#8
「でも、ダンさん――ご心配をおかけしましたが、目的は果たせました。お連れする事が出来たんです。"転生者"様をここに……!」
「お、おお……」
ユウとナルムの帰還に、意識を集中させていた村人達は、ここで転生者の存在に気付いた様子だった。
念のため、ローブに付いているフードを深く被り、目立たないようにしていたせいもあるかもしれない。
"転生者"と名乗る前に、まず"転生者"が、この世界でどういう存在であるのか、多人数の反応を窺ってみたかったのだ。ユウとナルム、この村人達に裏があるとは微塵も思わないが、この世界における、自分の立ち位置を知っておいて損はない――。
「転生者様、本当に……」
「この村の危機に、本当に奇跡だ……!」
驚きがざわめきとなり、実感が歓声となって轟く。
……まるで伝説の勇者が来訪したかのような騒ぎだった。
いや、"迎えに来た"ユウとナルムの行動や反応を考えれば、実際にそういうものなのかもしれないが――、
「お、おお……なんて事だ。ユウ君、ナルム、君達は本当に成し遂げたのだな」
「うみゃあ~転生者様は凄いんだ! オイら達を襲った怪獣を一発で倒しちまったんだ!」
「か、怪獣……!?」
泣きはらした目を擦りながら紡がれたナルムの言葉に、ダンは顎が外れそうな程に大口を開き、叫ぶ。思わず飛んだ唾の飛沫の直撃を受け、ナルムは"うんみゃ~"と嘆き、肉球で顔を拭く。
「……はい、本当にイレギュラーな事だとは思いますが、双美人の祭祀場に、怪獣が現れました。けど、転生者様が、すぐに退けてくれて――」
「お、おお……なんと」
感嘆に満ちた声とともに、ダンと村人達は、転生者の前に跪く。
祈るように、請うように。
あまりに仰々しい、その畏まり方に、むしろ転生者が気圧され、後退る程だった。
「お、おい……」
「ご挨拶が遅れ、大変申し訳ありません。私は長からこの村の仕切りを任せられているダンと申します」
ダンはその大きな体が小さく見えるほど、深く頭を垂れ、恐る恐るその熱い眼差しを、転生者の整った顔立ちへと向ける。
「……怪獣を転生したばかりで退けたという御力、さぞ名のある英雄とお見受けいたします」
(ん……?)
……違和感が、転生者の思考を擽る。
名のある英雄とはどういうことか?
転生者とは、この幻想世界に、新たに転生れた生命であり、等しく名を持たぬものではないのか――?
ここで、転生者は"己の特異さ"に気付く。
「どうか、どうか――我々に御身の名をお聞かせください。現世より、この幻想世界に転生した猛き"大英雄"よ」
「い、いや、俺は……」
助け船を求めるように自分を見た転生者に、ユウはこの大陸における"一般的な転生者"の説明を開始する。
「……転生者様、この大陸では主に"日本"という国の英雄の魂が、祭祀場の卵に宿り、新たな生命となって転生しているのです」
「ニッポン! ニホン、ヒノモト、ヤマト! 現世の"彼の地"の名前はたくさんあるみゃ‼」
ナルムはユウの傍らに立ち、ワクワクとした様子で転生者のリアクションを待っていた。
……全く記憶にない訳ではない。知識、閲覧可能なデータのような形で、幾つかのイメージが脳内に思い浮かぶ。
恐らく自分は、その"日本"というものを知っている。
「以前は、それこそ多くの名も無き者が、現世より転生していましたが、怪獣という脅威に対抗するため、召喚に詠唱を加え、名のある大英雄を転生させる事が、一般的になっています。でも、僕達は詠唱を完成させる事は出来なくて――」
「……成る程、それで俺は"自分が誰か理解らない"って訳か」
合点がいったように頷き、転生者は自らの顔を隠していたフードを脱ぐ。
そのフードの下にあったものに、村人達は息を飲み、一様に驚嘆の声を響かせていた。
「"尖り耳"……」
「な、なんと……」
転生者の尖り耳に、一同は驚愕と興奮の極地にあった。
既に滅びた幻想の種族――"妖精"。
"転生者"が、その妖精として、この世に転生れるなど、尋常の事ではない。
つまり、この転生者は"普通ではない"のだ。
「……悪いが、俺には記憶もなければ、名前もない。お前達が言うように大英雄の可能性もあるが、歴史に名を残すことなく、のたれ死んだ馬の骨である可能性も高い」
自分の腕を、手を、脚を、失われた記憶を探るように見つめ、転生者は、密やかに嘆きの息を吐き出す。
転生れた先で、己の事が理解らないという苦悩――余人には計りしれぬものがある。
「うみゃあ……じゃあ転生者様は、"名無し"って事かみゃ?」
「ななし……ナナシか」
"ふぅむ……"と思案した、転生者の尖り耳がピクピクと動き、その口元に、三日月のような笑みが浮かぶ。
目の爛々とした輝きは、苦悩する者のそれではない。
「うん、良い響きだ……! ナナシ、この響きには"何者でもないが、何者にもなれる"という降り幅がある。正しく、いまの俺に相応しい響きだ」
抜き身の刀を肩に担ぎ、転生者は高らかに告げる。
「ナナシ――今日から俺の名はナナシだ!」
そう告げて笑う転生者――ナナシの姿を皆、見惚れたように見つめていた。
確かに、この男は村人達が請い願ったような大英雄ではないのかもしれない。
しかし、その魂が持つ、抜き身の刃のような危うさと、幾重もの布にくるまれたかのような"謎"から漏れ零れる輝き。
それらは、どんな大英雄の名よりも、村人達を惹き付け、その心を震わせていた。




