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死せる幻想世界 絶望を斬るナナシ  作者: chiyo
ACT-01 絶望の卵と無銘の勇者ー"Nameless Heroes"ー
16/34

#14

「クソッ……マジで不気味な紋様だぜ。まるで目だ」


 デスクに設置された水晶板(モニター)を睨みながら、マクソン大尉の部下ニック・アルノスは悪態を吐き、"絶望の卵(ゼルメキウス)"の分析を続けていた。


 虚空に光る文字をタップし、水晶板(モニター)に映る映像を全景に切り替えると、不気味な程に静かな情景が浮かび上がる。


 映し出されるのは、巨大な卵と魔物の死骸が散乱する、静謐で、暗鬱たる情景。


 これが倒すべきもの。そして、解かねばならぬ謎。

 

 ――先程から驚く程に動きがない。ほぼ三時間おきにフェロモンで魔物を誘き寄せ、喰らっていた卵は、静寂の中、息を潜めるように、活動を停止していた。


(まぁ、本来、卵ってのは活動なんてしないもんだが……)


 鈍い頭痛を覚え、こめかみに指を当てたニックは、虚空の光る文字を再度タップ。警戒を(あらた)にする。だが、


「おいニック、どうしたんだ? 水晶板(モニター)魔力供給(スイッチ)をオフになんかして……マクソン大尉にどやされるぞ」

「は? 何言ってるんだ、映像はこの通り――」


 背後からの同僚の声に、苛立った声を吐き出したニックの表情は次の瞬間、青ざめていた。


 ――何も映っていない。水晶板(モニター)に映されているのは、光に反射して映る自分の青ざめた表情(かお)だけだ。


 慌てて魔力供給(スイッチ)を入れ、虚空に光る文字をタップすると、さらに背筋を凍らせるような情報が(あらわ)となる。


 "絶望の卵"周辺に放たれた”使い魔(カメラ)”達が全て明後日の方向を向いていた。それも、全て"自分の操作"で。


 俺はいったい何を見て、何を操作していた……?


(あの目のような紋様、まさか――)


 画面越しに、俺を催眠(ペテン)にかけたっていうのか? そんなのまともな生物の、まして"卵"のやる事じゃない……‼


 脂汗にまみれたニックは、焦燥とともに”使い魔(カメラ)”を設定し直し、"絶望の卵(ゼルメキウス)"の現状を確認する。


 願いと祈りと共に。


「あ……」


 映し出された映像に、ニックも同僚も安堵の息を吐く。


 "絶望の卵"は以前変わらずそこにあった。


 しいて異常をあげるならば、フェロモンに誘き寄せられたと思われる、複数の魔物が卵の周囲を徘徊している事ぐらいだ。


 それは、これまでも見られた光景のはずである。だが、


(……いや、"生きて"徘徊しているだと?)


 ずっと"絶望の卵"の分析を続けていたニックには理解(わか)る。その異常性が、危険性が。


 これまでは卵の領域(テリトリー)に入った瞬間、あらゆる生命(いのち)が喰らい尽くされていた。しかし、現状はそうではない。"そうではない"のだ。


【――――――――――――ッツ‼】


 大型の魔物がその脚を持ち上げ、卵を踏み砕く。


 脆くも崩れたその卵は、中身の粘液を飛び散らせるが、あるべきものはその内部にはなかった。


 卵の底に空いていた穴から、その中身は既に這い出て、地底に穿たれた大穴の中にその異貌(すがた)を隠していた。


「あ……あああああッ‼」


 己の失態への悔恨と、これから起こる事態への恐怖に、ニックの喉から絶叫がほとばしる。


「"絶望の卵(ゼルメキウス)"は……既に(かえ)っている」

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