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死せる幻想世界 絶望を斬るナナシ  作者: chiyo
ACT-01 絶望の卵と無銘の勇者ー"Nameless Heroes"ー
15/34

#13

「……雲の流れが早い。嵐が来るかね」


 陽の沈みかけた洋上で、巨漢が呟く。


 奇抜な格好をした男だった。


 狩った獣の皮を剥ぎ、手ずから編み上げたような装束と、面妖なる猿の仮面。大陸間を繋ぐ商船を統べる長としては、なんとも(かぶ)いた出で立ちである。


 そして、その(かぶ)いた装束を纏う男の体は、熊のように大きい。


 それでいて、それを構成する筋肉は、虎のような瞬発力をも感じさせる強靭さに溢れ、一目でこの男が"戦士"である事を理解させる。


 だが――これで"商人"だというのだから、キナ臭くない訳がない。


「……商談はどのような進捗かな」


 男の背後の影から、低く、甘い声が響く。


 人の姿はなく、ただ影法師だけがそこにあった。


 男は男でそれを気にする素振りもなく、振り返りもせずに応答を告げる。


「うむ、ローガロン国は、国庫の三分の一を割いてでも儂らを雇いたいとの申し出だ。彼の国は守りに関しては余念がない。しかし、"いくさ"としては何とも風情がない」

(おきな)としては不服かね」


 影の言葉に、翁と呼ばれた男はニヤリと笑い、煙草を入れたキセルを咥える。

 

「対してアストリア国の姫君は、儂らに割く国庫の金はないと言い切りおった。いやいや齢14歳とは思えぬ、天晴れな啖呵(たんか)であったぞ」


 解答(こたえ)を言ったようなものだった。当の昔に、この船の舵はアストリア国――今回の災厄の坩堝(るつぼ)へと向け、切られていた。


「推して参るのが、我等の流儀。彼の地には、一足先に"狐"が向かっている。……久々の"いくさ"だ。年甲斐もなく血が騒ぐネェ」


 猿の面から荒々しく伸びる白髪が、潮風にピリピリと揺れ、この男――"猿の翁"は、豪放な笑い声を轟かせる。


 それはさながら獅子の咆哮――あるいは合戦の開始を告げる法螺貝の如き、猛々しさに満ちていた。

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