第二十三話 「奪還」
午後十一時二十分。
吉木からの追加連絡は、三人の乗る車が高速道路に入る料金所のゲートをくぐる時に来た。
運転中の善に代わり、電話を受けたのは鈴希。
ハンズフリーモードでのスピーカー越しに聞こえる吉木の声は、地声にあった喉の響きは感じられず、別人のようだ。
第一声、吉木は『わかったぞ』と言った。
『雅君はやはり別の黒いバンに乗せ換えられていた。それがパーキングエリアの監視カメラで確認できたようだ。それだけでなく、例の黒服一人と、あと二人私服姿の男も映っていたらしい。その後車は二台でパーキングエリアを出て北上した。
これから部下が、栃木県警でミニバンと縦走する黒のバンの運転手の顔を確認する。そのナンバーを照合して、それでおそらく奴らの行き先が特定できるだろう。すまないが、もう少し掛かる』
吉木の声が途切れると、善は「わかった」と頷いた。
「それで、警察は動かせそうなのか?」
『まだだ。彼らを動かすにはまだ情報が少なすぎる』
「だろうな……」
善が嘆息すると。
『しかし、そのPCCLという会社について少し妙なことがわかった』
意味深な台詞と、吉木からもため息のような音が聞こえた。
『警察がお前のところへ向かった直後にあれはビルに到着した。あまりにも情報が早すぎるので、警察となにか繋がりがあるのかもしれないと、別の線で部下に調べさせていたんだが……』
特におかしなところは見つからなかった。
どこか落胆したように吉木はそう言った。
だが、そんなはずはない。
雅が連れ去られ、清子は殴られ、それで会社は健全だなんてことはあり得ない。
吉木の言う、少し妙なこと、はその矛盾だ。
立て続けに起こるわけのわからないことのおかげで、わからないということへの考え方も、いい加減清子に身についていた。
するとその考えが正しかったことを証明するかのように、善は「なるほど」と返事をする。
「それで、何が気になるんだ?」
質問に答える前、吉木は『ああ』と一言挟んだ。
『PCCLは、もともと八個の会社だったものが併合したもののようだ。平成五十七年に四社、平成六十年に残る四社が創業。当時はリサイクル業をしていたようだが。十年前の平成二十年に、業態が廃棄物に関するいわゆるスリーアールに則った産廃業へと変化している。
それらの零細企業が集まり今のPCCLとなったのは、今から八年前。そしてその八個の会社の所在が、今の営業所となっている八箇所だった。
つまり、二年だ。業態を変えてから二年という短期間で各会社はPCCLとして合併したということになる。より多くの利益を求めてまとまったと考えて不自然はないがな。
しかし考えてもみろ。八個の会社は全国に散らばってあった、それがわざわざ遠く離れた会社と合併するのは妙だと思わないか?』
「ああ、おかしいな。いろいろと……」
『どう思う、善』
吉木から訊かれ、善が答えたのは「そこにモリイはいないのか?」だった。
吉木はそれに『ない』と即答した。
『それは私も考えたがな。各営業所にも、PCCLにもあれの名前はない』
「……ということは、別の奴なのか。むしろそっちのほうが信じられない気分だな」
善が言うと、「だって」と鈴希が割って入った。
「父親も母親も、息子も娘も皆死んだ。わたしと善くんは、あの時一緒に見た。そうでしょ?」
「まあな」
「そう、だよね……」
消え入るように呟いて、鈴希はまた静かになった。
その理由はモリイであり、モリイが生きていること。鈴希はまるでそれに恐怖しているような態度だ。
死してなお生き続けている雅、それを目の当たりにして大した驚きもみせなかった鈴希が、そのモリイが生きている可能性に恐怖するというのは矛盾しているように思える。
察せる感情は、死んでいてほしい。
それこそ呪いのような願いが、きっとモリイには合っているのだろう。
清子はこの時初めて、イイガミシュウサク失踪事件というものの闇を感じていた。
「そもそも、業態を変更したことに関してはおかしいとは思えない。それをおかしいと感じさせるのは、二年後の合併だ。あんたの言う通り、その合併の理由こそが重要だろうな……」
業態の変更、合併。二つの言葉を一つずつ呟き、善はまた口を開き直す。
「つまり、奴らは合併するために業態を変更したのかもしれない」
『……どういうことだ?』
「そんなの知ったことか、と言いたいところだけどな。一応考えられることはある」
『言え』
吉木の命令じみた物言いに、善は「金だ」と答えた。
『カネ?』
「ああ。わざわざ大きな会社となることで得られるメリットは、あんたのほうがよくわかってるんじゃないのか?」
『わざわざ大きな……。節税、という意味か?』
「それもあるだろうがね。俺はおそらく、助成金とか補助金を目当てにしたんだと思う」
『なるほど、わからなくもないが。だとしてなぜ業態を変更する必要がある。ただまとまればいいだけの話だろう』
それに対する善の考えは二つ。
「一つは、ゴミを集めることに公としての説得力を持たせる必要があった。もう一つは、誰かの入れ知恵だ。そもそも第一の理由しか持たなかった八社が、その誰かの入れ知恵で合併のメリットを知ったとすれば、それなりに辻褄が合う」
そう言ってさらに、善は「むしろ、その財団なりのほうをよく調べるべきだ」と続けた。
助成金なりを受け取っていることを前提とした言い方だ。
証拠も何もわかっていない状態でそこまで言い切るのは、彼が自分に言ったことと異なる。これも矛盾。
だって根拠がないのだ。
それが気になって、ついに清子は「どうしてそう思うんですか?」と訊いた。
「裏の組織には、そのまた裏の存在ってもんがある。それがセオリーだからですよ」
その一言だけで、清子は妙に納得してしまった。
セオリーだ、確かに。
清子は、そういう構図を映画の中でいくつも目にしてきた。
例えば大会社の幹部だったり、警察や政府の上層だったり、そういう公の人たちが実は裏の組織のボスだったなんていうふうに。
今回はそれが、財団というそれもまた組織なのだと聞かされて、異論はない。
しかし。
そんな映画の中で、裏の組織は大概金を求めて活動していた。
なら、今目の前にあるPCCLという会社もそうなのだろうか。
善の発想がセオリー通りだったとして、清子はそこに違和感を否めなかった。
雅を連れ去ったのは、雅という不思議な体から永遠の命ということのヒントを得るためだと考えている。
そうして得た永遠の命の答えを売り、金儲けをしたい。
一見合理的なようにも思える発想だが、清子はそれもまた矛盾しているところが気になったのだ。
だってPCCLは、永遠に生きようとしている。
社会的に優位な立場があって、それを維持するためだったりが理由で永遠の命が欲しいのならわかる。
しかし、今しがたの吉木の話だと、PCCLはもともと裕福というわけでもない。むしろ、裕福になるためにそうなったのかもしれないのだ。
だったらPCCLは先の視えない未来に希望を抱き、裕福になれそうだから永遠の命が欲しいのか、とそこが矛盾する。
まずもって、苦労の後の成功を夢見る裏の組織なんて真面目すぎて気味が悪いし。
そもそも雅を知らなかったはずのPCCLが、何かをきっかけに雅のことを知り、そこに永遠の命のヒントを求めたのなら、合併するのは雅を得た後だ。
だが現実には、合併のほうが雅を得るよりも先になっている。
この矛盾をどうにかして解消したいが、今ある程度の知識で清子にはどうしようもなかった。
だから、訊いたのだ。
「PCCLは、いったいいつから永遠の命を欲しいと思うようになったんでしょう……?」
それじゃあ、とスピーカーから聞こえ今にも吉木との通話を終えようという時の質問だった。
「いつから……?」
妙に訝しげに言って、善は一時無言になった。
そうして再度言い直された言葉は、「なるほどね」、だ。
「もともと八箇所にあった会社が、遠く離れたにも関わらず一緒になる理由は、つまりそういうことなのかもしれない」
ひとり納得したように言う善に、『何がだ、早く教えろ』と吉木がせっつく。
「永遠の命だ。考えてみれば、ただの産廃業者がそんなものを簡単に信じるはずがないんだ。なら、PCCLは八個の会社だった頃からずっとそれを求めていた可能性は高い。だから理由もそれ。当然、金のこともあるだろうが、大きな理由は永遠の命を求めるやり方ってものに共通していたのかもしれない」
『モリイだけでなく……、ということか』
「発想としては、ありきたりだ。別に珍しいことでもない。ただ、それを本気で信じていて、ここまではっきりと実行していることがおかしいといえばおかしい。
ただ単に信じているだけだというなら、宗教という形で人を集めようとしたり、虚栄心が垣間見えたりするはず。それなのに、奴らはあくまで秘密裏に誰にも感づかれないように、慎重にことを運んでいるように思える……」
別の奴なんてあり得ない、モリイが隠れている。
絶対にだ、と善はそう言い切った。
時折窺える確信じみた言い方ではなく、それは常識を語るようで。
だから清子は、モリイを知らずとも悪寒を感じずにはいられなかった。
すると、吉木の『わかった』と声が聞こえて通話は切られた。
残された電子音が、断たれた糸電話の端が揺れるかのように鳴る中。
「まるでゴキブリ……」
皮肉たっぷりに言い、鈴希が呆れるように短く笑った。
「次から次へと。形だけ変わって、あいつらはずっとこうやって生き続けるってわけ?」
「……目的が朽ちていなければ、な」
同調しているのかそうでないのか、善の返事は曖昧だ。
だが、清子がその一言に感じるのは曖昧さではなかった。
目的が雅にあるとわかっているのに、それが朽ちるかどうかというのはどうしてなのか。
裏の彼らにある矛盾とは少し違う、でも矛盾のようなもの。
はっきりと理解できる、永遠、というものの意味が、どうしてか清子には脆い現実のように感じられた。
◯
一つ目のジャンクションを東北方面へ進み、風景はもう人里のそれになっているはずだ。
電信柱とくすんだ色の民家が並び、その間には碁盤目の田畑が広がっていて、ところどころには場違いなチェーン店の看板があっちを向いている、と。
しかし時刻は午前一時を過ぎている。
人の少なさに比例して数が減る街頭はこの地域にはほぼなく。
ごくたまに一般道を走っている車を見かけることはできるが、車種に区別はつかずただ光が動いていると認識できるだけ。
それだけ車通りが少なければ、看板にもスポットライトなど付けられてはいないようで、明かりの消えた民家も含め田畑も、全ては闇で塗り潰されていた。
そこで確かなのは、車のヘッドライトが照らす数十メートルの景色と、人の目では捉えきれない微かな光でも煌めく高速道路の反射板だけだ。
吉木との通話が切れてから、三人は無口だった。
そんな三人は、暗い窓の向こうにはカーナビの明かりの分だけ青白くぼんやり浮かんでいて。その輪郭がはっきりとしないもう一つの車内は、さながらゴーストカーのようだ。
清子は、右側の対向車の明かりと後続車が照らす反射板を眺めていて。そこに前方をじっと見据える善の横顔と、向こうに鈴希の後頭部が微かに見えていた。
それぞれが別々の方を向いていて、その中で意味のあることをしているのは運転手の善だけのようにもみえる。
この状況が手持ち無沙汰な暇なら、いい加減誰かが口を利いてもいい頃だったかもしれない。
だが、違う。
この無言の時には、待つ、という確かな意味があった。
着信メロディーが鳴り。
暗闇の窓に浮かぶもう一つの車内に新たな明かりを得て顔を浮き上がらせたのは、鈴希だ。
同時に、残る二人の視線がそこへと向く。
「誰だ……」
真っ先に口を開いたのは、スマートフォンを持つ鈴希ではなく、善だった。
どうして鈴希に。
そう感じた清子も同じく誰なのかが気になっていた。
清子が知る中で鈴希に連絡してきそうな人物は、吉木か陽介か、の二人。しかし。
だったらなぜ鈴希はスマートフォンを耳に当てないのだろう。
メールで済む内容がないはずもないのに、清子は無意識にそんなことを考えていて。
その疑問が的を得ていたかのように、鈴希は「わからない」と首を横に振る。
そして画面を何度か突いた後、改めて口を開いた鈴希は、
「あの人からだ……」
と困惑の表情を浮かべた。




