白地図七月号
壊れる夏に開花はナンセンス
夏祭り
孤独の『 』
純粋な
空を彩る
君との世界
無意識に走っていた。昼間はあんなに暑いのに、夜になると肌寒いくらいだ。祭りの会場が見えてきて、足を緩める。荒い息を押し殺して平然を装う。
こんな生き方しかできない。きっと、会場のどこかに君がいて、友達と笑い合っている。見知らぬ男がいたなら身を打つ。盗み聞きなんて、我ながらタチが悪いなと思った。
花火のような君に、僕の手は届かない。だからせめて、妄想の中だけでも一緒にいさせてほしい。女々しいなんて言わないで……
***
人々は背景、『 』は孤独。真っ暗な世界で感傷に浸る。気持ちは想い人を探す。不意に周囲が明るくなる。遅れて胸に響く音が鳴る。儚く散るその花を、心象に重ねてみたり。
となりに居たらな――
***
妄想を追いかけていた。いつもはあんなに目を逸らしてしまうのに、今は動きたくもないくらいだ。また会場が暗くなって、それでも見つめる。幻ではないかと疑う。
偶然であるわけがない。そっと天に明かりが灯って、目を細める。その姿が胸を打つ。聞こえるような声で話すなんて、なかなか恥ずかしかった。
夜空のような君に、私の手は届かない。だからせめて、花火を一緒に見ていたい。偶然なんて言わないでね……
***
君と見る
空に咲く花(黒の画用紙)
綺麗だね
横顔覗き
交わる夜空(花火)
【赤い糸】
【後の祭り】
背後から待ってという、慌てた声が聞こえた気がした。でも、ここで止まってしまえば、もう進めないと思った。夜空に咲く火の花を見上げ、体を落とす。
あれからいくらか経ち、お盆が訪れた。正直、現世に戻ってきたからといって、行くあてもなく、ただ一人街を彷徨った。失敗続きの人生に嫌気がさして自殺したのだから、本当ならば、こんなところに戻りたくなかった。
ふと、電車に乗ろうと思った。大学の時好きだった子がいつも乗っていた電車に。また会えるかなという淡い期待を胸に、電車に乗る。しかし、彼女は現れなかった。
そうだ、結局彼女がいたとしても、俺はどうすることもできない。俺が過ぎ行く人たちの目に映らないから、俺が人に触れられないから。虚しくなるだけだと思った。
何も考えずに歩いていると、いつのまにか夜になっていた。身を投じた日と同じような雲のない空が広がっている。星が綺麗で花火はよく映える。輝かしい夜空。
あの日と同じ風景が見えた時に、自分に未練があるのだと気がついた。無意識のうちに自殺した場所へ歩いていたから、そう思わずにはいられなかった。
雑木林を少し奥に行くと神社、そのまた奥に行くと崖がある。俺は吸い込まれるように雑木林を奥へと進む。
神社が見えた。薄暗い道の端から奇妙な音が聞こえ、恐る恐る音の方へ行ってみる。すると、大学の時好きだった女性がベンチに座っていた。いつも電車で見ていたような可憐な印象はなく、投げやりな化粧と服装が品を削ぐ。いつかの自分を見ているようで、胸が抉られる。
彼女は泣いていた。ただ、彼女がいくら涙を流そうと、空が濡れることはなかった。隣に寄り添ってあげたくても、俺は死人だ。
彼女は疲れた表情で立ち上がった。そして、ゆっくりと歩き出す。俺は彼女の後をついていく。奥へ……奥へと歩き、あの場所へ辿り着くと彼女は足を止めた。
まさか……!
「お、おい! やめろ!」
届くはずもなかった。叫び声は虚しく響くだけ。俺は声を無視したのに、俺の声を聞いてほしいだなんて強欲だ。自分は死んでいるのに、彼女に生きてほしいなんて傲慢だ。
たかが三メートル。されど三メートル。手を伸ばす行動さえもフィクションへ溶けていくのだから。
後の祭り……か。彼女の涙は俺の手をすり抜けて地面に滴るだろう。でも、俺が生きていれば、その涙も掬えたのかな……。
俺は彼女の後を追った。
【孤独】
文句の付けようがない快晴。風が窓から程よく入り込んで涼しい。風と共に音も流れてきた。
『緊急速報です。原因不明の事象により地球が太陽に吸い込まれ、数十分後、地球は太陽の熱で燃え尽きます。繰り返します――』
地域のアナウンスが授業中の教室を騒がしくさせる。
「嘘だろ……」
一人の生徒がそう呟いた。
「先生! 授業どうするんですか?」
「この放送は本当なんですか?」
「僕たち死ぬんですか?」
呟きから連鎖するように質問が飛び交う。それを鎮めたのは校内放送のチャイムだった。
『えー、生徒のみなさん、職員のみなさん。先ほどの放送は本当です。奇跡が起きない限り。人生最後の数十分間、精一杯生きましょう。最後に幸せな時間を』
校長先生がどこか投げやりにそう告げる。
たしかに、放送が入る前から太陽が大きく見え、暑くなっている気はしていた。しかし、勘違い程度に捉えていた。まさか、人類滅亡の瞬間が近づいていたなんて、誰が予想できただろうか。
僕は死ぬことに驚きも躊躇いもなかった。ただ、校長先生の『人生最後』という言葉で思い浮かべた人がいた。それは、両親でも友達でもなかった。
「行かなきゃ」
僕は喧騒が広がる教室で覚悟を決める。使命感にも似た何かが僕を突き動かした。
隣の教室へ駆け込み、一人の女子生徒の手を引っ張った。急な出来事に、彼女は抵抗する余裕がなく、そのまま屋上へと向かった。僕はその途中で話があると彼女に言う。
彼女は怪訝な面持ちになったが、構わず引っ張る。そりゃあ、見知らぬ人に引っ張られれば恐怖すら覚えるだろう。
僕はいつだって一人だった。周囲の人と考え方も、行動理念も、価値観も違っていた。その証拠に、今僕がやっていることはおそらく、他人から見たら奇抜な行動だろう。
彼女も僕と同じく孤独であった。世の中を否定する目と陰鬱な雰囲気が、僕の目に美しく映ったのだ。
屋上に着き、ドアを開くと真っ先に両側のドアノブを壊した。誰も入れないように。ここから戻れないように。なかなか古い学校だったおかげで、何回か蹴ると小気味よい音を立てて壊れた。
彼女は未だに唖然としている。無理に引っ張った腕が赤くなっていた。それを気にしている感じもなく、どこか無頓着な印象を受ける。
「君のことが好き。だからさ、この世界の終末を、一緒に迎えよう! 嫌なら、落ちるというのもありだね」
僕はそう言ってフェンスを指差す。彼女はようやく僕の行動を理解したようで、フェンス越しに地上を見下ろす。およそ十二メートルの高さが拒否権を奪う。
「ほら、下なんか見てないでさ、上を見てよ。太陽って近くで見るほど真っ赤で綺麗だよ」
眩しくてまともに見れたものではない。きっと、好きな人がとなりにいるからだ。
「ねぇ、僕と手を繋いでよ。最後なんだからさ......あ、もしかして恋人とか好きな人いた?」
「いない。いないけど......」
「怖いの?」
彼女は控えめに頷いた。どんなに世界を嫌っても命を嫌うことはできないらしい。
「そりゃあ死ぬって怖いことだよ。だからさ、僕と手を繋いで少しでも楽になって。抱きついてもいいんだよ?」
彼女は顔を伏せて手を伸ばす――
あんなに青かった空が嘘だったように真っ赤に燃える。僕たちは手を繋いだまま太陽に飲み込まれた。
【空には】
君は今日も寂しげに空を見上げている。教室の隅っこ、窓側の席に目をやると君がいて、僕は彼女に釘付けになる。お互いに黒板はそっちのけ。向く必要を感じないのか、見惚れて動けないのか。おそらくはどちらもだろう。
俺はいつも孤独な彼女が気になっていた。というより、自分も孤独だからこそ、孤独同士で仲良くなりたいと思っていた。しかし、彼女はこちらと真逆の方を向いてこちらに興味すら示さない。
「はぁ……」
彼女はため息を吐きながら頬杖をついた。彼女の目には何が映っているのだろう。気になるだけで、とても尋ねることはできない。怖いからだ。
俺はみんなに無視されている。だから、みんな同様、無視された時のことを考えると気が引ける。
実際、過去にあったのだ。相当なショックを受けたせいか記憶が曖昧だが、彼女に話しかけた数日後、彼女は学校を休んだ。それも長期間。少しの間は彼女の家へ行って様子を見に行った記憶もある。しかし、僕が彼女の家へ行くことをやめて少し経つと、また登校するようになった。
彼女に嫌われているのだろう。想いは一方通行。どうすればいいのかわからない。一人可憐に咲く高嶺の華。俺が触れることはできないのかもしれないと思っていた。
延々と続く学校生活が鬱陶しく感じ始め、新しいことも楽しいことも全て無駄に感じる。孤独であることに嫌気がさしてきた。時には精神を病まして気が狂いそうになったり、自暴自棄になったり。もう、耐えきれなかった。
授業中であるのにもかかわらず、爆発した想いを叫んだ。
「いつも空ばっかり見てさ、どうして俺のことを見てくれないんだよ!」
何日も、何ヶ月も、何年も存在をアピールし続けたのに、一向に振り向いてくれないもどかしさが俺の苛立ちを最高潮にさせた。なぜか怒りぎみの口調に、後悔した。
「やっと、話かけてくれた」
彼女はそう言ってこちらへ振り返ると、白い指をこちらへ伸ばし、俺の頬を突く。なのに、俺の頬に指の当たる感覚はしない。
「えっ……?」
「そこまで驚く? 私たち、幽霊なんだよ。思い出した?」
幽霊? 俺は生前のことを思い出した。
俺と彼女はお互いに孤独であることもあり、いつのまにか仲良くなっていた。仲良くなった直後、彼女は病気で学校に来れなくなったのだ。
俺は毎日のように見舞いへ行ったが、彼女は病死した。それから俺は彼女の後を追うように自殺したのだ。
みんなが無視する理由も、永遠のように続く学校生活も、彼女の指が俺の体をすり抜けるのも、俺が幽霊であるせいだ。
「寂しかったんだから。ずっと……」
「ごめん」
「今度こそ、一人にさせないでね」
太陽みたいに明るい表情を見せつけるのだから卑怯である。俺は頷いて、わかったと答える。すると彼女は嬉しそうに笑い、窓から身を乗り出した。それでも授業は続く。
彼女を追うために俺も窓から飛び出した。幽霊のくせに重力に逆らえない体は、地面に吸い込まれるようだ。青く澄んだ空には彼女と向かうであろう、新しい世界が見えたような気がした。
【絵画】
中央の上方向から陽光が差している。太陽は雲に隠れて見えていない。雲は奥から手前にかけて黒のグラデーションが目立つ。
陽光は眼前に広がる海の中心に横線を引き、奥側を照らしている。果てしなく続く海は、水面を上下させていることが伺えた。海は底まで見えそうなほど澄んでいる。
光へ向かって進む船が白い泡沫を作りながら走っている。右奥には山がその存在感を放ち、左手前には少しだけ砂浜が見える。
視覚だけが訴える世界。風が無ければ、波の音も、潮の匂いも、踏みしめているコンクリートらしきものの感覚さえもない。
それなのに、何故かその風景に感動できる。色がきめ細かいからか。何か思い入れがあるからか。そんなものは関係ない。
ただただ圧倒されただけで、その感動に根拠はない。
【夫婦喧嘩】
嫌になるなぁ。
帰り道、家まであと五十メートルというところで、ふとそんなことを思った。
家には喧嘩したせいで機嫌の悪い妻がいる。本当にくだらないことで意地張って、素直になれず、お互い後に引けなくなってしまったのだ。
「はぁ……」
露骨にため息を吐き、足の速度を落とした。かといって、こんなところで立ち止まっていても仲直りなんてできない。
普通に謝って許してくれるか不安だ。そこで、少しばかり卑怯な手を使おうと思った。
鍵を開けて家に入ると、部屋の奥からハンバーグのいい匂いが漂ってくる。僕がただいまと言うと、彼女はぶっきら棒におかえりと返した。その素っ気なさに挫けそうになったが、めげずに彼女の背後へ近づく――
僕は彼女を背後からぎゅっと抱きしめた。
「なっ……」
彼女は急な出来事に動揺して、料理の手を止めた。
「昨日はごめん。言い過ぎた」
「……うん。私こそごめん」
「好きだよ」
「ありがとう。私も好き」
彼女の首がこちらに回り、目と目が合った。そのまま流れるように唇を重ねた。長いキスが終わっても、お互いに見つめ合って照れ臭くなる。
「あっ!」
彼女は慌てた様子で前に向き直ってハンバーグを裏返す。でも、もう遅かった。ハンバーグは焦げて悲惨な状態になっていた。
今度は恨めしそうな鋭い目つきがこちらに向いた。
「もう、あなたが変なタイミングで抱きつくから――」
この後、めちゃくちゃ叱られた。
【夏が去って行く】
少女の泣いている声が脳裏に浮かぶ。それが引き金となって約束を思い出した。もう九月。今日が夏かどうかも怪しいところだ。
俺は上司に早退すると一言放ち、急いで会社を抜け出し、駅へ向かった。電車に二時間ほど揺らされ、目的地に着いた。駅から出ると、街灯に照らされた、のどかな街並みと懐かしい風景が広がる。
海水を口に含んだような感覚を与える潮風の匂いが、なんだか心地良い。波の音をBGMにして砂浜に転がれば、快適な睡眠が取れるはずだ。
そうだ、こんなことを考えている場合ではない。早く彼女の元へ行かなければ。
浜辺へ出ると、全力疾走したが故に出た汗をハンカチで拭い、辺りを見渡した。すると、一人悲しげに海を眺める少女がいた。
「はぁ、はぁ。『夏』……久しぶりだね」
息を整え、彼女の名を呼ぶ。『夏』は拗ねた表情をこちらに向けたかと思うと、すぐにそっぽを向いた。彼女は頬と鼻を赤らめ、目には涙を浮かべていた。
俺は小学校低学年の夏、誰にも見えない『夏』という少女と知り合った。彼女はその名の通り夏だ。彼女がここにやって来ることで夏が始まり、どこかへ去って行くことで夏が終わる。
そんな奇妙な出会いを経て、俺は毎年夏になると、ここへ来て彼女と遊んでいた。なんせ、彼女のことは誰も見えないため、彼女には話相手すらいなくてずっと一人だった。
もちろん、俺の様子を見た人たちは俺を変な人だと思っただろう。しかし、彼女の孤独を考えればそんなことは痛くも痒くもなかった。
時は経ち、俺は社会人になろうとしていた。俺は職場の関係でこの土地にいられなくなり、彼女にお別れを告げた。その時に俺は、夏になったら一回くらいは会いに来ると約束した。しかし、仕事の忙しさに呑まれ、行くことすらも忘れてしまった。
そのせいで、彼女と出会った時のように泣いていたのだろう。俺は悪いことをしたなと思い、頭を下げて謝った。
「ごめん。約束したのに、悲しい思いをさせて」
「まぁ、結局来てくれたんだし? 謝る必要はないよ。私はただ、あんたの仕事の忙しさに同情してるのよ。私の仕事なんて、ここにいるだけだから」
「その仕事だって、忙しくなくとも、寂しいじゃないか」
夏は俺の声に反応して俯いた。そして、声を上げて泣き出した。
「ど、どうしたんだよ、急に」
「うぅっ……別に。もう帰らないといけないのに名残惜しいなんてことはないから! 織姫と彦星みたいに一年に一回しか会えない気持ちなんてわかるわけないから!」
毎回思うが、彼女は本当に素直じゃない。でも、そんなところも含めて好きだ。
「はいはい。じゃあ、また来年……」
そう言って、俺は彼女を優しく抱き寄せた。どうしてもっと早くに思い出さなかったのかと自分を恨んだ。
「……うん。また来年」
彼女の姿が少しずつ光の粒になって、海の向こうへ飛んで行く。
「来年忘れたら、絶対に許さないからね」
「わかってるって。例え雨が降っても会いに来るから。夏、好きだよ」
そこまで言うと彼女は完全に俺の腕の中から消えた。そして、淡い月の下から夏が去って行った。