#14
「クソッ……マジで不気味な紋様だぜ。まるで目だ」
デスクに設置された水晶板を睨みながら、マクソン大尉の部下ニック・アルノスは悪態を吐き、"絶望の卵"の分析を続けていた。
虚空に光る文字をタップし、水晶板に映る映像を全景に切り替えると、不気味な程に静かな情景が浮かび上がる。
映し出されるのは、巨大な卵と魔物の死骸が散乱する、静謐で、暗鬱たる情景。
これが倒すべきもの。そして、解かねばならぬ謎。
――先程から驚く程に動きがない。ほぼ三時間おきにフェロモンで魔物を誘き寄せ、喰らっていた卵は、静寂の中、息を潜めるように、活動を停止していた。
(まぁ、本来、卵ってのは活動なんてしないもんだが……)
鈍い頭痛を覚え、こめかみに指を当てたニックは、虚空の光る文字を再度タップ。警戒を改にする。だが、
「おいニック、どうしたんだ? 水晶板の魔力供給をオフになんかして……マクソン大尉にどやされるぞ」
「は? 何言ってるんだ、映像はこの通り――」
背後からの同僚の声に、苛立った声を吐き出したニックの表情は次の瞬間、青ざめていた。
――何も映っていない。水晶板に映されているのは、光に反射して映る自分の青ざめた表情だけだ。
慌てて魔力供給を入れ、虚空に光る文字をタップすると、さらに背筋を凍らせるような情報が露となる。
"絶望の卵"周辺に放たれた”使い魔”達が全て明後日の方向を向いていた。それも、全て"自分の操作"で。
俺はいったい何を見て、何を操作していた……?
(あの目のような紋様、まさか――)
画面越しに、俺を催眠にかけたっていうのか? そんなのまともな生物の、まして"卵"のやる事じゃない……‼
脂汗にまみれたニックは、焦燥とともに”使い魔”を設定し直し、"絶望の卵"の現状を確認する。
願いと祈りと共に。
「あ……」
映し出された映像に、ニックも同僚も安堵の息を吐く。
"絶望の卵"は以前変わらずそこにあった。
しいて異常をあげるならば、フェロモンに誘き寄せられたと思われる、複数の魔物が卵の周囲を徘徊している事ぐらいだ。
それは、これまでも見られた光景のはずである。だが、
(……いや、"生きて"徘徊しているだと?)
ずっと"絶望の卵"の分析を続けていたニックには理解る。その異常性が、危険性が。
これまでは卵の領域に入った瞬間、あらゆる生命が喰らい尽くされていた。しかし、現状はそうではない。"そうではない"のだ。
【――――――――――――ッツ‼】
大型の魔物がその脚を持ち上げ、卵を踏み砕く。
脆くも崩れたその卵は、中身の粘液を飛び散らせるが、あるべきものはその内部にはなかった。
卵の底に空いていた穴から、その中身は既に這い出て、地底に穿たれた大穴の中にその異貌を隠していた。
「あ……あああああッ‼」
己の失態への悔恨と、これから起こる事態への恐怖に、ニックの喉から絶叫がほとばしる。
「"絶望の卵"は……既に孵っている」




