#1
「ユウよぉ……ほんとにオイら達だけで来てよかったのかなぁ……」
普段の威勢の良さをまるっきり無くした少年の声が、か細く通路に響き渡る。
いつもはピンと上を向いている長耳は、疲労に力無く垂れ、真ん丸とした目はうるうると潤んでいた。
「ははっ……振り返っても辛くなるだけだよ、ナルム。それに、僕達だけでも”転生者”様を迎えに行くって言いだしたのは君の方なんだぞ?」
「うみゃ~~」
ユウと呼ばれた青年は、自らの装備である機銃弓に矢を装填しながら、油断なく、周囲に注意を巡らす。
通常の弓とは異なり、機械仕掛けの機銃弓にストリングはなく、代わりに引き金と、回転するチャンバーが設えられている。チャンバーに複数の属性の矢を装填しておけば、チャンバーを回す事で、その場の状況にあった属性の矢を選択・使用出来るというわけだ。
……幸い強力なモンスターの気配はない。
ここまで危険と呼べる程の危険もなかったが、この迷宮に足を踏み入れて早三時間。
踏破した階層は四階層に及ぶ。
流石に、疲労が身体を蝕みつつあった。
(……けど、引き返すわけにはいかない)
この先に、希望がある。
そう、故郷の村を救う手段となる、唯一無二の希望……”転生者”を求めて、二人は、この無謀な冒険に身を投じていた。
「大丈夫。この機銃弓は、クラス6ぐらいの魔物なら十分対処出来るし、全ての属性に対応してる。君に預けた精霊式棍棒だって飾りじゃないだろう?」
「うみゃ~オイら、暗いところがただでさえ苦手なんだよ~。”迷宮で迷い死んだ冒険者が死霊になって化けて出る”とか、良く伝承で聞くじゃんよ~」
半獣人の一族――ケモノ人である少年ナルムはボヤき、ユウの背中にピッタリとついて、おっかなびっくり迷宮を進む。
夜目が覚めただけで、隣家のユウをわざわざ起こしに来るナルムの怖がりは筋金入りだ。
それに、腰から下げた火霊灯の灯りも届かなくなりつつある、この階層の暗闇は、確かに背筋を薄ら寒くするものがあった。
一時的に、怖気づいてしまうのも無理はない。
「心配ないよ。僕達には双美人の加護がある! 死霊なんか近寄れもしないさ……!」
そして、そんな”怖がり”が言い出した、無謀な冒険だからこそ、ユウは承知もしたし、共に行く決心も付いた。
彼が絞り出した勇気に、応えたいと思ったのだ。
ユウにとっても故郷である、村を救うためにも。
頬を緩めた青年は、この五階層の最奥に位置する霊降機の前にたどり着くと、背に張り付く少年の長耳と頭をくしゃくしゃと撫でる。
「うみゃ~~」
「霊降機を起動させるよ。次の階層から本格的な”転生の回廊”に入る。覚悟はいい? それとも引き返すかい?」
「うみゃ! いくよ、いくってば!」
立方体状の内部に、二人が足を踏み入れると同時に、霊降機は起動し、二人の魂と身体を神聖なる深淵へと降下させていく。
――そして、下層で二人を待つのは、この幻想世界に刻まれる、新たな神話。
二人にとって、生涯忘れ得ぬ出逢いが、その先で待っていた。