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最終話 「ファンファーレ」

 ざっとニ、三十人ばかりのまばらな人集り。

 そんな彼らの背後を、目もくれずに通り過ぎていく人々。


 地面を覆う灰色のブロックが陽光に白さを増し、そこはかなり良くいって塩湖のようだ。

 背景には背の高いビルの壁面の一部だけが見え、その奥にまた一つと、遠くなるほどに背を低くしていくつもあり。

 それらはとても良くいって入道雲さながらに盛り上がって見える。


 とはいえ、空模様は曇天。 背後の入道雲らしきものも、戦地に立ち上る土埃か煙という方がイメージに合う。


 そこに、清子は立っている。

 薄黄色のフォーマルな装いをして、片手にマイクを握る姿がサマになっていてそれがいかにも演説らしい。


『……ウソじゃありません。そう考えている人が、ここにいる皆さんの中にも少なからずいます。だから私は、その証明として話しています。


 彼らは、単なるカルト教団なんかじゃなかった。

 用意周到に、きちんと国の手続きを踏んで認められた社会的存在としてあったんです。

 当然、宗教法人ではありません。あくまで会社として通常の産廃業者を装っていました。

  

 そこで彼らは、廃品回収の名目で様々な物品……本、人形、アクセサリー、刀。皆さんが想像に容易い物をいくつも収集していました。

 そして、それらすべてがなんのために収集されていたのか。


 それらはいわゆる、曰く付きの物。

 呪われたものだったんです。

 

 彼らはその、呪い、を研究していました。

 神や仏といった宗教観でではありません。確実に存在する現象として、科学的に分析していたんです。

 様々な動物……それは人でもです。それを使って、彼らは実験していました。それも、私はこの目で見ました。

 

 息子は、彼らのその野望に巻き込まれた。

 息子にかかった不死の呪いが求められたんです。


 そしてあの事件は起きました。

 飛矢とびやリサイクル研究所での連続殺人事件です。

 

 当時私は現場にいました。呪いにかかった人を目の当たりにしました。

 あれは本当に映画のようでした。

 映画で描かれている人物がそうであるように、刀を持った彼もおかしなことを言っていて。

 そして友人は怪我をしました。


 同じ建物の中で実は五人もの命が奪われていると知ったのは、後のことです。

 それでも、報道よりも早く知っていたということは断言します。


 私が話していることは、報道で知ったことを言っているわけではないんです。

 すべて、私が体験したことなんです。


 その証拠が出回っていることは、ご存知の方もいるはずです。

 私のSNSは今も、インターネット上に残さている。

 事件が報道されるよりも前から、私はそこに私が体験したことを書き残しました。

 アカウントはもう削除されてしまいましたが、私の発言は画像として、コピーとして探せば見つかるはずです。

   

 私はそれを根拠として、飛矢リサイクル研究所で起きた事件と、PCCLの陰謀ととある公益財団法人の関係、そして青年T死の不審事件。

 報道の語る憶測を、信じるべきだ、と断言します。


 だって、雅は今も生きている。

 遠い異世界で、生きているんです。

 

 姿が見えなくても、異世界から届く日記がそれを教えてくれる。

 変わった名前の友人たち、モンスターという不思議な生物、魔法のようなものや妖精。  


 今はもう、こっちの世界の文字を忘れてしまってほとんど読めなくなってしまったけど、それでも日記は届いています。


 あの子がなにを考えていて、なにをしているのか。

 今の私は、こういう形でしか知ることができません。

 本当はずっと前から、あの子はメッセージを送ってくれていたのに、私は見落としていた。


 そうなんです……。目に頼っていれば見落としてしまう。

 だから重要なのは、目に頼るとか見るということじゃなく、視ている、ということを考えることなんです。


 私たちは、いつも見ています。いろいろなこと、たとえば子どもの成長や行動を。

 でも、どうしてもそれを解釈してしまう。

 悩んでいるとか、楽しんでいるとか悲しんでいるとかそういうふうに、どう見えているかを感じてしまうんです。


 だけど、それがズレを呼んでしまう。

 見られている本人にだってわかっていないことはあるはずなのに、それを私たち見ている側が勝手に判断してそう躾けようとしてしまう。


 知っているものが全てではないんです。

 そこにあること、あるものが全てなんです。


 悩んでいても楽しんでいても、なにがなのかは訊かなければわからない。それがわからないというのなら、結論が出るまで待たなければならない。

 

 そうやって一つ一つをきちんと認識しないと、いつしか世界は自分だけが主人公のものになってしまう。

 私は、そうでした。


 息子も、娘も夫も。

 彼らのすることを全部自分の解釈で信じていました。

 でも、違います。

 信じようが信じまいが、彼らの考えや行動はそれが全てなんです。


 私がどう考えるかなんて関係なかったんです。

 それが、ずっと気づかずにいた私の不知です。

 

 だから、どうか聞いてください。

 

 私たちは読むべきなんです。子どもたちを、人を。

 理想という絵本を描くのが得意な私たち人間は、自分と、自分ではない別の人たちのことを本にして、繰り返し繰り返し、わかるまで読むんで知るべきなんです。

 

 私たち、という一方的な解釈の束縛から離れ、触れられない別の世界で生きている人たちの姿を本当の意味で認識しなければいけない。

 

 もっとよく周囲を見てみてください。

 この世の中は、作家であふれています。


 人生なんてわかりづらいものではなく。道を歩いていて、スマートフォンをいじっていて、時々コンビニに立ち寄る話を書いているんです。


 それだけです。いくらでも話はあるけれど、それらは物語ではない。

 それを物語と感じるのは、主人公として描いている自分だけなんです。


 けれど、そうでないこともある。

 この世には、まるで物語のような現実が存在するんです。

 事実は小説よりも奇なり、と言いますがそれよりももっと辻褄の合わない不思議なことが実際に起きる。


 私たちが生きるこの世界には、複雑な事情が絡み合い、緻密に組まれたミステリーよりも理解が難しい事実があります。

 私が体験したことや雅の日記は、その氷山の一角でしかありません。


 もっとたくさん、事実が繋がらないばっかりに放置されている不思議な出来事はあります。

 信じるか信じないかではないんです。あり得ることなんです。


 これから雅は、その内の一つ、大きな事実を明らかにするでしょう。

 だから今、断言します。


 異世界転生は、あります。

 

 それは誰かの作り話として、インターネットの書き込みとしてすでに世に広まっているかもしれないんです。誰が信じようと信じまいと……』


 一礼し、清子は小さな壇上から下りていく。

 そんな清子へ向けられる拍手はまばらだ。


 と、そこで画面は男女のアナウンサー二人が並んで座るスタジオの風景に切り替わった。


「……毎度思うけどな、どうしてスマホなんだよ。もっといいカメラがあったろ」


 ぼやくように言って、善は椅子を回転させテレビに背を向けた。


「リアリティを追求した結果だよ。内容が内容だけに、初めからカメラ持って待ってたら仕込みっぽいでしょ」

「……一理あるか。だとしてもこの手ブレはやり過ぎだと思うけどな」


「いいんだよ。おもしろがって取ってる感を出すためにはこのくらい適当なほうがリアルでさ」

「気に入らないな……」

「気に入ろうが気にいるまいが、重要なのはこれが全国放送で取り上げられているってとこじゃない?」


 さすがはお父様。

 鈴希が言うと、善はフンと鼻を鳴らした。


「……でさ。どうなの?」

「何がだ」

「清子さんは、善くんには予知透視能力があるって思ってるんだよ? 銀の盃のこともあるし、わたしも興味はある」


 バカバカしい、と善がかぶりを振る。


「世の中いくらでも起きることは起きてる。それなのに、どうしてこの瞬間だけピンポイントで見れると思うんだよ」

「よく言うじゃん、ターニングポイントってやつ?」


「くだらない。これが俺のターニングポイントだったとして、俺の人生のなにが変わるっていうんだ。そもそも、俺が思うターニングポイントなんてのは、ずっと前に過ぎてるよ」

「……ま、そっか。でもさ、だったら今回のは二度目のかも」


「無意味だな。だとしても、それはイイガミの件が解決することにほかならない」

「未来、か……」


 その通り。

 善が頷く。


「信じてるの?」

「それこそ、信じようが信じまいが、だな。お前が別の世界の話を聞いたのは事実だ」


「まあね。だけどさ、それが本当にこの世界の先のことかはわからないでしょ。っていうか、未来の事実を知ってしまったせいで過去の行動が変わって変化するってことも考えられるわけだし?」

「並行宇宙のことか……。個人的には、その答えも彼女の言う言葉の中に合ったと思うけどな」

「どのへん?」


 鈴希が訊くと、善はニヤリと笑い肩をすくめた。


「なんにせよ、彼女の思い過ごしってことだ。俺は未来なんか視えていないし、ましてや誘導なんかもしてないね」


 善が言うと、鈴希は不満げに、ふーむ、と唸った。


「雅くんの髪は報酬として前払いしてもらっただけ、彼に呪いをかけたこと関しても本当に肉体を守るためだった、だから呪われているなんて思っていなかった……。まあね、普通に考えればそっちのほうが正常だと思うけど。それにしても、上手くいきすぎて気味が悪いよ。でも……」


 あれ。

 はたと何かに気づき、鈴希は顔を上げた。


「ってことは、そういうこと?」

「ん?」

「善くんは、雅くんの髪を切った時点であれが呪いじゃないって気づいてたってこと?」


 正解。

 善がニヤリと笑みを浮かべた。


「だからか……。雅くんの髪を切った時すでに、彼に自己治癒的な力がないことはわかっていた。その上でのあの奇妙な現象。過去にでもなく、今つけたわけでもない傷が出たり消えたりしているなら、それは未来に起きるかもって考えたんだ。だから善くんは、雅くんがPCCLで解剖されるって……。その根拠は?」


「……胸の傷だ。伊藤雅が俺のところに連れてこられた時に、シャツをはだけて見えた。あんな特徴的な傷のつけ方は、事故やイタズラで起きるもんじゃない。むしろその根拠に髪を切ったって言ってもいいな」


「じゃあ、山下青柳に清子さんの呪いが返ってきたってのは、ただの偶然?」


 善が首を横に振る。


「そうでもないな。そうなる可能性はあっただろうけどね」

「どういうこと?」

「あの傷が未来につけられる予定で、そんなことを表現しているんだとすれば、あの体は時間を超越したなにかだって考えられる。それとあの左手の甲の消えない傷だ。それがもし呪いの紋なら、と考えた……」

「まさか……」


 と鈴希は息を飲む。


「実験だったんだ……本当に……。試したんだね? 自分がこれから起こす行動が未来に予定されているかどうか……」


 すると、返事とばかりに善は笑みを浮かべた。

 秘密の花園にひっそりと咲く一輪の薔薇がそうであるように。誰に見られずとも美しくある、全く以て無垢な笑み。


 それを邪悪と捉えるか屈託のないと捉えるかは、見る者次第だ。


「プッ」


 鈴希は吹き出した。


「ま、これであの人はホンモノの魔女になれたんだからいいのか」

「宝を守る、だ」

 

 向かい合い、二人は声を上げて笑う。

 

 そこは二十畳ほどの室内。

 ヤギの頭部剥製、悪魔を装飾とした不気味な大壺、虫の標本、数字が三十ニまである長短針つきの奇妙な盤、空っぽの古い鳥かご、中世、近世数種類の様式の絵画、奇妙な地球儀、幽霊画、書簡、人形、小動物の

ホルマリン漬け。


 天井、壁とそんなものが所狭しと置かれ、埃とカビ臭さの隙間を縫ってコーヒーの香りが漂う。

 オカルト情報サイト"SilverKey"の事務所だ。


「コーヒー、飲む?」

「ああ、頼む」


 善が答えると鈴希は立ち上がり、窓際のコーヒーメーカーからポットを抜き出した。

 

「にしても、美杏ちゃん、いい子だったのになー……。やっぱさ、こういう仕事には勇敢さだけじゃなくて賢さも必要だと思うわけ。できればわたしがパートナーにしたかったな」


「まあ、部下が二人に増えるのはありがたいことだけど。イチから物を教えるのは面倒だ」

「ウソつけ、善くんそういうの好きじゃん。説明とか」


「そんなつもりないね……。で、留学だったか?」

「そう、名目はね。でも実際は、結婚の挨拶と現地調査みたいよ?」


「ショーへー?」

「ジョージ。全然違うよ」

「ああ、そう」


「愛の逃避行がね、利いたのよ。モワモワっとさ、燃え上がっちゃったのねぇ……」

「愛の、ね。ただビビって逃げてただけだろ、安全だって言われてるのに……。そう考えると、楽しんでたのかもな」


「自分の兄貴があんなことになってて、そんなの楽しめる?」

「もちろん」

「……まあ、美杏ちゃんもオンナだしね。兄貴より恋人か」


「かも、だ。実際はもっと別の理由があったんだろ」

「別のって……やっぱ、愛?」

「さあ? そんなのは知らないね。あいつらが二人でどこかへ行っていて、帰ってきた時には仲良くなっていた。事実はそれだけだ。変な憶測は印象を変えるぞ」


「わたしは、そういう他人事を妄想するのが楽しいタイプなんだけど」

「くだらない。足下掬われるぞ」

「それもまた人生……」


 儚げに言って、鈴希は窓の向こうに遠い目を向ける。


「ところで、コーヒーは?」

「……ああ、ごめんごめん」 


 宙に浮いたまま止まっていたポットが傾き、カップに向かってコーヒーが注がれ始めた、その時。

 テレビからベルを鳴らすような、コロコロン、とメロディが響く。


『特定不審死者保護法案(異転移保護法) 参院特別委で可決

 人の死の判定基準 転換へ大きな一歩』


 画面に浮かぶニュース速報。

 背景には、マイクを持って語る清子の姿がズームされて荒く映っている。


「……ここだったのか」


 善がテレビ画面を振り返って呟いた声は、鈴希にまでは届かなかった。


「なんか言った?」

「いや……」


 社会のレベルが上がった――。

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