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死せる幻想世界 絶望を斬るナナシ  作者: chiyo
ACT-02 旅の道連れ、絶滅危惧の魔法少女
32/34

#29 幻想(みち)との遭遇

「ふわー! 1日ぶりのご飯美味しいですー!」


 大樹の枝、その隙間から差し込む陽射しを浴びながら、果実をほおばる少女の笑顔がまばゆく輝く。


 そこにあるのは、蒼天のような清々しさ。


 その身の丈には合わなそうな杖を使いこなし、“魔法”と思しき奇蹟を見せた少女は、天真爛漫な笑顔を浮かべて、空っぽだったお腹を満たしていた。


 その満面に“幸せです”と書いてあるような表情は、ナナシ達を和ませ、数分前の奇蹟の衝撃を僅かに和らげていた。


「ばあちゃが“木の実は危ないから食べるな!”って言ってましたけど、甘くて美味しいですねぇ! 感激しました!」


「ナルムのおかげだよ。彼のケモノ人としての嗅覚は、食べられない果実ものと食べられる果実ものを嗅ぎ分ける事が出来る。ちょうど“食べ頃”の実もね」


 ユウの解説に、うんうんと頷いた少女は、大きく口を開けて、ふたたび果実フルーツかぶり付く。


 ――しっかり熟した、“もがれたがっている”実を識別出来るケモノ人の鼻は、瑞々しく甘露な果実を、過酷な旅路にもたらしてくれる。


 果実や食料だけではない。この森に入る前にも、ナルムの嗅覚は、危険の察知など、様々な恩恵ギフトをナナシ達に与えてくれた。


 旅立つ者にケモノ人を一人付けるという風習は、ただの伝統でなく、実益に沿った習わしなのだと、ナナシは感心し、同時に感謝していた。そして、


「うみゃああ……! ったみゃああ!」

「おおお……!?」


 衣服を脱ぎ捨て、川の中に潜っていたナルムが大魚を抱えて飛び出してくる。


 ナルムの腕の中で、ビチビチと跳ねるそれは、肉付きも体格も良く、得難い“上物”なのは確かだった。


「チャケガマス! 問題なく食べられる魚類の魔物だよ! 毒もなく、その鱗は秘薬の調合用素材としても重宝されてるんだ」

「わー! すごい! すごいですぅ! こんなビチビチしてるの初めて見ましたー!」


 ナルムの腕の中で水しぶきを飛ばすチャゲガマスを、ツンツンとつつきながら、少女は丸い瞳をより大きくして、きらきらと輝かせる。


「あ! ナルムさん、こっちにも大っきいのがいますよ!」

「いんや、食べる以上にとりすぎちゃいけねぇみゃ。“オイラ達が森にとっての怪獣にならねぇように”って母ちゃんの教えなんみゃ」

「な、なるほど……!」


 ナルムが語ったのは、太古ふるくから伝わるケモノ人たちの”伝統ルール“であり、自然とともに生きる”誇り“でもあった。


 ”うんうん“と感心しきりの少女に、果実塗れの口元を拭う布を手渡しながら、ユウは自身の感想を述べる。


「そう。彼等、ケモノ人のり方は、この“幻想世界ラブーツァ”と語り合い、共に生きる事なんだ。――もしかしたら。君の”魔法“と近しいのかもしれないね」

「まほーと……そうかも! そうかもしれねーですね!」

「………」


 やはりというべきか。


 “探り”に近い自分の言葉にも、無邪気に笑う少女の姿に、”魔法“という大幻想の片鱗を見る事は出来なかった。


 それは、魔法が、彼女にとっては日常に過ぎない事の、一つの証明であったかもしれない――。


 少女の健やかな笑みの陰で、ユウの胸を、一抹の不安が過っていた。



「ふわーお魚も美味しいですねぇ。このスパイスくせになりそうです!」

「母ちゃんが調合した特別製みゃからな。味もうめえけど、旅の疲れをとる効果も抜群なんみゃ!」

「……ほんとにクセになるな、コレ。怪しい粉とか入ってない?」

「こりゃナナシぃ!」


 日が翳り、夜のとばりが降り始めた森の中、一行は川辺に腰を下ろし、焚き木の火を囲んでいた。


 ナルムの腰に提げられた、ケモノ人伝来の“万能袋”には、ポケットごとに塩や砂糖、スパイス等が詰まっており、野営での調理で日々、八面六臂はちめんろっぴの活躍を見せていた。


 各町の宿屋では、ケモノ人が持つ、この万能袋の補充も行っており、各地の名産スパイスをその都度加える事で、各ケモノ人の旅の軌跡に沿った、独自の調合が出来上がる。


 故に、いま、ナルムの万能袋に詰められたものは、ナルムの母親の旅、生の軌跡そのものと言えるものだ。


 これからは、そこにナルムの軌跡が合流する事となる。


「しかし……この森の脱出方法も考えないとな。腹はふくれても、前に進めなきゃどうにもならん」


 皿代わりの大葉に乗せられた魚の身を、口に頬張りながら、ナナシは自分たちを取り囲む深林へと、目線を送る。


 川辺への移動は難なく出来たが、ひとたび森の中を進もうとすれば、例の大樹が、たちまち自分たちの視界、行動範囲を占拠してしまう。


 川辺から正道を見極めようと目をらしても、幻術の効果か、視覚が無意識に大樹を捉えてしまい、どうする事もできなかった。


「……術者に会わないといけないね。事情を聞いて交渉しないと」

「交渉〜? そりゃちょいと下手に出過ぎとちゃうか、ユウくん」


 自分の言葉に肩を竦め、面倒そうに舌を出すナナシに、ユウは大きな溜息とともに応える。


「こっちが“禁域”に足を踏み入れた可能性もあるって言ったろ。下手をすれば、”双女神コスモス“の加護を、“幻想世界ラブーツァ”を旅する資格を失うよ」

「むぅ……」


 ユウの真剣な面持ちに、ナナシも粗雑な思考を引っ込めざるを得なかった。


 ――姿を見せぬ、正体不明の術者。


 怪獣や魔物のように、“転生者”の力で”殴って終わり“ではないぶん、ナナシにとっては非常に難儀な相手であるのかもしれない。


 だが、


「ん〜よくわかりませんけど、もしかして、ばあちゃの術の話ですか??」

「「は?」」


 予期せぬ口から飛び出た、予期せぬ情報に、ナナシとユウの首か同時に動く。


 情報源である少女は、その視線を賞賛と勘違いしたのか、えへんと胸を張って言葉を続ける。


「ばあちゃ、私が家を出るとすぐグルグルの術で森を塞いじゃうんです! ”外“で悪い目に会わないようにって。失礼な! 私だって隣町で買い食いぐらいできます!」

「お前を”外“に出さないために、ばあちゃ……お前の婆ちゃんが?」


 発生しそうな頭痛を抑制するように、こめこみを揉みほぐしながら口を挟んだナナシに、少女は満面の笑みで応える。


「はい! ばあちゃは伝説の大魔法使いで、すごくて! うるせーんです! 喧嘩した腹いせに家出したらこんな事に……」


 “うみゃあぁ……”。


 呆気なく白状された真相に、魚を頬張っていたナルムの口から、驚き半分、呆れ半分の息がこぼれていた。

 

 そして、聞き得た情報を咀嚼するように、ナナシは、うんうんと頷きながら、大きく息を吸い込む――。


「じゃあ、やっばりこの状況はお前のせいかー!」

「わー! ご、ごめんなさーい!」


 自分の小さな頭をわしゃわしゃとしながら叫ぶナナシに、少女はつぶらな瞳をくの字にして逃走! ユウの背に隠れていた。


 怯えた少女は、うぅ〜とナナシを睨みながら、焼き魚をハグハグと頬張る。


「ユウ! 禁域が聞いて呆れるぞ! 真相は家出娘の家庭内のゴタゴタだ!」

「う、うん……でも大魔法使いって――」

(それは――私の事さね)

「「……!?」」


 ――またしても響いた、予期せぬ声に、ナナシとユウの首が、同時に天を仰ぐ。


 2人の目線の先には、満月のような眩い球体が浮かんでおり、声は、そこから響き渡っていた。


(やれやれ……私も随分と耄碌もうろくしたね。森を閉じたつもりが、厄介な客人が紛れちまったみたいだ)

「あ、アンタは――」


 声音に宿る凄みに息を飲みながら、たずねるナナシに、声は球体にうっすらと浮かぶシルエットとともに、応える。


「私はふるくより生きる大魔法使い”ラグザ・トワ“――通り名をサクラという、そのばあばさね」

「なっ……」


 ナナシも、ユウも、ナルムも一様に言葉を失う。


 球体の中でナナシたちを見下ろしていたのは、荘厳なローブを纏った、ねずみのようでもあり、蜥蜴とかげのようでもある、小柄な、“桜色の老婆”であった。


 ――れこそが、ナナシたちが進むべき道と、出逢うべき幻想みち容貌すがた


 結ばれた奇縁えにし容貌すがた、そのものであった。

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