#5
「え、”尖り耳”……”尖り耳”みゃ……!」
「ふわぁ……」
驚愕と興奮にあわあわと震えるナルムをよそに、一糸まとわぬ”転生者”は、気の抜けたあどけない顔で、大きく欠伸を吐き出していた。
”転生者”は状況を確認するように、コキコキと首の骨を鳴らしながら、周囲を見渡すと、倒れているユウに気付き、つかつかと歩み寄る。
祭祀場に充満する黄金の粒子の温もりに、目を覚ましていたユウは、彼の”尖り耳”に目を丸くしながら、肺から息を搾り出す。
「”転生者”、様……」
「ん……? うーん、様ってつけられるのは、何かこそばゆい、痒い、照れくさい」
"別にかしこまらなくていいさ"。
顎をポリポリと掻きながら告げると、”転生者”はユウへと手のひらを翳し、重いダメージを負ったユウの身体へと黄金の粒子を注ぎ込む。不思議なことに、傷はまたたく間に癒え、疲労感さえ立ち消えていた。
回復呪文以上の精度。これは――、
「……うん。使い方は何となく理解るな。後は――」
”転生者”は何かを思案するようにポリポリと頬を掻くと、頭上から降り注ぐ獰猛な気配に、わざとらしくため息を吐く。
「……諦めの悪い奴を、何とかしないとな」
「うみゃ!?」
爆裂する、憤怒に満ちた咆哮。
大小問わず、無数の瓦礫が天井から降り注ぐ。
”転生者”の拳によって天井を突き破り、上層階へと叩き込まれたジランヴァが、怒りに血走った両眼とともに、祭祀場へと落下してきていた。
”転生者”は素早くユウとナルムの体を抱え、後退。ダメージ一つなく強襲を回避する。
「お前さ、”弱いものいじめ”したいんなら……自分の力量はわかったほうがいいんじゃないか?」
【――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!!】
ユウとナルムの身体を双美人の像の背面に下し、”転生者”は吠える地底暴獣へと、たしなめるように告げる。
「まぁ……俺も、”自分が誰だか理解らない”んだけどさ――」
【……ッ!!?】
その一撃はまるで閃く矢の如し。
ジランヴァの観測域を超えたスピードで躍動した”転生者”の蹴りが、ジランヴァの眉間を撃ち抜き、その巨体をぐらりと一瞬でよろめかせる。
目を回すジランヴァの金属質の皮膚を、”転生者”のボティブローが襲い、ジランヴァは涎を垂れ流しながら、ジリジリと後退する。そして、
【――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!!】
「おっと……!」
苦し紛れにジランヴァの口内から放射された火炎が、”転生者”を襲うも、”転生者”が翳した右腕から放出された黄金の粒子が、まるで障壁のように火炎を防ぎ、封じていた。
……ジランヴァの興奮とともに、背部の突起から漏れる溶岩の量は増し、祭祀場の温度は徐々に許容範囲外となりつつあった。
「……成程。けっこう硬くて厄介だな、お前……」
ジランヴァの皮膚を思いきり殴り、ヒリヒリする拳をさすりながら告げ、”転生者”はユウとナルムへと視線を投げる。
スッ……と差し出された手は、この状況を打開する一手を求めていた。
「……武器、借りれるかな?」
「あ、は、はい……!」
突然にして当然の要請に、ユウは、結局未使用だった神幻金属の短刀を、”転生者”へと投げ渡す。
本来、この短刀はこの地で出迎える”転生者”のために持ち込んだものである。
”転生者”が手にしてこそ、”神幻金属”製の武器はその真価を発揮する――。
「ん……?」
”転生者”が短刀の柄をキャッチすると同時に、”神幻金属”の刀身は流体のように蠢き、新たな形状となって顕現する。
”転生者”がそれを一振りすると、その”神幻金属”は、獣の歯牙の如く、八つに分割された刃を持つ歪な日本刀となり、ギラギラと鋭利に輝いていた。
「へぇ……」
内部に、血潮の如く渦巻く、凄まじい”力”を感じる――。
何より、この刀は、手に馴染む……!
「うん……、いいねコレ」
【――――――ッ!?!?!?!?】
――斬!
軽やかに石畳を蹴り、繰り出された”転生者”の斬撃が、ジランヴァの硬質な皮膚を裂き、これまで味わった事のない未知の痛覚に、半狂乱となったジランヴァの火炎放射が祭祀場内を乱舞する。
「う、うみゃあ……!?」
「す、すごい……!!」
しかし、そこに危機はなく、息をのむような”圧倒”があるだけだった。
放射された火炎を、長刀を高速で回転させる事で生じた風圧で散らし、一気にジランヴァの懐に入った”転生者”の一突きが、戦闘に終止符を打つ……!
「はぁ……ッ!」
【―――――――ッッ!?】
刃でなく、柄で捻じ込まれた、渾身の突きは、ジランヴァを悶絶させ、完全に恐慌をきたした地底暴獣は石畳を掘り返し、本来の住処である地底奥底へと逃亡していた。
「……もう、こんなトコに迷いこむなよ」
幻想種の匂いに、本来の縄張りを逸脱した幼体に、頬を掻きながら告げ、"転生者"は"ふわぁ……"とまた欠伸を吐き出す。
――祭祀場は滅茶苦茶になってしまったが、ユウとナルムを脅かしていた危険は、確かに一つ残らず、刈り取られていた。
「う、うみゃあ……」
「め、目覚めたばかりなのに……ここまで戦えるなんて」
この"転生者"の力は、ユウが知る"転生者"のそれとは大きく異なっていた。
結果的に詠唱が完成しなかった事も影響しているのかもしれない。"転生者"が"尖り耳"として生を受けるというのも、過去に例のない、イレギュラー中のイレギュラーである。
沸々と沸き上がる畏敬の念に、ユウとナルムはゴクリと息をのむ。そして、
「ああ……っ‼」
「……!」
突然響いた、"転生者"のすっとんきょうな声に、二人は緊張に表情を強張らせる。
想定外が続く、この冒険である。次はいったい何が――、
「ぜ、全裸じゃないか……。一糸まとわぬ生まれたままの姿じゃないか」
「プッ……」
まるで、この世の真実に気付いたかのような深刻さで告げる"転生者"の様子に、不意にユウとナルムの緊張の糸は切れ、微かに安堵の笑いが腹腔から沸き上がっていた。
極限の状況から解放された事を、心身が実感し、涙とともに軽やかな笑いがユウとナルムの口元から溢れていた。
「え……? まさかこの世界は裸がデフォルトか? "転生した俺が異世界で無双する(全裸で)"とかそういう話か?」
「い、いぇ……! いまは実際、転生れたばかりなので……ふっ、ふふふ」
生きて村に帰れる。それも目的通りに"転生者"様を連れて。
その喜びと安堵が、二人の腹筋が捻れる程に笑いを溢れさせていた。
……良かった。本当に良かった。
「ん……? ふふっ」
やがて泣きながら抱き合い、お互いの無事を祝い合う二人の姿に、"転生者"も頬を緩め、手にしていた日本刀を肩に担ぐ。
これが――この"転生者"の初陣にして誕生の瞬間である。
彼の名を誰も知らず、彼もまた己の名を知らない。
"尖り耳"の転生者は、この幻想世界にその命を確かに芽吹かせ、その鮮烈なる軌跡の第一歩を、いま踏み出さんとしていた。
――後の世の人は語る。
彼こそが、この死せる幻想世界に舞い降りた勇者。
"絶望を斬るナナシ"、と。