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死せる幻想世界 絶望を斬るナナシ  作者: chiyo
ACT-01 絶望の卵と無銘の勇者ー"Nameless Heroes"ー
23/34

#21

【――――――――――】

「う、うみゃ……」


 立ち塞がる、災厄の巨躯(ゼルメキウス)から、粘液が滴り落ちる。


 不自然なまでに、大きく発達した後ろ脚と、身体の一部を覆う、鎧装(ヨロイ)の如き外骨格。そして、蜥蜴(とかげ)蜘蛛(くも)を掛け合わせたかのような、不気味な(カオ)――。


 冷徹な、それでいて(あざけ)るような眼差しが、ナルム達を見据え、舌舐めずるように、ゼルメキウスは、その大口から微かな唸り声を(こぼ)していた。


「あ……あ……」


 汗が、(こぼ)れる――。


 幼馴染を救うため、過剰に分泌されていたアドレナリンが一気に引き、"恐がりの自分"が強く浮き出てくるのを、ナルムは感じていた。


(でも、シシィだけは、シシィだけは無事に――!)


 呪文のように、脳内で繰り返す決意。


 恐怖に、真っ白になりそうになる理性を、必死に繋ぎ止め、ナルムは己の背後で硬直する、シシィを守る術を模索していた。そして、


「下がりたまえ、少年……!」

「うみゃ……!?」


 轟く、野太い怒号。


 勇ましい声とともに乱入した巨体が、手にした大型の銃器から爆炎を(ほとばし)らせる……!


 ナルム達の視界から、ゼルメキウスを覆い隠してしまうほどに大きく、力強い背中は、紛れもなく"戦士"の、"大人"のものだった。


「フン……!」


 ナルムとシシィを背後に下がらせた巨漢――マクソン大尉は、腰の手榴弾を霧の中へと放り、霧に潜む生物を一気に吹き飛ばす。


 そして、彼の三人の部下が、ゼルメキウスを四方から包囲し、絶え間ない銃弾――攻撃呪文の雨を喰らわせていた。


転生者(ナナシ)には悪いが、私達には、やり遂げなければならない使命がある――!」


 ――結果として、ナナシとの約束は一部、違えた事になる。


 部下の大部分を村人の誘導に割いたマクソン大尉は、その使命感から、選抜した三名の部下とともに、ゼルメキウスの討伐に舞い戻っていた。


 ……"ある"のだ。自分達にしか出来ない事が。


「……呪文の習得に、その霧で操作する奇っ怪な生物! 実に(おそ)るべき異能(チカラ)だか、"それに頼る貴様"には、一つの仮説も成り立つ。無理に誕生を早めた、胎児(ベビー)の貴様は、恐らく"自ら攻撃する手段"をろくに持たんのではないか――?」

【……………】


 槍の如き尾で、攻撃を試みた事もあるが、それも一度きり。


 恐らく、自らの有り余る力に、未成熟な身体が耐えられないのだろう。


 毎秒数百発の火炎呪文を叩き付ける、連装機関銃(ミニガン)を構え、マクソン大尉は吠える……!


「ならば、そのような"弱体化"をしてまで、お前が回避した、我等の最初の策は、お前に"効く"という事だ……!」

【………!】


 マクソン達の体内で(うごめ)く"術式"を感知したのか、ゼルメキウスの巨躯が、僅かに身動(みじろ)ぎする。


 "対処"しようとするゼルメキウスの思考を、マクソン達が絶え間なく叩き付ける銃弾の雨が、著しく妨害していた。


「……そうだ、私達自身が"柱"だ。お前を吹き飛ばすな……!」


 術式を組み込んだ柱で形成した"絶界(シールド)"で、卵のある空間を世界から切り離し、吹き飛ばす。


 それが本来の作戦である。


 ゼルメキウスの介入で柱の術式は破られ、それを実行する事は叶わなかったが、いま、マクソン達の体内で動き始めた、"同様の術式"は、彼等の生体活動(バイオリズム)によって変化する、特殊な処置を施されている――。


 ……つまり、ゼルメキウスも容易に術式を分析・無効化する事は出来ない、"不可避の爆弾"という事だ。


(……姫様、申し訳ありません。我等は、此処(ここ)で散ります)


 覚悟を決めたマクソンの脳裏に、凛とした少女(あるじ)の笑顔が(よみがえ)っていた。


 戦場より去り行く武人は、せめて、この勝利(ぎせい)が、彼女の心の傷とならない事を祈る――。


「うみゃ……?」


 そして、そのマクソンの軍服(ズボン)のポケットから、一枚の写真が零れ落ちたのを、ナルムの瞳が捉えていた。


 そこに、映されていたものは―――、


※※※


「くっ……この、数じゃ……!」


 機銃弓(オートボウ)のチャンバーに矢を再装填(リロード)し、ユウは、虚空から己を狙う怪鳥の群れを(にら)む。


 ナルム達を追い、森の中を全力疾走していたユウは、突如として立ち込めた霧と、その中から出現した怪鳥の群れによって、無念にも、山中に足止めされてしまっていた。


 黒い翼を羽搏(はばた)かせ、鋭利な(くちばし)の中に、肉食獣の如き牙を覗かせる、その悪魔のような怪鳥は、撃ち落としても、撃ち落としても、無限に湧き続け、ユウの血肉を(ついば)む。


(この、まま、じゃ……)


 ナナシを迎えた冒険の後、ろくに休まず、避難所への物資搬入を続けていた青年である。気力・体力の消耗は著しい――。


 極限の疲労に片膝が崩れ、倒れかけた身体を支えようとした手が、命綱である機銃弓(オートボウ)を滑り落としていた。


 そして、


(キーン、と‼)

「……!?」


 一筋の光が、虚空から山中に降り注ぐ。


 その閃光(ひかり)は、怪鳥の群れを一文字に切り裂くと、脚部より噴き出す、鬼火の如き、青白い光とともに、戦場へと舞い降りていた。それは――、


「なっ……」

「お(キツネ)さん、参戦致します」


 それは言うなれば、機械仕掛けの甲冑だった。


 どのような術式・加護で稼働するものなのか。


 その機械仕掛けの五指(マニュピレータ)は、長刀を握り、細い脚部は、鬼火を絶えず噴出させ、虚空に浮いている――。


 狐を模した仮面の下から響いた、若い声は、どこか、あどけなささえ感じさせた。


 そして、これは――この戦場においては、二人目の"転生者"の参戦。


 苛烈な戦闘の中で、また、新たな奇縁(えにし)が結ばれようとしていた。

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