#22
「やれやれ……いくら私のコードネームが狐だと言っても、“九尾の狐“なんて嫌だなぁ。趣味が悪い」
「な……あ……」
突如として舞い降りた、機械仕掛けの甲冑に、ユウは言葉を喪失し、その異様をただただ見上げていた。
狐を模した仮面が響かせた、どこかあどけなさの残る、中性的な声が語った通り、甲冑の背部からは九つのパイプが尻尾のように伸びていた。
確かに、白一色の体色と相まって、“九尾の狐“を想起させる意匠であるといえる。
脚部から噴出する鬼火によって、虚空に浮かぶ、“九尾の狐“は、周囲に漂う“危機“の残り香に、機械仕掛けの五指が握る長刀を構え直す――。
「――ふむ。化け物退治はまだ終わっていないという事ですか……」
“狐“が、嘆息とともに、その長刀を閃かせた刹那、霧の中に散った黒い羽根が、輪舞曲を踊るように渦を巻き、一つの異様を形作っていた。
逆三角形に密集した、黒い羽毛から生えるのは、鱗に覆われた四肢。羽毛の中心を切り開くようにして出現した単眼が、おざましき“怪獣“を完成させる――。
「ならば、怪獣には、妖怪をぶつけましょう――!」
【―――――ッ!?】
怪獣が咆哮を上げる間もなく、閃光が瞬く。
大きな“力“が脈打つが如き起動音とともに、虚空を翔けた“狐“の残像が、幾つもの剣閃を描き、これから猛威を振るおうとした怪獣を、八つ裂きにし、細切れの肉片に変えていた。
常人であるユウの瞳には、怪獣が勝手に細切れになったようにしか視えない、まさに神速の神業であった。
「晴明さん制作の“式神“です。意地の悪さは折り紙つきですよ……!」
“狐“がそう告げると同時に、機械仕掛けの甲冑の背部に装填されていた、札状の端末が、その神幻金属に刻まれていた“術“を発動……!
発動した術は、無数の折り鶴となって、“怪獣“の肉片一つ一つに殺到する。
再び寄り集まり、復活する事を阻むように、肉片に接触した折り鶴は次々と発光・爆散し、肉片を一つ残らず、徹底的に焼却していた。
その爆風により、立ち込めた霧が吹き払われた、その瞬間、機械仕掛けの“狐“の眼が、赤い光を灯す……!
「はっ‼」
針に糸を通すように、閃いた長刀の鋒が、霧の消失によって露となった、怪獣の核を刺し貫く。
冷え冷えとした神々しさと、多くの毒物をかけあわせ、混ぜ合わせたかのような、毒々しさを併せ持つ"蒼"の結晶は、粉々に砕け散り、消失。
訪れた静寂が、戦端がひとまず閉じた事を、雄弁に語っていた。
「“滅尽の蒼“の結晶に、既に滅びた生物を召喚し、使役する霧――。魔導師の皆さんが解読した、妖精の伝承通りの特徴・力ですね……。ゼルメキウス、確かに孵化しているようです」
長刀を鍔鳴りとともに鞘に納め、“狐“はその仮面を、口をあんぐりと開けて座り込むユウへと向ける。
「あ、あなたは……」
「……“狐“と名乗らせていただいています。本来の名は、“同じ時代“からの転生者を刺激する可能性がありますので」
ユウの傍らへと、機械仕掛けの甲冑を降下させた“狐“は、穏やかな声音で応え、神幻金属製の五指を差し出す。
「安心してください、これは飽くまで甲冑です。私自身は生身の人間――“猿の翁“に連なる転生者です」
「猿の、翁……」
機械仕掛けの指を掴みながら、そのフレーズに、ユウの意識がまた白濁とする。
その名前は、元冒険者のユウも良く知っていた。
“猿の翁“とは、多くの転生者を束ね、巨大な組織を構築した人物。いわば、転生者達の“首領“である。
その人物が、その人物に連なる転生者が、この辺境の村にまで足を運んでいる――。その事実が、“破滅の凶事“の復活という事態の深刻さを、雄弁に物語っていた。
だけど、この人も転生者であれば、もしかしたら、村を救う“力“に――、
「あ、あの……! 実はまだ村に女の子――」
「かふっ」
「…!!?」
ならない。
狐の面から盛大に噴き出した血が、ユウの顔面と衣服を濡らしていた。
“あらら……“と、“狐“は嘆息し、甲冑の一部を展開し、内部に籠っていた蒸気を噴出させる。
「……ああ、ごめんなさい。私は喀血して体調を調整する転生者でしてね。特性のようなもので、病気とかではないので、ご安心ください」
「あ、はぁ……」
甲冑から伸びる、可動する杖のようなものが、先端に付けた布で、ユウの顔にこびりついた血を、綺麗に拭き取っていた。
頻繁に発生する事態なのか、随分と手慣れた手際であった。
「私の生前の逸話は、喀血に結び付けて語られる事が多かったようで、転生者として再構成される際に、過剰に反映されてしまったみたいなんです。困ったなぁ……大変申し訳ありません」
「あ、いえ……! 僕は貴方に命を救われました。どうか、お気になさらないでください!」
「優しい人だナァ。単身で危険に立ち向かっていた、君のその勇気と心根だけでも、我等が“動く“理由となる。君のような青年にあそこまでさせるのです――良い村、なのでしょうね」
“狐“はしみじみと告げると、甲冑の懐からゴソゴソと何かを取り出す。
「これを」
「え……?」
それは、“輝装玉“だった。
神幻金属製の“輝装玉“。装備品に関し、多くの知識を持つユウも、初めて目にする代物だ。
「“転生者“用の装備です。だいぶ無茶をしましたので、私はもうしばらく動けません。ですが、もし、この村で独自に雇った“転生者“がいる場合、この装備を渡せば、十分な戦力となるはずです」
ユウは理解する。
一瞬で屠ったように思えた、あの怪獣も、実際には有無を言わさず封殺しなければ、周囲に甚大な被害をもたらす程の“脅威“だったのだろう。
その“脅威“を、一瞬で屠る無茶の為に、この“狐“と名乗る転生者の身体は、大きな負荷を受けた。
――そもそも、この甲冑に乗り、遥か遠方から超高速で、此処に駆け付けるという行為自体も、身体に大きな負担を強いるものなのだろう。
「お願いできますか……?」
「……はい! この村には転生者がいます。とても頼れる、無銘の勇者が!」
“必ず彼に渡します“。
歯切れよく応え、ユウは受け取った“輝装玉“とともに、村へと駆け出す。
その後ろ姿を、仮面越しに見送りながら、“狐“はその口元に柔らかな微笑を浮かべていた。
(……成る程、彼が。理解る気がしますよ、□■さん)
“我々と共に歩むには、だいぶ爽やかな風ですが――“。
“狐“は呟き、これから世界に吹き荒れる血風を思う。
目覚めたのは、世界を破滅させる、暗黒の太陽。
立ち向かう希望の灯は、僅かではあっても輝いているように思えた。




