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都市が、焔に咽ぶ。
人類が仰ぎ見る、天まで届くような城壁を踏み砕き、推定、三百数十メートルの巨体が、決戦の地である、要塞都市に侵入していた。
「魔術師部隊! 第一陣から第三陣、詠唱開始! 機甲攻撃部隊! 弾薬の装填、攻撃の手休めるな! 射てぇ――ッ‼」
エルフ・ドワーフ・人類の三勢力を束ねた連合軍。その指揮を預かった巨漢のエルフによる、喉が千切れんばかりの号令が、戦禍の都市に轟く。
都市のあちこちに設置された大砲が火を噴き、ついに合間見える災厄に対し、都市の中心部に集結した、数百名の魔術師達が、いっせいに呪文の詠唱を開始する。
災厄の名は、“怪獣”。
焔に照らされた、黒々とした皮膚は、鎧装の如く硬質化した茨に覆われ、その背部に揺らめく巨尾は、禍を予感させる、不穏な電光を帯びていた。
背から仰々しく突き出る二本の突起は、角のように、刀剣のように、虚空に突き立てられている――。
【―――――――――――ッ!!!!!】
天地を砕くような咆哮とともに、二足で屹立する巨獣の眼が、虚空から襲い来る飛竜の群れを捕捉する。
夕闇の虚空を埋め尽くす、飛竜の群れは次々と火炎を吐き、それを“怪獣”へと叩き付けてゆく。
飛竜だけではない。いまや数多くの魔物が、この決戦の地に集結しつつあった。
この、人間・エルフ・ドワーフの共同作戦の気配を察知し、共鳴したのか、彼等もまた、昏き奈落の底から這い出し、世界の破滅に抗っていた。
「……では、我等も百年の“貯え”を放つか。どっせい‼」
混戦の中、ドワーフの長の気合いとともに、“堰”が外され、塔のように都市内に鎮座するドワーフ達の“鍛治場”からドロドロに溶けた金が、“怪獣”の足元へと流れ込む……!
金の熱が、“怪獣”の脚を焼き、その金を触媒とした、魔術師部隊の結界が、“怪獣”の身動きを封じ、緩慢なものとしていた。
「いまだ……! “禁呪”連続発動……!」
【――――――――――ッ‼!!!!!!!!】
轟く“怪獣”の苦悶。
号令とともに、元来であれば、使用を禁じられた“禁断の呪文”の数々が“怪獣”へと炸裂し、爆ぜる。
そして、怯んだ“怪獣”へと、飛竜の群れが殺到し、その肉を啄み、火炎放射を浴びせていた。そして――、
「いいのですか、エルフの女王」
「これより発動する”大禁呪”は、発動すれば、後戻り出来ぬものです」
「「その覚悟が、貴女におありですか?」」
この作戦の本陣である王城で、作戦を見守る“双美人”は、寸分違わぬ声音で、尖り耳の女王へと問いかける。
全く同じ容貌を持つ、双子の女神は、神秘に煌めく、紫の髪と瞳を、真っ直ぐにエルフの女王へと向けていた。
「……構いません。どんな栄華もいつかは終わるものです。お伽噺のように」
女王が気丈に答えた瞬間、“怪獣”が天へと直下たてた尻尾に凄絶な雷が落ちていた。虚空に穿たれた穴より降り注いだ、その激烈なる雷は背の二本角にも伝播し、“怪獣”の咆哮とともに、凶暴な雷撃となって、周囲の害敵を薙ぎ払う――。
「――故に、私達はこの世界を“幻想世界”と呼ぶのです。失えぬ未来、この世界の生命のために、私達は喜んで、死にゆく“幻想”となりましょう」
飛竜達は墜ち、絶えず砲撃を続けていた砲台も一蹴されていた。己が脚を絡めとっていた金を蹴り剥がし、再び前進を開始した“怪獣”の背後で、蒼い光が瞬く。
――それは、“怪獣”の主が放つ、“滅尽の蒼”と呼ばれる妖光である。
「潔く、美しい。故に儚くも映ります」
「エルフの女王、貴女達の幻想はやがて伝説となり、神話へと到るでしょう――」
「「“双美人”の加護は、永久に貴女達と共にあります」」
“双美人”が天に翳した指が、赤い光を帯び、側に控えていた、大魔導師達が奏でる詠唱が、“大禁呪”の発動を、止められぬもの、確かなものとする――。
「「ka・jura」」
“双美人”の凛とした、神秘の声音が、“大禁呪”を吟い、黄金の粒子が、王城に、要塞都市に溢れる。
蝶が羽ばたくように、黄金の粒子は吹き荒れ、進撃を続ける“怪獣”の前に、一つの流星を招く。
それは――、
物語は、この数百年後に始まる。