表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死せる幻想世界 絶望を斬るナナシ  作者: chiyo
ACT-01 絶望の卵と無銘の勇者ー"Nameless Heroes"ー
26/34

#24

「仕切り直しだ。今度は泣かすぞ、クソ野郎……!」

【――――――】


 降り注ぐ絶望に足掻く、尖り耳の勇者が一人。


 "破滅の凶事(ゼルメキウス)”と対峙するナナシの瞳に、赤々とした怒りの(ほむら)が滲み、その腕が構える日本刀カタナが、悠然と立つゼルメキウスの鼻先に突き付けられていた。


 魔獣の歯牙の如く、八股に分かたれた刃には、ナナシの怒りの(ほむら)が燃え移ったかのように、赤熱化した溶岩(マグマ)が滾っている――。


 大小様々な火傷と、擦り傷で幼い身体を汚した少年と、それに覆い被さるようにして、致命的な重傷を負った軍人の姿が、ナナシの心を震わせ、その血潮を滾らせていた。


「……ったく、おっさんに頼んだのは、避難誘導で、こんな無茶じゃないだろうが」

「……転生(ナナ)()……」


 ナルムに覆い被さり、命懸けで守ってくれていたマクソンの身体(からだ)に、ナナシの腕が、黄金の粒子を振り飛ばす。


 死までの猶予を、指折り数えるような、重度の火傷(やけど)も、瞬く間に癒え、マクソンの部下達も粒子の恩恵により、息を吹き返しつつあった。


「ナナシ……」

「ナ〜ニ泣きそうになってんだ、ナルム! 安心しろ、お前が一眠りして起きる頃、この怪物バケモノはもう息をしちゃいないさ」

「う、うん……!」


 信頼による安堵と不安が、内混ぜとなったナルムの瞳に、ナナシは不敵に笑んでみせる事で応え、ナルムもそれにボロボロの笑みで応える。


 少年の傍らには、泣き腫らした目をした少女(シシィ)が寄り添い、無茶過ぎる無茶をした少年(ナルム)の胸をポカポカと叩いていた。


 “うみゃ〜”と鳴くナルムの姿に目を細め、ナナシは自らの拳を固める。


 この窮地に、最も勇気を振り絞った少年――。


 ナルムの奮闘(たたかい)苦痛(いたみ)の対価は、この拳で、あの怪物に必ず支払わせる……!


「ま、待て、転生者(ナナシ)。いまのゼルメキウスには"絶界(シールド)"が――」

「オラァァアッ!」


 “……!“


 その刹那、ゼルメキウスの目が、驚愕に見開かれたように見えた。


 衝撃に、蒼い巨躯がグラつき、後退(あとずさ)る――。


 ナナシが振り抜いた拳は、絶界(シールド)をすり抜け、ゼルメキウスの顔面を、思い切り殴り飛ばしていた。


「……悪いな。その胸糞悪い(ツラ)だけは、直接ぶん殴らなきゃ気がすまなかったんでね」


 僅かに赤く腫れた拳に、フッと息を吹きかけ、ナナシは神幻金属(オリハルコン)の長刀を構え直す。


 世界そのものの天敵種と呼べるゼルメキウスを、容易く殴り飛ばす勇者の雄姿(すがた)に、ナルムとマクソンはゴクリと息を呑む――。


「お、おっちゃん、ナナシは……」

「う、うむ。転生者(ナナシ)の身体が宿す黄金の粒子――アレには術式の効力を打ち消す作用があるのかもしれん。そして、術式とは、尖り耳(エルフ)異能(チカラ)を人間が再現する為に、編み出したもの……」


 額の汗を拭い、マクソンは己の推測を言葉とする。


尖り耳(エルフ)の彼が、術式を無意識に理解し、超越していたとしても不思議はないのかもしれん――」


 信じ難いまでの超常(チカラ)である。


 瞬く間に重傷を癒し、複雑に構築された術式をも超越する、まさに“奇蹟”だ―――。そして、


【――――――――――ッッ―――――――――!!!】

「……!」


 状況が、動く。


 驚愕と停滞を切り裂くような、超高音の咆哮とともに、ゼルメキウスの巨躯がナナシへと突進……! 防御の為に構えた刀の腹ごと、ナナシの身体(からだ)を弾き飛ばしていた。


「ちぃ……ッ!」


 “絶界(シールド)”という搦手(あそび)が通じないとみるや、“絶界(シールド)”の用法を未成熟な身体の補強へと転換。力押しの格闘戦に転じたゼルメキウスの判断は、実に的確(クレバー)だった。


 本来、自らの力に耐えきれぬほど、未成熟なゼルメキウスの巨躯は、生じた亀裂から体液を(こぼ)しながらも、パワーでナナシを圧倒。


 ナナシに傾きかけた戦場の天秤を、再び自らの優位へと傾かせていた。


 ゼルメキウスにとって、自らの身体に負荷を与える、リスクのある戦い方ではあるが、それはゼルメキウスが、リスクを侵すだけの脅威を、ナナシに認めたという事でもある――。


 (おそ)るべき事に、“焦燥(あせり)”も、“慢心(おごり)”も、この怪物には存在しなかった。


(大物らしく油断の一つでもしてくれりゃあ、御し易いんだが……)

「ナナシッ!」


 ナルムの声に応えるように飛び退いたナナシの肩口を、ゼルメキウスの体躯から生える大角が掠り、その身を護るローブを容易く裂き散らす。


 その衝撃で、高度な術式で構築されていたナナシの装備は解れ、引き締まった彼の上半身を露わとしていた。


「……ったく、転生(うま)れた時といい、“裸”なんて妙な属性ついたらどうしてくれんだ、この野郎ッ!」


 次第に荒くなる呼吸に、肩を上下させながら吐き捨て、ナナシはゼルメキウスという難敵の異常性に、額に浮いた脂汗を拭う。


(コイツ、さっきから――) 


 そうだ。


 この怪物は全く瞬きしていない。正確には遭遇したその瞬間から、ゼルメキウスは一度足りとも“その(まぶた)を閉じていない”。


 それどころか、


「なっ……!」


 力押しには翻弄(スピード)を。


 そう判断し、躍動しようとしたナナシの身体を、その動きを正確に読み取り、先読みしたかのように先手の一撃を加えてくる。


 逃さず“見て”いるのだ。その場にある情報を一つ、残らず。


(この“眼”が、コイツの最重要器官か――!)


 ナナシが巻き上げた砂埃も、ゼルメキウスの“眼”から逃れる術とはならず、よくよく観察すれば、眼を防護する透明の装甲板は、ゼルメキウスを構築する外骨格の中で最も分厚い。


 ゼルメキウスという生物(システム)が、この眼を中心として構成されている事は明らかだった。


【――――――――――――――――ッッ!!!】


 勝ち誇るかのような、嘲笑うかのような咆哮を上げるゼルメキウスの視界は、勝利の色に塗り固められていた。


 “彼女”の視界には全てが、記されている。眼から吸収した情報を受信した(コア)が、“彼女”の視界(せかい)に正解を書き記す。


 マクソン達の術式も、この眼によって解析され、なぞられた。


 正しく通常の生物の埒外にある、“怪獣”である。


 こんなものが、自然に在っていいはずがない。


 言うなれば、世界を破滅させるという事象(システム)そのものが、生物の形状をとっているに過ぎないのだ。そして、


「くっ……」


 生物であるが故に、ナナシは膝を折り、吐瀉物を吐きちらしていた。


 ナナシもまた、転生(うま)れてから、一睡もせずに戦い続けているのだ。


 蓄積した疲労が、次第に彼の身体を蝕みつつあった。


「ナ、転生者(ナナシ)……」


 その姿に、マクソンは気付く。あの自分達を救い、癒した黄金の粒子、あれは――、


(君の生命(いのち)、そのものではないのか……!?)


 絶望に満ちゆく状況の中、戦闘は佳境を迎えようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ