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特定不審死者Tがくれたもの  作者: 扉野ギロ
落札したもの
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第九話 「落札したもの その六」

 雅が使用した触媒。

 それが何にせよ、あるとすれば思い当たる場所は一つしかない。

 清子の自宅でもあり、五年間もほとんどずっと雅が居続けた自室だ。


 そうとわかれば居ても立ってもいられず、今すぐに行くことを提案する清子だったが。

 一つ問題があった。

 それは、今そこが警察によって管理されているということだ。


 せめて一日でも時間が経っていれば調査も済んでいるのかもしれないが、警察が清子の自宅を保管してから二十四時間も経っていない。

 というよりも、そういうことに掛かる時間と封鎖が解かれるタイミングなんて清子には検討もつかなかった。

 

 悩む清子に、善は「殺菌するだけなら十二時間も待てば十分でしょうね」と言った。

 しかし、こと雅においてはそうもいかないかもしれない。

 その未知という部分において、感染源がわからず、殺菌消毒したからといって二度と感染が起きない可能性もまた未知だ。


 警察はおそらく簡単に現場を解放したりしないし。それが検出されていないのだとすれば、最悪自宅が二度と使えないということも考えられる。

 それに、警察が感染源を探すために雅の部屋にある物全てを回収した可能性だって十分にあり得るのだ。


「どうしたら……」


 清子はまたしても頭を悩ませていたが、善から二度目のアドバイスはなかった。 

 むしろ、清子には善も悩んでいるように見えていた。

 だからきっと今は、たとえ天井からロープ一本で吊り下げられたとしても、監視を騙し抜け出せるような状況ではないのだろう。

 何が、というのは清子にも善にもわからないのだから当然だ。

 

 それでも、諦めるわけにはいかない。

 こうしている間にも刻一刻と雅の魂は遠くへ行ってしまっているかもしれない。


「霧峰さん。たとえばなんですけど、雅の方からその触媒の場所を知ることはできないんですか?」

「息子さんの方から? どういう意味です」


「えっと、その……たとえばGPSみたいに、です。触媒が本物で、雅も本物なわけですから、それで同じものが原因なのだとしたら、反応は一緒なんじゃないかって……」


 支離滅裂だ。自分でも何を言っているのかわからない。

 だがそれでも、清子の溢れ出す意見は止まらなかった。


「もしそれがわかれば、触媒の場所がわかります。そうなれば、今自宅に入るためにどうすればわからなくても、一箇所だからなんとか方法も思いつくんじゃないかと思うんです……?」


 けど。

 と、最後に一言置いて、清子は善の反応を窺った。

 自分でも何を言ってるかわからないにせよ、言いたいことは伝えたのだ。できれば届いて欲しいという期待を込めて。

 すると。


「なるほど、呪い返しですか」


 そう言って善は納得したように小刻みに頷いた。


「本物の力を持つ触媒なら、その力自体も相当に強力なはず。息子さんの魂を供物にしたというなら、そこに繋がりも残っているかもしれない……」


 いい案です、伊藤さん。

 善はあのニヤリとした笑みを浮かべ、「知り合いの呪術師に連絡してみます」と、すぐにポケットからスマートフォンを取り出し操作を始めた。


 その時だ。

 善のスマートフォンが鳴る。


「綿串か。タイミングの悪いやつだな」


 ぼやきながら善はスマートフォンを指先で叩き、耳に当てた。

 さっさと戻って来い。

 開口一番そう言ったかと思うと、あとは「ああ」とか「うん」とか「お前なら考えそうなことだ」とかいう反応だけで、相手が鈴希であること以外、清子には会話の内容の想像もつかなかった。

 が。


「竜……だと?」

 

 唖然と開かれた口から突如こぼれたファンタジーの代名詞は、会話の内容がわからない清子にもただ事ではない何かが起きていると予感させた。


 ここではない別の世界。ウィウット。騎士。

 そこにドラゴン。


「も、もしかして!」


 清子が思わず声を上げると。落ち着いて、と言わんばかりに善は手の平をかざした。

 しかしそれで落ち着けるような心境ではない。

 清子が「見つかったんですか!?」と善に掴みかかるも、善はまるで動じず、鈴希に「URLを送れ」と言った。


 通話が切られて数秒後。またスマートフォンが鳴ると、善はすぐに画面を指先で撫で始めた。

 あとどれくらい待てばいいのか。


「あの……」


 待ちきれず清子が声をかけると。


「面白いことになってきましたよ」


 善はそう言ってスマートフォンの画面を清子に向けた。

 映っているものは、SNSのページだ。だったら、美杏のものだろう。

 文章は。

 霞んでよく見えない清子が顔を近づけようとすると、善は結局画面を自分の方へ戻してしまった。


『卑陋な宝荒らしは、わけもわからず深みを探る。であれば私は食らい尽くす外ない。私は宝を守る竜。これはただの尾のひと振りだと知れ』


 そう書いてあります。

 言って善は自分のグラスにワインを注いだ。 

 

「そうなんですか……」


 とりあえず頷いてみたものの、どうして美杏がそんなことを書き込んでいるのか、清子にはまずその意味がわからなかった。


「あの。でも私は美杏に雅のことを書くように伝えました。それと、鈴希さんがURLがなんとかって……。だから、これはいったい?」


 清子が言うと、善は一瞬首を傾げ。そして「ああ、そういうことですか」と首を元に戻した。


「これは、娘さんのものじゃありません。あちら側からの反応だ」


 そう言って不敵な笑みを浮かべ、善はワインを一口飲んだ。


「あちら側からの、っていうのは……」

 

 清子の質問に、善は「わかりません」と首を横に振った。


「でもこれだけは言える。こいつは只者じゃないし、ただ事じゃない。警察のSNSアカウントを乗っ取って挑発するなんて。生半可な犯罪者だったらまずやらないことですよ」


 くくく。善の歪んだ笑みからもれる笑い声は楽しげだ。

 

「警察? わけがわかりません。それを私に見せてなんの意味が……」


 どうにもついていけない状況に清子は苛立ち始めていた。


「説明してください」


 強い口調で言うと、善は「ソンダーダッハの竜ですよ」とそれも楽しげに言った。


「竜のことはわかりました。でも、それとこれとが繋がらないんです。竜が警察を乗っ取って、だから何なんですか?」


 竜と雅、今となっては近く感じられる二つの言葉が遠く。清子の眉間にシワが寄る。

 そんな清子に、善は「まあ慌てないで」とワインを進めた。

 苛立ちもあって清子はワインを一口含んだ。


「まずは、宝を守る竜について説明させてください。事情を整理するのにいい例えになる……」


 宝を守る竜とは、オーストリアのソンダーダッハ山の麓にある伝承の竜だ。

 

 巨大であること以外姿形について確定されたものはなく、特別な名前もないが、かつてソンダーダッハ山の麓が野原ではなく湖だった頃、そこに住んでいたという。

 竜がそこに住む理由こそ、湖底に眠る神秘の宝であり、竜はそれを守っている。だから竜は、宝を守る竜、もしくはソンダーダッハの竜と呼ばれる。


 この竜は、数いる竜の中でも人に対し友好的な面を多く持つ竜で、有名なエピソードでは、湖畔で歌う少女の唄に聞き惚れてよく顔を出していた話や、戦に疲れた老兵の勇気を讃え宝を与えた話がある。


 特にこの二つに関しては、友好的な竜について書かれているが、それはこの竜の一面に過ぎない。

 宝を守る竜の恐ろしい一面は、湖というその一線を越えた時に垣間見えるのだ。

 

 ある日、異国の召使いが、湖底の宝を聞きつけた主人にいわれて竜の住む湖の深さを測るようにいわれてやってきた。

 深さを測る方法はいたって単純で、長い縄に重い石を括り湖に投じるというもの。

 召使いがそれを投じたその時だった。

 

『湖の深さを知ろうというのなら、貴様を喰らおう』


 突如声が湖から響き、驚く召使いたちの目の前で、竜は尾のひと振りをもって湖畔を砕き地を割り、そこに滝を作り上げた。

 それで戦慄し、召使いたちが逃げ帰ったあとも湖の深さを測ろうという者はいなくなった。 


 しかし。

 時が経ち開拓時代になると、竜の驚異を忘れ、ソンダーダッハ山麓に牧草地を広げるため、湖のそばに深い溝を掘り水を抜こうという計画が立ち上がる。

 当初計画は順調に進んでいたが、すぐに竜の怒りに触れた。


 すると今度は尾のひと振りでは済まず。

 ソンダーダッハ山に雷鳴が轟き、山は激しく揺さぶられた。

 結果として生じた大規模な土砂崩れは、彼らが開拓のために掘った溝を埋めただけでなく、そばの村も畑も何もかもを飲み込んだ。


 それでも、当時住人のほとんどが土砂に巻き込まれることなく、生き延びていたのは、彼らが土砂崩れが起きる前夜、不思議な声を聞いたからだという。


 しかしこれで全て終わったというわけではなかった。

 まるでそれが最後通告だったかのように、土地には何年にも渡って土砂崩れが起き、湖は姿を消し。

 そしてそこは今あるような風景に出来上がったのだ。


「……だからその声は竜の警告でもあり、別れの言葉でもあったのかもしれない。そんな神性な竜を敬い、住人たちはこの伝承を残しているそうです」


 ここまで、わからないことはありませんよね。

 善の確認するような物言いに清子が頷くと、「では続きを」と善も頷く。


「つまり、SNS上のソンダーダッハの竜が病院のサーバーにクラッキングを仕掛けたのも、警察のSNS公式アカウントを乗っ取ったのも、彼の言う通り尾のひと振りの警告でしかない。ということです」


 病院にクラッキング。

 今始めて聞いた情報だが、どうせ理解できない。

 清子はあえて質問はせず、「はい」と言った。


「改めて言いますが、ソンダーダッハの竜は神秘の宝を守っている。それを欲する者、脅かす者を排除するためにあれは警告するわけですが……。では質問します」


 ソンダーダッハの竜はなぜ警告をしているのか。


「宝を欲しがっている人がいるから……ですよね?」

「そう。脅かされているからかもしれませんし、言う通りわけがわからずにもということかもしれませんが、とにかくそういうことです。じゃあ、その宝が何か想像はつきますか?」

「……わかりません」


 清子が首を横に振ると、善はあからさまな嘆息をした。


「息子さん、ですよ。おそらくですが。でも、このタイミングであの病院のサーバーにクラッキングを仕掛けたのだとすれば、そうとしか思えない。それがどういうことかわかりますか?」


 善は訊くが、清子はそれどころではない。


「雅が……宝……?」


 確かに自分にとってはそうだが、そういう意味でないことくらい清子にもわかっている。

 あくまでも他人、しかも相手は素性の知れないどこかの誰かだ。

 

 それが雅を宝だと言っている。

 わけがわからずかぶりを振る清子に、善はまた嘆息した。

 

「手を出すな、という意味です。ソンダーダッハの竜は、息子さんの件について警察に関与するなと言っている」


 なぜ。 

 どうしてそんなことを関係のない第三者にいわれなければならないのか。 

 清子には疑問よりも怒りが浮かんでいた。


 雅は自分の子どもだ。

 それがわけのわからないことになって、解剖から守るために自分は努力しているというのに、警察以外にも敵が現れるなんて。

 

「どうして、こんなことに……」


 もはや絶望して清子は頭を抱えた。

 すると。


「悲観するにはまだ早いですよ、伊藤さん」


 善が清子の肩に手を置いた。

 熱い手だ。

 清子がふと顔を上げると、そこで善はあのニヤついた笑顔をしていた。

 

「ソンダーダッハの竜は、病院サーバーをクラッキングした。消されたは、息子さんの情報です。

 それにたぶん、息子さんの情報が消されているのは病院だけじゃなく、警察もでしょう。まだ情報は入っていませんが、どうせそうなる。だから、単純に敵と判断する必要もないかもしれないんです」


 だとしても。

 たとえば善の言う通り、病院や警察にある雅の情報が消されていたとしても。それはソンダーダッハの竜が雅を独り占めにする目的でやったことかもしれないのだ。


 それを悲観せずに期待しろなどと。

 清子は怒りを滲ませた目で善を睨みつけていた。


「私は、ただ子どもを守りたいだけです。他の誰が、何の関係があってこの子を……」


 そう言ってみると、清子には善がわからなくなった。

 鈴希の上司で、オカルトサイトの経営者であるこの美しい男は、いったい何のために自分を手伝おうとしてくれるのだろう。

 もしかすると、この人も雅が欲しいのかもしれない。

 面白い記事を書くために、それで金儲けをするために。

 

 一度信じると決めたはずの清子の心が、また挫けそうになっていた。


 妖しげな笑み、容姿、人を誘導するような語り口調、そして酒。

 気づいた途端、居ても立ってもいられずに清子は立ち上がった。 


「どうしました?」

「す、少し混乱してしまって。外の空気を吸ってこようかと……」


 そう言って向けた背中に、「お気持ちはお察しします」と善は声を掛けたが。

 すぐに「ちょっと待ってください」と部屋を出て行こうとする清子を制止した。


「どこへ行くんですか……?」


 善がわざわざそんなことを訊いてくるのは、今清子の手に雅を乗せた車椅子の取手が握られているからだ。


「ひとりにはできませんから。連れて行くんです」

「私が見てますよ。大丈夫」


 そんな言葉を簡単に信じられる余裕などもうない。

 清子は、「私の子どもですから」と言って部屋の扉を開けるも。

  

「待ってください。まだ話は終わっていない」


 善の手が清子の肩を掴み。


「離してくださいっ!」


 その思いの外強い力に驚き、清子は思い切り手を振り回していた。

 それが自分でも信じられないほど強い力だったので、あっ、と声を上げて清子が振り返ると。

 そこには冷たい目があった。


 色のない、冷めた目。

 ほとんど毎日、自分に向けられていた視線が、今は鏡越しでなく自分を見ている。


 自ずと清子の表情が消えていく。


「つまらない」


 その台詞をまさか今聞くことになるとは思わなかった。

 清子は微笑んだつもりだが、実際は口を真一文字に結んだだけだ。


「私もそう思います」


 それだけ言って、清子はまた善に背を向け部屋を出た。

 善から三度目の制止の声はかからなかった。

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