#17
「チートは転生者の特権だ! この野郎!」
「……! 転生者!?」
迫る絶対零度の氷撃に、各々の手足が凍り付く中、ナナシが手にする八股の刃――その最下部に位置する刃が、赤々とした焔を宿し、滾っていた。
凍てつく冷気の中でも、凄まじい熱を放出するそれは、まるで火口から噴き出す溶岩である。
「ふん……!」
ナナシの指が刀身をなぞると同時に、滾る溶岩は刀身全体に宿り、消えぬ焔の刀を顕現させる。
その刃の一振りは、ゼルメキウスの氷結呪文を相殺・消滅させ、凄絶な衝撃波を発生させる。
そして、その衝撃波すら追い風のように突貫したナナシの斬撃が、ゼルメキウスの外骨格に確かな亀裂を生じさせていた。
――手応えアリ。
ゼルメキウスも予期せず負った損傷に、苦悶の咆哮を上げていた。
「これは……」
この焔の刀は、ナナシ自身、意図的に起動させたわけではない。
無我夢中。この刀に脈打つ"力"に導かれるように、本能的に起動させた機能だった。
そして、この溶岩には見覚えがある――。
(あの時、斬った怪獣の力か……)
地底暴獣。あの怪獣の体内に滾っていた溶岩がそのまま、この刀に宿っているかのようだった。
(斬った怪獣の力を修得する……という事なのか?)
成長する刀という事であれば頼もしい。
油断なくゼルメキウスを見据えながら、ナナシは焔の刀を構える。
【………………】
亀裂の走った自らの外骨格を見据え、ゼルメキウスはその蛍光色のギラつく目を憤怒に歪める。
"如何にしてこの屈辱を晴らすか"。
そう思考した災厄の外骨格が、一部変形し、翼膜の如き大仰なパーツを形成する。
そして――そのパーツから、凍り付くかのような、冷え冷えとした神々しさと、多くの毒物をかけあわせ、混ぜ合わせたかのような、毒々しさを併せ持つ"蒼"の粒子が溢れ出す。
その尋常ならざる気配を持つ粒子の放出に、マクソン達の顔は一様に青ざめる。
「あ、あれは"滅尽の蒼"……!」
「ルーインズ・ブルー……?」
「……お前達、"転生者"を召還する"畏敬の赤"とは対なるものだ。世界の終焉の色だと、この幻想世界に生きる我等は教えられている――。妖精が残した、記録映像以外で目にするのは、初めてだ」
マクソンの言葉に、ナナシは息を飲み、その瞳を鋭くする――。
「奴そのものが滅亡って事か……」
【…………haa……………】
「……っ!?」
ナナシの呟きに、ゼルメキウスは何事かを囁き、嗤う。
初めて耳にする怪獣の嘲笑に、マクソン達が言葉をなくすと同時に、地中から噴き出した衝撃が、ナナシの身体を天高く押し上げる……!
【shaah――ッ‼】
「別の……怪獣かッ‼」
岩盤を砕き、出現したのは甲殻の如き、硬質の鱗で全身を武装する蛇の如き怪獣であった。
ゼルメキウスの"滅尽の蒼"が呼び寄せたのだろうか。ゆうに90メートルはあろうかという全長を持つ怪獣は、その大口を開けると、空中に押し上げられ、態勢を崩したナナシの身体を、容赦なく一飲みとする――。だが、
「舐めんな……ッ‼」
怪獣の体内で、ナナシの身体とともに、鋭く回転した焔の刃が、怪獣の首を斬り落とし、粘液と返り血に塗れたナナシの身体を解放する……!
焦燥と憤怒を滲ませたナナシの瞳が、周囲に漂う"滅尽の蒼"の粒子を捉えるが――そこには既に"本命"の姿はなかった。
(逃げた……? いや――)
"逃げる"必要はない。奴は、戦闘能力でこちらを凌駕している。奴の全貌をこちらが掴めていない今、一気に殲滅する事も出来たはずだ。ならば――、
(屈辱を晴らすために……"村"を狙う気か……!?)
弾き出した結論に、脂汗が噴き出す。
――奴は知っているのだ。それが標的にとって何より堪える事だと。
絶大なる異能と、残忍さに満ちた知性。
絵に描いたような、最悪の災厄が、幻想世界に解き放たれていた。




