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死せる幻想世界 絶望を斬るナナシ  作者: chiyo
ACT-01 絶望の卵と無銘の勇者ー"Nameless Heroes"ー
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#25 共鳴る光

(転生者ナナシ……)


 疲弊に膝をつき、荒い呼吸にあえぐナナシの姿に、マクソンは息をみ、その拳を握り締める。


 ――正に、“致命”の隙であった。


 見逃すはずもなく、逃走を許すはずもなく、ゼルメキウスの巨脚が、大地をえぐり、醜悪な粘液を滴らせる牙と角が、一気に躍動の気配を高めていた。そして、


転生者ナナシィッ!」

「んなっ……?」


 予期せぬ方向から加えられた力に、ナナシの目が点となる……!


 ゼルメキウスとの間に割入った、マクソンの豪腕がナナシの首根っこを掴み、強引に放り投げたのだ。


 マクソン自身も回復した身体を跳躍させて身をかわし、ポケットから取り出した筒を放り投げる――。


【…………!】


 筒から放出された噴煙が、ゼルメキウスの視界を塞ぎ、巨脚の前進を阻んでいた。


 マクソンも気付いたのだ。ゼルメキウスという“眼”を中心とした生体システムに。


「……何て助け方だよ、おっさん。腕力パワーハラスメントって言うんじゃねぇか、コレ」

「……何故黙っていた、“転生者ナナシ”」

「へ?」


 大木に強打した背中を擦り、ボヤくナナシに、マクソンは険しい面持ちで問う。


「君の行う黄金の粒子による奇蹟。それが、“キミの生命いのちによって成されている”と」

「ああ……」


 “そんな事か”と呟きながらも、ナナシはバツが悪そうに首を掻き、僅かに目を伏せる。


「別に大した意味はないさ、時間経過で回復するようだし、俺も一々理解して使ってたわけじゃないからな」


 しいて言えば、


「……俺の役割が、あの怪物をたおす事なら、キッチリ生命いのち使い切って幕を引こう――そう考えてたのかもな」

「ナナシ……」


 “何故か俺は生まれてはいけない、そんな気がしていた”。


 いまのナナシの言葉は、以前ナルムが聞いた、ナナシのその独白に繋がっているように思えた。


 “自分自身の事を何も知らない”という恐怖。


 ――ナナシには、自分自身が、ゼルメキウスと同様の怪物に思えているのかもしれない。


「……愚かしいな、転生者ナナシよ」

「……?」


 そのナナシの葛藤、苦悩を察したのか、マクソンは厳かな、そして、穏やかな口調で告げる。


「お前は、この国で転生うまれた。それはすなわち、このアストリアの“国民”という事だ」


 である以上――、


「無為に生命いのちを落とす事は許さん。君は軍人わたしが護り、共に生きる仲間なのだからな」

「おっさん……」


 多くの経験が年輪として刻まれた“大人”の表情で語るマクソンに、ナナシは自身への恐怖を上回る大きさと温かさを感じていた。


 戦力として、自分のような“転生者”に劣っているのだとしても、ゼルメキウスには敵わないのだとしても、彼が隣で拳を固めてくれている事が、ナナシには何より心強く感じられた。


 そして、

 

【……邪、魔ァ……】

「……ッ!?」


 突如として耳朶を撫でた“人語”が、肌を粟立たせ、粉塵の中から鞭のように放たれた触手が、ナナシ達へと挑みかかる……!


 今度はナナシがマクソンを蹴り飛ばし、触手の脅威からマクソンを救っていた。


転生者(ナナシ)……ッ!」

「大、丈夫……だ! 無駄死には、出来ねぇからな……!」


 触手に首と右腕を絡め取られながらも、ナナシは覇気ある声で応え、日本刀カタナの刀身に滾る焔で触手を焼き切らんとする……!


 しかし、“災厄”がそれを待つ事はない。


 複雑に入り組んだ外骨格ヨロイをパズルのように変形させ、体内から空気を噴出する器官を構築したゼルメキウスは、視界を塞ぐ粉塵を吹き払い、その巨脚をナナシへと前進させていた。


【ナナ……シ】

「ヘッ……人の言葉なまえまで覚えんのかよ、ちょっと、笑えねぇな……」


 その瞬間、


 バキッ……!


 と、骨の砕けるような音ともにナナシの身体が、跳ね飛ばされていた。


 その手は、衝撃に日本刀カタナの柄を滑り落とし、受け身も取れず強打した全身が、凄まじい痛覚いたみを訴える。


 消耗の激しい身体カラダが、動きを止めるに十分なダメージ。呼吸すらままならないナナシに、ゼルメキウスは悠然と歩を進め、醜悪な乱杭歯から粘液を滴らせる――。その刹那、


「「ナナシ……!」」


 ナナシを救出せんと、駆け出したマクソンとナルムを、鞭の如くしなる触手が一蹴……! シシィの悲鳴が闇夜に木霊する――。


 積み重なる絶望。


 痺れる掌を、地面に押し付けるようにして半身を起こしたナナシは、この瞬間、“死”を意識した。だが、


「ナナシ……ッ! “避けないで”!」

「……!」


 間一髪。


 風切る音とともに撃ち込まれた“矢”が、胸に撃ち込まれた“矢”が、ナナシの肉体に活力チカラを吹き込み、彼に立ち上がる力を与えていた。


 回復したナナシのかいなは、ゼルメキウスの突進を真っ向から受け止め、致命的なダメージを回避していた。


「最高のタイミングだな、ユウ……!」

「いやいや……とんでもないピンチじゃないか、ナナシ!」


 ナナシの賞賛に、焦燥に上擦ったユウの声が応える。マクソンとナルムにも回復の矢を撃ち込んだユウは、その懐から“輝装玉”を取り出し、いまにも押し負けそうなナナシへと叫ぶ。


「預かった装備がある……! 投げるから使ってくれ、ナナシ! 神幻金属オリハルコン製の“輝装玉”だ! きっと活路になる!」

(輝、装玉……)


 装備が術式で球状(コンパクト)になったアレか。確か冒険者の前途を照ら――、


 そう思い立った瞬間、ナナシの思考に、電流が走った。


「ユウ……! 俺に届かなくていい……! 投げて、発動させろ……!」

「えっ……?」


 ゼルメキウスの巨躯を受け止めるナナシの掌、その指が一点、“眼”を指し示していた。


 周囲に濃く残る粉塵。


 マクソンが投げた筒に刻まれている、“噴煙剤”の文字。


 視界に入った情報を、元冒険者である経験と勘で統合し、ユウは一つの結論を導き出す。


 窮地にあるナナシからの指示サインを。


「わかった……! ナナシッ!」

【……?】


 “愚かな……”。


 ゼルメキウスは自らの視覚が捉えたものに、人間が出鱈目に投擲した球体に、憐れみすら感じていた。


 球体を構築する術式は、“眼”によって瞬く間に解析され、装備品をただ圧縮・小型化しているだけのものと知れている。


 だが、


「“オン”……!」


 “視”てしまった時点で、ゼルメキウスは“二人に敗れて”いた。 


【――――――――――――!?!?!?!?】


 突如として視界が光に閉ざされていた。


 発動した“輝装玉”が放つ眩い閃光。それが、ゼルメキウスの眼へと焼き付き、その視覚を封じていた。


 輝装玉には光を放つような術式は使われていない。これは、飽くまで幾つかの術式を組み合わせた事により、副産物として発生する光である。故に、ゼルメキウスの解析を免れたのだ。


 ――ゼルメキウスの眼が、術式を解析する力を持たなかったなら、あるいは、このような油断と失態は生じなかったのかもしれない。


 そして、


「ナナシッ!」

【…………!?】


 閃光の中、駆け出したナルムが拾い、放り投げた日本刀カタナが、宙高く跳躍したナナシの手へと握られ、渾身の一撃がゼルメキウスの左眼へと叩き付けられる……!


「うおりゃあああ――ッ!」

【―――――――――ッ!?!?!?!?】


 斬撃が“眼”を保護する鋼膜シールドを叩き割り、その破片と共に、ゼルメキウスの絶叫が木霊していた。


 蒼い返り血を浴びながら着地したナナシに、ユウは先程とは異なる“輝装玉”を投げ渡す。

 

「さっき投げたのは僕用の予備! それが“転生者”用の、キミの装備だよ、ナナシ!」

「サンキュー、ユウ!」


 告げるユウに頷き、ナナシは手にした“輝装玉”、そして、それに紐付いた強大な力を認識する……!


 その力に擽られるように、脳裏に浮かぶ言霊。それは――、


「『鎧醒アームド』……ッ!!」

「……!」


 顕現けんげんする、みやびなる奇蹟。


 ナナシの口舌が、その言霊を唱えた瞬間、眩い光とともに、白と蒼に彩られた流麗な鎧装ヨロイが、ナナシの全身を覆い、新たな勇者の雄姿すがたを闇夜に輝かせていた。


 降誕こうたんせし、その鎧装ヨロイの名は、


神意鎧装しんいがいそう――無銘ナナシ

 

 闇が晴れ、陽が昇る――決着の朝が来た。


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