#3
「……着いた。ここだよ」
「うみゃあ……」
緊張と感動がユウとナルムの胸に押し寄せる。
幾度かの戦闘、幾時間かの放浪の果てに、二人はついに目的地である”双美人の祭祀場”に辿り着いていた。
祭祀場の中心には、慈愛に満ちた表情を浮かべた双美人の像と、神々しくも毒々しい赤の光を放つ球体が奉られていた。
”畏敬の赤”と呼ばれる、この幻想世界の創世の瞬間から存在したとされるその球体――他の世界から”転生者”を召還する力の根幹とされるそれは、心臓のように脈打ちながら、膨大なエネルギーを祭祀場内に循環させていた。
「ユウ……」
「あ、ああ、わかってる――」
その場の空気に飲まれたように固まっていたユウは、ナルムに頷き、村から持ってきた”護者の指輪”を、”畏敬の赤”の球体へと翳す。
”護者の指輪”に組み込まれた青い石が、一筋の光を放ち、その光を受けた球体はユウ達には読めぬ文字で、何らかの案内を虚空に表示する。
案内の横に、次第に減少する数字らしきものが描かれているのを見ると、どうやら何かのカウントダウンを表示しているらしい。
これがゼロになる前に、やるべき事は――、
「え、ええと……汝は竜。竜を斃す竜。幻想より雄弁なる現世より招かれ、幻想の中に生を得た益荒男なり。その蛮勇は邪を断ち、悪しき獣を退ける」
「う、うみゃあ……」
ユウが詠唱を進めるのと同時に、卵のような甲殻に覆われた球体を乗せた祭壇が下層からせり上がり、祭祀場全体を鳴動させていた。
そこから発せられる莫大なエネルギーから、”転生者”がそこに降りつつあるのは、間違いない……!
興奮と緊張が、ナルムにゴクリと息を飲ませる。
「いま、七つの門を潜り、現れよ……! 猛き勇――」
「………。 ユウ……?」
”猛き勇者よ”。
そう唱え、詠唱を終えようとしたユウは、不意に覚えた違和感に、突如押し黙ってしまっていた。
予期せぬ事態に、ナルムは不安いっぱいの表情でユウの顔を覗きこむ。
(あ、あれ……?)
どうして、どうしてこんなに鼓動が早い? どうして声が出ないんだ……?
このままでは、”転生者”の命をこの幻想世界に呼び込む、大切な詠唱を完了出来ない――。
ユウの心身はこの儀式の、この冒険のゴールの手前で、突如として立ち止まってしまっていた。
「ユ、ユウ……?」
計8時間にも及ぶ探索の疲労――そう考えようともした。
だけど、違う。全身を濡らす脂汗は、それを肯定してはくれない。
視界の隅に捉えたものが、純然たる恐怖が、最も欲しくない回答を、ユウの喉笛へと突き付けていた。
「そ、んな……」
【kuahaaaaa―-――――――――――ッ!!】
平静を砕き、心胆を踏み潰す咆哮が、祭祀場に轟き、目も眩むような幻想が、ユウとナルムの前に立ち塞がる。
「鷲獅子……」
それは鷹の翼と上半身、獅子の下半身を持つ魔物。数百数千の魔物が跋扈するこの幻想世界においても、その異貌を見る事は稀とされる”幻想種”。
先程、撃破した蟻獅子も同じ幻想種に分類されているが、鷲獅子の戦闘能力はその十倍以上。魔物の中では最上級とされるクラス10の危険度を有している。
ユウとナルムには、完全に手に余る相手。それがいま複数体、祭祀場に侵入し、血に飢えた獰猛な咆哮を轟かせていた。
「うみゃあ……うみゃあ……」
「……加護が消えてるとか、そういう段階じゃない! これだけの幻想種、召んだってくるもんか……!」
なんなんだ、これじゃまるで”儀式に引き寄せられている”みたいじゃないか……!
ユウは状況に毒づき、完全に腰を抜かしてしまったナルムを自分の背後に隠す。
「ナルム……! 詠唱を! 僕がグリフォンを止めている間に詠唱を頼む! ”転生者”様が来てくれれば、この状況も……!」
機銃弓の回転式チャンバーを回し、『雷』の属性を選択したユウは、ナルムへと檄を飛ばし、グリフォンの群れへと矢を連射。
同時に、矢に刻まれた雷撃球の呪文が発動し、強力な麻痺効果も伴う雷撃が、鷲獅子達を捉えるも、鷲獅子の翼は、雷撃を引き千切るような凶暴さで羽搏き、ユウへと飛び掛かる……!
「ユウ……ッ!」
「ぐっ……!?」
鋭い爪に裂かれたユウの腕から鮮血が飛び散り、その血の匂いに興奮したかのような鷲獅子の群れが、次々とユウに襲い掛かる。
何とか間一髪のところで身を躱しているが、いつまでこの調子でしのげるかはわからない――。
「うみゃああっ! ユウから、ユウから離れろよぉ……!」
「ナルム! 僕の事はいい! 詠唱を……!」
ユウの危機に奮起し、ナルムが精霊式棍棒を思いっきりぶち当てるも、鷲獅子は毛ほども感じぬ様子で羽搏き、尾の一振りでナルムの身体をふっ飛ばしてみせる。
ナルムへの追撃を防ぐために、ユウがありったけの矢を掃射するも、発動した”火霊球”、”雷撃球”、”氷結刃”は、鷲獅子に僅かなダメージしか与える事が出来ず、怯んだ様子もない鷲獅子は、再度、”活きのいい獲物”であるユウへと標的を定め直す。
あらゆる属性の攻撃に耐性を持つ鷲獅子に、ユウは矢での攻撃を諦め、腰のホルダーから短刀を引き抜く。
ここで祀られている双美人の像と同じ神幻金属で鋳造されているとされる代物だ。幻想種に攻撃を届ける手段としては最上と言える。だが、
「え……?」
「うみゃ……!?」
絶対的に不利な格闘戦を覚悟したユウの目に映ったのは、また、絶望だった。
ユウが短刀を構えるよりも早く、一体の鷲獅子が挽肉となって砕けていた。
祭祀場の石畳を轟音とともに破砕し、出現したモノが、あらゆる属性に耐性を持ち、危険度クラス10の戦闘力を持つ幻想種を、一撫でで屠っていた。
「嘘……だろ?」
ユウはその時、確かに自分の心が折れる音を聞いた。
突如として現れたソレに、鷲獅子の群れが咆哮とともに挑むも、その頑強な皮膚はソレの一挙動で薄紙のように裂け、魔物達の頂点に立つ幻想種の一群は血生臭い内臓をまき散らしながら絶命する。
それは戦闘と呼ぶに値しない、一方的な殺戮。
地底から出現したその暴虐は、金属質の皮膚を、幻想種の返り血で濡らしながら、散乱する鷲獅子の血肉をガツガツと喰らっていた。
「なんで、なんでこんなところに……」
そもそも、幻想種の群れが出現する事自体が異常事態であった。
そして、その異常を踏み潰すようにして出現したのが、この暴虐である。
この幻想世界において頂点にあるものが何であるか、何故、この世界の民が”転生者”を求めるのか、何故、この幻想世界から幻想が消えつつあるのか――。
思い起こさせるように、突き付けるように、ソレは”双美人の祭祀場”に姿を現していた。
ソレはあらゆる魔物を屠り喰らう獣。幻想を踏み潰し、破砕する超現実。
生命を超えた生命。
「怪獣……」
【―――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!!!!!!!!】
爆裂する咆哮。
金属質な銀の皮膚を持ち、鋭利な嘴の如き口部で、地面を掘り進んできた怪獣は、背部の突起から体内に蓄えた溶岩を滴らせながら、その十数メートルにも及ぶ巨体を誇示していた。
これが絶望。
これが恐怖。
これが現実。
ユウとナルムが”転生者”を求める理由である怪獣が、いま二人の前に立ち塞がっていた。