#13
「……雲の流れが早い。嵐が来るかね」
陽の沈みかけた洋上で、巨漢が呟く。
奇抜な格好をした男だった。
狩った獣の皮を剥ぎ、手ずから編み上げたような装束と、面妖なる猿の仮面。大陸間を繋ぐ商船を統べる長としては、なんとも傾いた出で立ちである。
そして、その傾いた装束を纏う男の体は、熊のように大きい。
それでいて、それを構成する筋肉は、虎のような瞬発力をも感じさせる強靭さに溢れ、一目でこの男が"戦士"である事を理解させる。
だが――これで"商人"だというのだから、キナ臭くない訳がない。
「……商談はどのような進捗かな」
男の背後の影から、低く、甘い声が響く。
人の姿はなく、ただ影法師だけがそこにあった。
男は男でそれを気にする素振りもなく、振り返りもせずに応答を告げる。
「うむ、ローガロン国は、国庫の三分の一を割いてでも儂らを雇いたいとの申し出だ。彼の国は守りに関しては余念がない。しかし、"いくさ"としては何とも風情がない」
「翁としては不服かね」
影の言葉に、翁と呼ばれた男はニヤリと笑い、煙草を入れたキセルを咥える。
「対してアストリア国の姫君は、儂らに割く国庫の金はないと言い切りおった。いやいや齢14歳とは思えぬ、天晴れな啖呵であったぞ」
解答を言ったようなものだった。当の昔に、この船の舵はアストリア国――今回の災厄の坩堝へと向け、切られていた。
「推して参るのが、我等の流儀。彼の地には、一足先に"狐"が向かっている。……久々の"いくさ"だ。年甲斐もなく血が騒ぐネェ」
猿の面から荒々しく伸びる白髪が、潮風にピリピリと揺れ、この男――"猿の翁"は、豪放な笑い声を轟かせる。
それはさながら獅子の咆哮――あるいは合戦の開始を告げる法螺貝の如き、猛々しさに満ちていた。




