#19
(……うん、結界に綻びはない。これなら魔術知識のある人間でも、発見するのは難しいはず――)
続々と村人達が集まる、仮説の避難所にて、ユウは周囲に発動している術式を解析する"魔眼鏡"で、結界の状態を確認。ひとまずの安堵に、胸を撫で下ろしていた。
建物こそ仮説だが、マクソン大尉達、戦闘のプロフェッショナルが、構築した結界の術式は、完璧以上のものである。
おおよそのところは、起動印一つで、これだけの結界を発動させ得る装置の性能に起因するが、それを設置・展開する軍人達の手際は、迅速にして精緻。
しっかりと訓練された、鮮やかな手並みが見てとれた。
アストリア国には、"転生者に頼る必要のない、対怪獣攻撃部隊"の設立準備を進めているとの噂があるが、全くもって頷ける手際である。
――しかし、それも"間に合わなかった"というのが、実情かもしれない。
(……ナルム、ちゃんと来てくれるかな)
予測より数ヶ月早いゼルメキウスの孵化。
幸い、物質の搬入を進めていた事で、この避難所に最低限の生活環境を整える事が出来たが、ゼルメキウスによって村にどんな被害がもたらされるか、想像も出来ない――。
みんな、心の準備もなく、否応なしに家を捨てる事になる。
母親の思い出を大事に思うナルムにとって、何よりも辛い事だろう。
「くっ……!」
この避難所で、戦闘能力を持つのは自分だけだ。
もう守れないのは、何も出来ないのは嫌だ。何としても村のみんなは守りたい。だけど、
(ナルム……!)
友人の"心"を捨て置く事は、出来ない……!
「……どしたんだ? ユウ」
「!」
だが、駆け出したユウの脚は、安堵とともに止められる。
ナルムを迎えに、勢い良く村に走り出さんとしたユウを呼び止めたのは、当のナルム本人だった。
大きなリュックを大事そうに背負ったナルムは、ちゃんと一人で避難所に辿り着いていた。
「……ナルム、良かった。有り難う――有り難うな」
「……心配してくれたんだな、あんがと、ユウ」
自分の到着を喜び、自分の気持ちも理解してくれている親友が、そこにいる。その事が嬉しくて胸が熱くなる。
ナルムは背負っていたリュックを床に下ろし、愛らしい肉球のある指でVサインを描く。
「母ちゃんの思い出も、家も大事だけど、ナナシが約束してくれたから。オイらの、みんなの大事なもの、全部守ってくれるって――」
必死に、気丈に振る舞っているが、潤んだ瞳と上擦った声が、ナルムの感情を雄弁に語っていた。
――それでも、ナルムは八重歯を見せて笑ってみせる。それが、ナルムの戦いだった。
「オイらは、ナナシを信じる!」
「ああ、彼ならきっとやってくれる――!」
出会って、まだ数時間足らずの転生者。けれど、そう信じられた。
彼の転生に立ち会い、その力を目の当たりにした者として、幾ばくかの言葉を交わした者として、いまは彼を信じ、此処で自分達の出来る事をする。
それが、自分達の戦いであると、二人とも心得ていた。
そして、
「私の娘が……! だから、シシィがいないんだよ……!」
「……!」
仮説避難所の壁の向こう側から、取り乱した声が響く。
周囲の村人を気遣い、必死に声量を抑えているが、溢れ出す感情がそれを上回り、悲痛な音色を奏でていた。
無視は出来ない。それは、ナルムとユウが良く知る人物の声だった。
「お、お前達……」
仮説避難所の外へ馳せ、駆け付けた二人に、声の主であるナルムのおばさんと、村を取り仕切るダンはその顔色を変える。
「おばちゃん! シシィがどうかしたのか!?」
「ああ……ナルム。ごめんよ、一番辛いアンタが辛抱してるってのに、ウチの馬鹿娘が……」
重大な異変を感じ、血相を変えたナルムに、叔母は、上手く言葉を紡ぐ事も出来ず、泣き崩れる。
その彼女の肩を労るように叩き、ダンは彼女の言葉を引き継ぐ。
「……ユリシィの、ナルムのお母さんの服を取りに戻ったらしい。"ナルムの大切な思い出だから"と」
「う、うみゃ……!?」
頭を、鈍器で殴られたかのような衝撃があった。
血の気が引くと同時に、四肢を痙攣させる程の焦燥が、全身に満ち、爆ぜていた。
「――シシィ自身、ユリシィの事を随分と慕っていたからな。突然の事に、気持ちの整理がつかず、取り乱してしまったんだろう。至急、捜索班を編成して村に――」
「そんな暇ないみゃ‼」
疾走……!
焦燥と幼なじみへの想いに突き動かされた、ナルムの身体は、弾丸のように駆け出し、一直線に村へと向かっていた。
半獣人である彼の全力疾走は、尋常の人間には追い付けぬ程に速い。
「ナ、ナルム……!?」
「ダンさん! 僕が行きます……! ダンさんは此処の護りを固めてください! 誰一人犠牲にならない為に!」
ユウは告げ、結界の外へ、最も危険な領域へと駆け出す。
ユウの実力は、村人10人よりも勝る。どんな編成の捜索班よりも確実な人選だ。
そして、これは、奇しくもゼルメキウスが"村"に標的を定めた刹那の出来事――。状況が絡み合い、更なる戦端を開かんとしていた。




