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第二十四話 「奪還 そのニ」

「宝を守る竜が、どうしてわたしに……」

「宝を守る竜だ? なんで奴がお前のところに……」


 宝を守る竜が。

 清子も同じく呟いていた。


「そ、それで鈴希さん。なんて?」

「ケーブルを手に入れろって」


 それを単に電気のコードだと思った清子に対し、善は「なんのケーブルだ」と言った。

 すると鈴希は、ちょっと待って、と送られてきたメッセージを読み上げる。


「こんにちは、白い人。目的地へ着く前にポータブルを繋ぐ一本のケーブルを手に入れてほしい。アダプタータイプのものを。それは、これから必要になるものだ。決して忘れないで。私は宝を守る竜。あなたなら私を知っているだろう……」


 だから、必要なのはスマートフォンの充電用アダプターだ。  


「そんなものをいったい何のために……」


 善が呟くのと同時。物が投げられるような短い、ひゅん、と音がし、


「なんか来た」と鈴希が運転席に向かってスマートフォンの画面に釘付けになった。

 

「なんだろう、これ。善くん、URLだ」

「確かめてみてくれ」


 うん、と頷き、鈴希がスマートフォンを指先で叩いた瞬間。

 

「げっ」


 鈴希は声を漏らし、「落ちた……」とまた画面を叩いた。


「……これ、ハッキングされたよね」

「だろうな」

「新しいスマホ、買ってね。善くん」

「…………」


 それから一分ほどで鈴希のスマートフォンは再起動され、自分のスマートフォンに何をされたのか確認したが、そこに目で見てわかる変化は起きていなかった。


 だが、それでもスマートフォンに何かされたのは確かだろう。

 それを鈴希は、まあいっか、とこれ以上考えるつもりはないようだった。


「あとは、充電アダプターだけど。パーキングのコンビニにあるかな」

「どうだろうな。もしなかったら、一旦下りてコンビニを探すしかない」

「そうだね」


 最もな内容。二人がメッセージを送ってきた人物を件のハッカーだと信じていることも含めて、違和感のない光景だとは思えた。


 だとしたらこれからされるであろう会話がある。 

 清子はそう感じて黙って二人の会話に耳を澄ませていた。


「そういえば、変装用の何か買っとかなきゃ。帽子とか、そういうのもコンビニでいけるかな……」

「時期的にニット帽は難しいかもな。最悪、タオルとか包帯で代用するしかないぞ」

「マスクとサングラスならあるかも」

「なるほど、いい案だ。それこそパーキングエリアのほうが都合がいいと思う」

「あとあれだ、ナンバー隠すものも忘れないようにしなきゃ」

「アルミホイル、だな。そういうことも考えると、どっちも行く必要がありそうだ」

「じゃあ、調べとく」


 彼らはもう施設に侵入することを考えている。

 聞こえた二人の会話は、清子の想像の斜め上をいくものだった。


 その後も、監視カメラの有無や車をそれに映らないように止めなければいけないとか、雅を担ぐのに体に固定するための長い物が必要だとか。最悪パンツ一丁で逃げること、車もすぐに廃車にしてしまうことなど。


 強盗さながらの計画案が着々と整っていった。

 その中に自分の入るのかと思うと、ことが始まる前から清子の心拍数は上がっていた。だが。


 やはり足りない。

 まさか、ということも考えて、「あの」、と清子が口を挟もうとした時。

 

 今度は善のスマートフォンが鳴り。善自身がその、吉木利蔵、と表示された画面をタップした。

 第一声、やはり吉木は『わかったぞ』と言った。


『バンを特定した。下りたのは宮城県、築館インターチェンジ。善、そこへ向かえ』

「わかった。住所は?」


          ◯


 八月十一日、時刻は午前五時三十分。

 宮城県登米市迫町。

 中心街からクルマでさらに十分ほど離れた場所にある小規模な林、その一画に、例のコンクリート建造物はあった。

 土地柄、田畑が多くを占める地域だったが、近くにも民家は多く、土曜の朝早い時間帯にも関わらず人も車もちらほらと目につく。


 何の変哲もない、というのはこういう時にも使える言葉だろう。

 インターネットの航空写真で確認した時にはそれなりの怪しさを感じていたそれは、実際に目の当たりにすれば、裏組織の施設といった気配をまるで感じさせない。

 

 ごく自然に、さも当然のように、コンクリート造二階建ての建物はそこにある。


 三人は、その林の隅に車を止めていた。

 通りに向けて設置されている監視カメラに記録されることを警戒し、一度もその前を通っていない。

 

 それでも監視カメラの位置まで特定できるとは、ストリートビューさまさまだ、とそれは善の意見。

 神の目か、と鈴希はため息混じりに言った。


「同じジーでも、これから行くのは巣を作るほうってわけだ。殺虫剤を買っておけばよかった」

 

 と、顔が割れている以上隠す意味もないと無駄になったマスクや包帯の入った袋を、後部座席の清子に渡す。


「殺虫剤ね、確かに効くだろうが。奴らは少なくとも、みたいな、人間だ。殺すのは気が引ける」


 でも、と善がダッシュボードから黒いケースに入った物体を取り出した。

 

 中身は、縦二十センチほど、幅は十センチに満たない厚さもさほどではない握りがついた変形の立方体。その先はクワガタの顎のように二股に分かれており、さらにその先端には金属の突起が付いている。

 

 清子に見たことがなくとも見覚えのあるそれは、善が側面のボタンを押すのと同時に先端から青白い閃光を発し、想像とは違う、ブブブ、と空気の震える音がした。


 長い間スマートフォンを見つめていた清子も、それには反応せざるを得ない。

 およそニ時間ぶりの一声は、「やっぱり、持っていたんですね……」だった。


 清子が言うと、善は「まあ、念のため」と言ってそれをまたケースに戻し、途中コンビニで買ったヘアゴムで髪を一本に結った。


「で、だ。運転手をどうするか……」


 助手席から、伊藤さん、と声をかけられ、清子は即座に首を横に振った。


「イヤです。行きます」


 すると、善が嘆息する。


「足手まといにならないと約束できますか?」

「します。それに、何を言われても私は行くつもりです。もうこれ以上、離れてはいられない……」


 早くしないと。

 その清子の言葉に善は耳を傾け、「そうですね」と頷いた。


「じゃあ、お前が」


 そう言って善が隣の鈴希に視線を送ると、彼女は「残念でした」とほくそ笑んでいる。


「奴らに顔が割れていないのはわたしだけ。つまり、さり気なくあそこに近づけるのもわたしだけってこと。さらに言えば……」


 とそこで、わかった、と善が話を止めた。


「とりあえず、俺が残る。そのほうが援軍になるかもしれないしな」

「さすが、善くん。じゃ、行きましょ。清子さん」


 テキパキと話を片付け、鈴希が車から降りる間際、「持っていけ」と善が先ほどのスタンガンを渡す。

 

 はいよ、と軽い返事。

 鈴希はそれを入れる時にバッグの口を大きく開き、中に充電用のアダプターとケーブルが入っていることを確認して、車を降りた。


 次いで清子が車から降りようとすると。

 伊藤さん、と善が呼び止めた。


「重々理解しているとは思いますが……」


 続く言葉は、気をつけて、ではなく「死なないように」だった。


「……はい」


 ひとつ頷いて、清子も車を降りた。

 閉まるドアがレールを滑る音は、目の前を通過していく電車のそれと大差ない。 異様に凶暴で、清子がいつも押し返されそうになる音だ。


 しかし今は違う。

 自分が立っているのは、ホームではなくその向こう。押し返されたのではなく、自ら飛び込んでここにいる。

  

 下手をすれば死ぬかもしれない。

 善の警告があって、それでも僅かにだけしか現実味を帯びていない恐怖は、焦りと猛りの熱の前では無意味。


 だからむしろ、自分自身が死神となる覚悟はできていた。

 

 何かあれば、やる。

 息子を奪われ、挙げ句身勝手な理由で雅を傷つけるのであれば、とそういう意味でPCCLはすでに一線を越えている。

 その点、清子にはもう大義名分はあった。


 脇腰の辺りをうろつくポーチをぐっと押し付けた右手にもう一つの、念のため、の感触がある。


「清子さん」


 前方で鈴希が手招きしていた。

 清子が早足にそこへ近づくと、鈴希は自らの目を二本の指で示している。


「目、血走ってる」

「……そうですか」


 覚悟を胸に清子がそう言うと、鈴希は清子の隣に立ち、ぐっと肩を抱いて耳元に口を寄せた。


「宝物の輝きは一瞬の閃光。浮かび上がる影に目移りすれば、すぐに見失ってしまう」


 突然何を言っているのか。

 わけがわからず清子がすぐ振り返ると、すぐそこで鈴希がニッと口角を上げた。


「故に、目を離すべからず。盗賊の極意その一、です」

「盗賊の極意……?」


 なぜそんな話を今するのか。

 鈴希の真意が見えずに、清子は首を傾げる。


「とにかく、状況を確認できる位置にいろってことです。それが、立場を忘れずにいる方法でもある、ってね」

「はあ……」


 清子は曖昧に返事をしたが、どうやらそれで鈴希は満足したようだった。

 肩から腕を解き、今度は背中をぽんと叩くと、今度は「早速実践ですよ」と続ける。


「清子さんは、林に隠れてからわたしを見といてください。いろいろと運任せだけど、入れそうな場所を見つけたら合図しますから。それでもしヤバそうだったら、すぐに善くんのところに戻ること」


 いいですね。

 釘を刺されて清子は頷いた。


「それじゃ、いってきます」


 鈴希のそんな軽い挨拶で、雅奪還作戦は始まる。


 敷地の入り口まで三十メートルほどの道のりを鈴希が歩いていくのを見送り、まず清子は言われた通り林に入った。


 事前に見た航空写真を思い出すと、敷地の広さは小規模な一軒家が十棟は建つくらいだった。

 そこを囲う塀はなく、木杭と有刺鉄線だけの簡素な防壁が敷地を区別するものとなっていて。それに警備の詰め所のようなものもなく。

 

 いわゆるセキュリティと呼べるものは、ストリートビューで確認できた三台のカメラだけ。

 それも一台は正面玄関上、二台は通りに向いた壁の両端と、防犯に用いて当たり前程度のものだ。


 施設を守る意識が低い。清子はそう感じたが、善はそうでなければ困ると言った。


          ◯


「……奴らはまだ成長中、むしろ当たり前だ。いろいろと画策して、ここから先どれだけ大きな組織になるつもりか知らないが、今が裏ならなんとでもなる」


「つまり、今しかないってことですね……」

「まあ、そういうことですかね。補助金を渡してる財団法人のこともどうやらわかりそうですし。今奴らのその、裏、の証拠を見つけることができれば、息の根を止められる」


「それは……、雅ではダメなんでしょうか」

「ダメというか、無理です。証拠はあくまで世間にもわかりやすいものでければいけない。その点息子さんは、国が隠滅しようとした公表できない秘密だ。国の影を表に出したんじゃ、証拠もなにもなく国中不信感でおかしくなる」

 

「秘密……」

「そうです。息子さんのことは、まだ秘密にしてなきゃいけない。あっちとこっち、それを確定する証拠がどこにもありませんからね」


「……そういえば、前にもそんなことを言っていましたね」

「ええ。私たちがいかにこっち側の人間だとしても、根拠や証拠ってのは大切ですからね。それらしく聞こえる立派な空想じゃ、単なる作り話と変わらない。ホンモノは、周囲が認めて初めて本物だ。だから俺たちみたいな人間は、鑑定士と同種である必要がある」


「価値を決める、ということですか?」

「価値があると訴える、ということです。嘘のようなことを、あり得ることだとね」


「だから根拠……。説得力のためにですね」

「あまり好きな言葉じゃないですが、そうです。皆がみんな、知識と自覚の意味を知ってるわけじゃありませんから。仕方ない」


「知識と自覚の意味……ですか?」

「まあ。たとえば、風邪の治し方みたいなものです。今じゃ当たり前に製薬会社が作った薬を飲みますが、昔は薬なんかよりネギを首に巻くとかたまご酒とか、そういう民間療法ってものが主流だった。根拠がなくても、信じていたんです。だから昔は、医者の言うことなんて話半分にしか聞かれていなかった。


 それがいつの間にか、医者の薬で治る話のほうが正しいことになって、民間療法はなんの根拠もないことと評価されている。より多くの知識と結果という根拠、説得力をもった人間が信じられるようになったんです。でも、その反対に、医学的に治療不可といわれた病が強烈な錯覚で治癒したという結果もある。大きな矛盾ですよ」


「言われてみればたしかにそうです。でも、民間療法に根拠がないのも確かだし。抗生物質とか、現代になって風邪の治り方がきちんと解明されたことが正しいのも本当じゃないですか。風邪は正式に病名じゃないってテレビで言ってましたけど、ピーエルとかムコダインとか、ちゃんと効き目があります」


「それが、キモってやつですね」

「……本当は効いていない、とか?」


「いや、そうじゃない。じゃあ訊きますが、その二種類の薬がどうして効くかわかりますか?」

「それは、実験の結果です。医大とか大学病院とかそういうところで実験して、その成果じゃ……ないんですか?」


「それはそうでしょうが。俺が訊いているのは、その薬の成分がどうしてそんなふうに作用するのか、ってことです」

「そ、そういうことは専門の人じゃなきゃ。私は一応大学は出てますけど、医学部ではなかったので……」


「なら、質問を変えます。その薬がただの小麦粉になっていたとして、気づけますか?」

「それは……」


「おそらく気づけない。あなたは薬の効き目が悪いと思うか、もしくは治ってしまうでしょうね。つまり、風邪が治る、という結果だけの知識と。効き目を感じた、という自覚が合わさって薬を信じているという状態の出来上がりだ」

「……じゃあ、本当は薬じゃない?」


「それを、わからない、というのが正しい知識です。食品表示にしたってそうだ。書いてあるものが入っているとは限らないが、入っていないことがバレるとマズいという理由で入れているに過ぎない。

 そのための不定期検査だし、妙に詳細な材料なんでしょう。とはいえ、アセスルファムがどうのアミノ酸がどうのと書かれていても、実際その横文字が何を意味するのかは調べなければわからない。


 要は信じる人間か気にしない人間だけが、市販の加工品を口にできるってことです。

 信じられない、気にしすぎる人間は、単純にファストフードや加工品を食べないという選択をする。でもそれだって、特定のものは買わなきゃやってられない」


「結局、信じるか信じないか……。それしかない、ということですね」

「そうです。誰もが自分の解釈でもって信じた通りに生きていて、それで死ぬ。だけど、自覚できていない。だから知識の本質ってものもわからないまま、他人の意見に踊るだけ。大衆はいつまでも大衆でしかないって構図が変わらない」


「……それはつまり、他人の意見に流されていると自覚するべき、という?」

「一人では無知でいるしかない、ということです」


「一人では……ですか……」

「時間が足りませんからね」


          ◯


 だからPCCLは、永遠の命を求めているのかもしれない。

 善もそう考えていたのだと知ったのはこの時だ。


 それこそ何を根拠に言っているのかはわからないことだったが、なんとなく、清子にはこの先に進めばわかるような気がしていた。

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