第二次世界大戦なき世界 今も満洲という国があったとしたら・・・
もし、第二次世界大戦がなかったら、ということについて書いた文章です。
後半は満洲について書いています。
04.2.6記
歴史において、IFを考えることは無駄なことではあるが、しかし、 どうしても考えてしまうことはやめられない。
今一番、このIFを考えるのは、
「もし、あの第二次世界大戦がなかったら」
ということだ。
第二次世界大戦があるゆえに、後世、20世紀は戦争の世紀、と称されるであろうし、20世紀における最大の悲劇でもある。
どういうメカニズムが働けば、あの戦争は起こらなかったのか、ということも大きなテーマだが、あの戦争がなければ、世界はどうなっていたか、というテーマに、より惹かれる。
あの戦争で負けたからこそ、日本は民主的な国になることができた。
ドイツもイタリアも、あの戦争がなければファシズム政権はそのまま続いた、と言われるであろう。
確かにそのとおりだ。
しかし、結果的に民主主義を得ることになったとしても、ユダヤ人の虐殺は、原爆は、あまりにも大きな犠牲である(ユダヤ人の虐殺は、第二次世界大戦とはまた別の問題かもしれないが)。
無論戦争のために犠牲になったものの大きさが言い尽くせるはずもない。
いかような理由があっても、あの戦争は起きるべきではなかった。
戦争が起きなければ、日本の戦前の体制は、そのまま残ったであろう。
しかし、20世紀が半ばとなり、以降の歳月が重なっていくなかで、穏健な形で、フランス革命的ではなく 、イギリス的な形で、天皇の大権を、今ある象徴的な存在に変えていく。
陸海軍の統帥権を内閣に移行させる。
軍事国家から産業重視の国家に変えていくことができていれば、と思う。
そういう形での日本であれば、教育制度の根幹は変わることはなかったであろう。
あの旧制高校は制度として存続し、伝統をさらに重ねていったことだろう。
父がある日、ポツンと
「満洲があのまま残っていたらなあ。どういう国になっただろう」 と言ったことがある。
1932年に大同の年号を定め、建国された満州国。
1934年に帝政となり、年号は康徳に変わり 満州帝国となった。その国は1945年に滅んだ。
日本人が社会の優越的な地位を占めたままであれば、存続するべき大義はあるまい。
しかし、満洲国建国の時点で矛を収め、以後の戦争が無ければ、と思う。
国際連盟で、満洲に対する日本の進出は侵略と決議され、
「連盟よさらば」
と松岡洋右外相は席を蹴って退場し、日本は国際連盟を脱退したわけだが、真面目にすぎたのではないか。
譲歩する態度をちらつかせながら、既得権益を積み重ねていけば、その後の世界情勢を見つつ対応していけば、いかようにでもなったのではないか。
ABCD包囲網に対しても同様に対処する。
それが外交というものであったろう。
日本が、穏健な形で改革されていくなかで、満洲国を構成する日本人以外( 満、蒙、漢、韓)の民族の地位向上を求める声に応えて、満洲国も改革を進めていたら。
やがて日本人も他民族と同様であることが当然となっていたら。 満洲はどんな国になっていただろう。
王道楽土、五族協和の国がそこに顕現していたかもしれない。
そして、中国の歴史も変わったであろう。
20世紀後半における、中国の最大の悲劇、文化大革命はなく、さらに中国には、半世紀早く、今ある形での市場経済が生まれていたの ではないだろうか。
同時代のアメリカ人で、アメリカの、メキシコからニューメキシコを割譲させたときのことなどの歴史的事例をあげて、欧米が植民地を奪って行ったときのことと比べれば、満洲の建国は国際法の上でもはるかに正当な手続きを経ての建国である、ということを主張している人もいました。
そのことを昨年読んだ
「満洲国建国は正当である」ジョージ・ブロンソン・レー著
という本で知りました。