけている現実を、天に感謝する。
「しかし便利だな、小さなボール一つに術式化された装備を格納し、呪文による音声入力で元の形に戻す――。これなら複数の装備を持ち歩けるし、不測の事態にも対処出来る」
いま”転生者”の着ている衣服はすべて、ユウが持ち込んだ輝装玉に格納されていたものである。
魔導士の呪文によって一度分解され、金属制のボールに収められた装備は、再度、呪文を入力する事で再構築され、起動させた人間の身体に自動着装される。
装備を再構築させる際、眩い光を放つ事が、輝装玉と呼ばれる所以であり、そこには、この幻想世界を旅する冒険者に、"光明を示す"という意味も込められている。
「風精の装衣と黒龍のローブ。僕が所持している中では、一番良い装備だと思います。刀の鞘も用意できれば良かったんだけど……」
「まぁ、村に着くまでの短い時間なら抜き身でも問題はないさ。でも一番良い装備なら自分で使った方がいいぞ。お前、結構タダものじゃないだろ」
「え……?」
予期せぬ指摘に表情を強張らせたユウに、転生者は"当然の洞察だろう"と言葉を続ける。
「薄ぼんやりだが、卵の中からお前達の動きが見えた。お前が使ってた機械仕掛けの弓とか、呪文を刻んだ矢とか、単なる田舎の兄ちゃんって感じじゃないだろ。あの場所ではただ相手が悪かったってだけだ」
少なくとも並の冒険者ではない。冒険者の集う酒場に行けば、それなりに声のかかる”手練れ”と言えるだろう。
そう確信している転生者の瞳が、ジッとユウの顔を見据えていた。
「……いえ、僕は勝ち取る事も、護りきる事も出来なかった半端ものです。冒険者って名乗れるような男じゃないんです」
「ふーむ……」
視線を逸らし、黙々と歩を進め始めたユウの姿に、転生者は顎に指を当てて、首を傾げる。
真っ直ぐな目をした青年が抱える、傷痕のようなものを察した転生者は、あえて深追いはせず、薄ぼんやりと見えてきた村の全景へと目を凝らす。
「うみゃあ! 帰って来た! 本当に帰って来れたみゃ‼」
帰還の実感がナルムの目を潤ませ、声を弾ませる。
その歓喜の声を尖り耳で受け止めながら、転生者は切れ長の目を細め、思案していた。
そう――眼下の、平穏そのものに思える、のどかな村にはあるのだ。
この幼子と青年が、決死の覚悟で"転生者"を求めるだけの危機が。
転生者の思考と共鳴するように、抜き身の日本刀がカタカタと不穏な音を鳴らしていた。