#15
砕かれた岩盤から"災厄"が顔を覗かせる。
岩盤を砕き、地底から這い出した災厄は、未成熟な皮膚を防護する粘液を、全身から滴らせながら、闇夜の中で瞼を開く。
【………………】
蒼い外骨格を、部分的に鎧装のように纏うその様が、ソレが尋常の生物ではない事を裏付ける。
見開かれた、蛍光色の淡い光を宿す両眼は、憎悪や憤怒に似た感情にギラつき、耳らしき器官まで大きく裂けた口角は、歪に生え並ぶ、乱杭歯を覗かせる。
腕と思しき部位は退化したように小さい。そして、それとは対照的に大きく発達した、逆間接の脚部をヒタヒタと動かし、森の中を進む様は異様の一言に尽きた。
その思考が何を目的とするのか、何を標的とするかは定かではない。そして――、
「……そこまでだ、ゼルメキウス」
【……………!?】
闇夜に、呪文の閃光が走る。
マクソン大尉の号令のもと、部下達が構える機銃に込められた弾丸が、刻まれた攻撃呪文の効果を発動させながら、災厄――ゼルメキウスの表皮に、次々と着弾する!
他の大陸の”転生者”から伝えられた、銃火器の技術と、魔術のコラボレーション。
一弾一弾に、最上級の威力を誇る呪文を刻んだ十字砲火は、ゼルメキウスの外骨格を軋ませ、表皮を防護する粘液を突き破る。
「このような場合に備えていないとでも思ったか? まぁ柱を建造するため組んだフォーメーションがそのまま包囲網になったとも言えるが」
轟音途切れず。
マクソン大尉が話している間も、弾丸は絶えず撃ち込まれ、ゼルメキウスの肉を抉り続けている。
部下から報告を受けたマクソン大尉の行動は早かった。
村の人々を避難所へと早急に避難させ、柱の建造チームを即座に絶望を狩るハンターへと鞍替えさせた。元々、この部隊は、出世には縁遠いが、腕は確かな荒くれ者が集められた"特攻隊"だ。
こうした直接の"荒事"こそが、本分であると言える。
「5~6メートルの小さな体躯。幼体――いや未熟な胎児の状態と見るべきか。卵ごと吹き飛ばされるのを恐れたお前は、己が誕生を無理繰りに早め、地底へと身を潜めた」
狡猾にして悪辣な災厄を睨みながら、マクソンは告げ、飛び散るゼルメキウスの肉片と血糊を確認する。
喘ぐような咆哮が告げる、生物としての"瀕死"を。
「その血と、形振り構わぬ"必死"が示している。今の貴様であれば我々でも殺せるとな……!」
十字砲火とともに、麻痺毒の呪文を刻んだ手榴弾が投げ込まれ、更なる追撃に次ぐ追撃が、ゼルメキウスを確実に追い詰めていく。
だが、
【―――――――――――――】
「………!?」
歌うような、囁くような、不気味な鳴き声が、キィンと大気を揺らし、砲撃の粉塵の中に異常をもたらす。
鳴き声と呼応するように、呪文が発動する閃光が、その発動色を変え、ゼルメキウスの血肉の中に吸い込まれていく――。
奇妙な事に、閃光を吸収したゼルメキウスの肉体は、凄まじい速度で再生を開始していた。
「な、何……!?」
マクソン大尉の脳裏に、この災厄が建造された柱の術式を書き換えていた"事実"が甦り、大量の脂汗がこめかみを流れ落ちる。
銃弾として撃ち込み、解析する隙を与えなければ――そう判断した作戦だったが、世界を三月で滅ぼすとされる災厄の異能は、マクソンの理解を遥かに越えていた。
この災厄は撃ち込まれた呪文を全て理解し、"詠唱"によって"書き換えた"のだ。
――もはやこの十字砲火は、ゼルメキウスを回復させ、増強する"援護射撃"へと成り果てていた。
「射撃止め……! アンカーによる拘束! 及び近接戦闘へと陣形を――」
「あ……あああああッ‼」
「――――っ‼」
災厄による追撃は、更なる被害を精鋭達にもたらす。
各自の防御能力・戦闘能力を飛躍させるため、各々の制服に刻まれていた呪文が、ゼルメキウスの高周波の"詠唱"によって反転。
毒・麻痺、様々な"状態異常"となって襲い掛かっていた。
マクソンは咄嗟に制服を豪腕で剥ぎ取り、間一髪、難を逃れたが、筋骨逞しい上半身を晒した彼を、嗤うように口角を歪めたゼルメキウスが見下ろしていた。
("遊んで"いたのか……)
初めからこの怪物は窮地になど陥っていない。
対峙した者達の力がどれ程のものであるか、観察していたに過ぎない――。いや、ゼルメキウスにしてみれば、"玩具が転がっていたから遊んでみた"程度の認識であったのかもしれない。
桁違いの、規格外の災厄。人間の手で、どうにかなる代物ではない――。
(かくなる上は――)
マクソンは覚悟を決め、体内に秘匿された術式を、密かに起動させるべく意識を集中する。見破られる可能性はない。何故ならこの術式は――、
「――苦戦してるみたいだな、おっさん!」
「……!?」
刹那……!
定められた覚悟の上に、凜然とした声が重なる。
鮮やかな飛び蹴りを、ゼルメキウスへとぶち当て、舞い降りた乱入者は、マクソンの眼前でその顔を隠していたフードを外す。
「お、お前は――」
「ナナシ。"転生者"だ」
ニッと笑う転生者の黒髪の中、月光に照らし出される"尖り耳"に、マクソンは言葉を失い、唖然と彼の顔を見つめていた。
("尖り耳"の転生者……!?)
世界を滅ぼす規格外の災厄の前に立ち塞がる、前例なき"尖り耳"の転生者。
死せる幻想の中、新たなる神話が立ち上がらんとしていた。




