#11
「……ゼルメキウス?」
「妖精の言葉で、"破滅の凶事"という意味だそうです。そして実際に、妖精はゼルメキウスに滅ぼされてしまった――。ゼルメキウスに限らず、一部の例外を除いて怪獣の名は全て妖精の言葉で名付けられています」
マクソン大尉からの"圧"の影響か、また慌ただしくなった村を案内されながら、ナナシはユウの話に耳を傾けていた。
どうも山頂にある避難所への物質の搬入を急いでいるらしい。ダンも村人の指揮とミーティングのため、集会所に向かい、中々戻って来ない。
「村外れで発生した山崩れで、発見されたのが、そのゼルメキウスの卵――"絶望の卵"です。妖精の伝承で伝えられている特徴と特性を実際に持つソレが孵化すれば、世界は三月で焼き尽くされると言います」
「三月、で――」
そうなると、最早この村だけの問題ではない――。
ナナシは情報を整理するように額へ指を当て、森で採れた果実を擂り潰した飲料で、渇いた喉を潤す。
「だから……国の人達は、この村ごと卵を吹き飛ばす事を決めたんです。一国の問題じゃない。世界全体の問題だから――」
成程。そう考えると、あのマクソンという男の態度も頷ける。
連中は連中で、抜き差しならない決断を重ねていると見える。
「……ふーん、しかし、さっきから妖精ってのが、やけに話にでてくるな。滅びちまった連中なんだろ?」
「うみゃ~それはナナシも尖り耳だからみゃ。怪獣に追い詰められて、ゼルメキウスに滅ぼされちまったけど、怪獣への対抗手段の基礎を作ったり、ゼルメキウスを倒す切欠を作ったのも妖精なんみゃ! だから……」
「俺にも期待してる、って訳か」
悪戯っぼく笑い、ナナシはナルムの頭をポンポンと叩いてみせる。……まったく、冒険の疲労と、村に辿り着いた安堵でフラフラになっているくせに、元気な子だ。
"うんみゃ~"と鳴く、足元がおぼつかないナルムをひょいと肩に担ぎ、ナナシは頬を緩める。
「……国の人達は、新しい土地とある程度のお金も用意してくれています。けど――新しい土地で、いま村を成り立たせている産業をそのまま維持出来る訳じゃない。実際には一から開拓するような形になるでしょう。命があるだけじゃ……生き残る事は出来ないんです」
いま村で育てている茶葉も、新しい土地の気候では大きく質が変わってしまうだろう。そもそも茶葉を育てられるだけの環境を構築するのにも、数年を要する可能性がある。
命を拾った先にあるのが、飢えと疲弊では、何の意味もない――。
「だから、卵のうちにゼルメキウスを倒せる"転生者"を求めたんです。それで、村の"降竜笛"が鳴った時、僕らは……」
「……成程な、事情は飲み込めた」
村の道具屋に用意してもらった、即席の鞘に納めた日本刀の柄に指を当て、ナナシは言葉を続ける。
「しかし、こいつは事だぞ。あのマクソンとかいうおっさんが、"転生者です。試しにその卵、斬らせてください"と言って納得するとは思えない」
殺るなら秘密裏に、迅速に行う必要がある。
――場合によっては、マクソン達も敵に回す事になるかもしれない。そして、
「あ……ユウ、ユウよぉ、ごめん」
「ん……?」
肩に担いだナルムの口から溢れた、か細い声に、ナナシの尖り耳がピクリと反応する。
ナナシの肩から降りると、ナルムはどこか申し訳なさそうな様子で口を開く。
「母ちゃんが、寂しがるといけねぇから……」
「ああ、ごめん! ここより先に進むと、家遠くなっちゃうもんな。ゆっくり休みな、今日はだいぶ無茶をしたからね」
ユウは微笑みとともに告げ、その拳をナルムの前に突き出す。
危険な冒険を共に潜り抜けた"戦友"の拳に、ナルムもその拳を合わせ、微笑む。
「ユウは……休まないのか?」
「ナナシにしてもらった処置で、ダメージも疲労もなくなったからね。避難所もそろそろ形にしなきゃいけない。もうひと踏ん張りさ!」
気丈に笑う戦友に頷くと、ナルムは踵を返し、自分の家への帰路につく。何処か寂しげなその背に、ユウは大きな声で言葉を贈る。
「ナルム……! 夕飯は一緒に食べよう! それに、一人で大変な時は僕の家に泊まっていいんだからね!」
ユウの声に、ナルムは手を振り、そのシルエットを次第に小さくしていった。
その影を見送りながら、ナナシはその切れ長の目を細める――。
(母ちゃんの思い出、か――)
卵の中で、朧気だった自分の意識を目覚めさせた、ナルムの慟哭。
その慟哭が、ナナシの中で強く鳴り響いていた。




