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特定不審死者Tがくれたもの  作者: 扉野ギロ
落札したもの
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第十二話 「落札したもの その九」

 差し出された名刺は弾き返されて宙を舞い、男は驚いたような顔で清子を見つめている。

 とぼけた顔だ。それが気に食わない清子は第一声から大声を張り上げた。


「雅を返しなさい! そこまでして、何が警察よ!」  


 ふざけるな、クソ野郎、バカ。

 清子に浮かぶ罵倒の言葉はいくつかあったが、その前に喉が傷んでしまった。

 咳き込んで声は出なかったが、それでも男を睨みつける眼光の鋭さは増していた。


「ちょ、ちょっと清子さんっ」


 慌てた鈴希が清子をなだめるが、当の本人にはまるで意味なく。

 清子の目は近くに武器を探していた。

 その中で唯一武器に使えると思ったものは、ベッド脇のテレビ台に置かれたカップだけだ。


 清子は咄嗟にそれを掴み、男に向かって全力で放り投げたが。

 カップは男には届かないで、ベッドの端で音もなく跳ねた。

 こぼれたコーヒーが白いシーツに染みて湯気が上っている。


「あ、あの……」


 戸惑う男が見ているのは、清子ではなく鈴希だ。

 それが目を逸らしていると感じられた清子は、ベッドから立ち上がって男を殴りに行こうとするも、それは鈴希に止められてしまった。


「清子さんっ、落ち着いて。こいつは警察だけど、下僕だから。それに、雅くんを連れ去ったのは警察じゃないんですってっ」

「は?」


 雅を連れ去ったのは警察じゃない。

 それじゃあ、あれは誰だったというのか。


「二階には警察官がいて、三階には黒いスーツの男の人が二人。それで警察じゃないなんてウソに決まってる!」

「ウソじゃないですって、本当。ホントウ、なんです。でも、やっとわかりました。黒いスーツの男が、清子さんを殴ったんですね?」


 鈴希がそう言って清子の肩を掴み、多少気分の落ち着いた清子は、今思い出したばかりの光景を話す。


「そうです。鈴希さんだと思って三階に戻ったら、そこに大柄な黒いスーツの男の人が二人いて、その一人がいきなり……っ」


 鼻息荒く清子が言うと、鈴希が「だってさ」と男に目配せをしてそう言った。

 すると。


「一応もう一度挨拶させてください。僕は黄地(おうじ)陽介(ようすけ)といいます。中野署の生活安全課に務めていますが、鈴希の言う通りの下僕です」


 だから安心してください。

 実際、その一言では今の清子を落ち着かせるのは難しかったはずだ。

 しかし、続く男の「調書は適当にごまかしときますから」という台詞で清子の男を見る目が変わった。


 それとなく清子が鈴希の方を見ると、「だそうです」と肩をすくめた。

 それで怒りは落ち着いたものの、一度硬くなった表情はそう簡単には緩まず。

 清子は眉間にシワを寄せたまま、改めて渡された男の名刺を受け取った。


「それで、ちょっとお話聞きたいな……って思ってたんですけど。唯一わからなかった、あなたがどうして階段から落ちたのか、ってその謎が解けましたし。あとはこいつと善に話を聞いているんで大丈夫です」


 そう言うも、陽介はメモすら取っていない。

 

「ってことで。とりあえず、伊藤さんは善の声に驚いて階段から足を滑らせて階段から落ちた、ということにします。それと、雅くんのことですが……」


 雅。そう聞いてあのゴムタイヤの音を思い出し、清子はすぐさま「雅はどこに?」と訊いた。


「それが、まだわかっていません。上にも正確なことを伝えるわけにはいかないので、正直動きようもないということですが」

「そんなっ。じゃあ、あれは誰だったんです?」


 清子の質問に、陽介は黙って首を横に振った。


「男が二人いた、というのは今聞いたことです。それまで僕たちは、雅くんまで神隠しにあったんじゃないかって思っていましたよ」


 そうじゃないってことは、救いようがあるってだけマシなんですけどねえ。

 いたって真面目に言い、腕を組んで首を傾げる陽介。

 すると鈴希が「メン・イン・ブラックか……」と呟いた。


「清子さん、そいつらって日本人でしたか?」

「よくは覚えていないですけど、たぶんそうだったと思います」

「じゃあ、日本のメン・イン・ブラックだ」


 鈴希は嘆息した。


「どっかの新興宗教とかだったら探しようもあると思うけど。相手が黒尽くめじゃ、一筋縄ではいかないかも。なにより、どうして雅くんのことを知っていたのかがわからないし……」


 鈴希の意見に陽介が頷いた。


「そうだな。警察も雅くんについての事情はよくわかっていないのに、どうして奴らは雅くんをさらったりしたんだ?」

「たとえば、秘密を知ってるとか?」

「何のだよ。異世界転移についてってことか?」

「そう。っていうより、雅くんが黒くなった原因をさ。わたしたちが知らないだけで、メン・イン・ブラックは知ってるのかも」


「どうやって?」

「そんなの知るわけない。だからとっとと善くんを解放して。そうすれば手っ取り早いんだから」


 それはもうすぐだから待て。

 陽介がそう言うのと同時、清子は善と話し合っている途中だったことを思い出した。

 何の話だったか、これからどうするつもりだったのか。

 全ての答えとして、清子は「触媒」とだけ口にした。


「触媒? 化学のほうじゃなくて、魔術の?」

「はい。霧峰さんは、その可能性があると言っていました。雅は本物の触媒をどこかで手に入れて、それを使って身の程知らずの召喚を行ってしまった。そのために魂だけを別の世界へ引き抜かれてしまったのかもしれないって」


 清子の話を聞き、「善くんなら言いそうなことだ」と鈴希は頷いた。


「だから、探そうと思っていたんです。雅はずっと部屋にこもっていたから、触媒もそこにあるはずだから。でも、今家は警察が管理しているはずですし。雅はウィルスか毒のせいで死んだと思われているから、雅の部屋のものは押収されてしまったかもしれない。だから、探す手間を省くためにも、呪い返しを試そうと……」


 清子が言うと、陽介は溢れ出すものを堪えきれないといった様子で大袈裟にため息をつき、「あいつはとことんイかれてるな」と苦笑した。

 

 しかし鈴希は違う。

 神妙な面持ちで顎に指を当て、「ヤマシタセイリュウか」とまた呟いた。


「ヤマシタセイリュウ? 誰だ?」


 陽介が訊くと、鈴希は「呪術師だよ」と答えた。


「昔依頼したものが本物だったから、善くんは信頼してるみたい。わたしは胡散臭いと思ったけどね」

「同感だな……」


 陽介はまた苦笑し、「それで、伊藤さん」と清子の方を見た。


「呪術師を使って呪い返しをして、どうするつもりだったんですか?」

「詳しくはわかりませんけど。霧峰さんは、そうすれば触媒の場所を特定できるかもと考えていたみたいです。GPSみたいに。でも、雅がいなきゃ意味がないのに……」


 雅がいない。

 改めて口にすると、どうしてか清子には絶望感よりも悔しさのほうが強く感じられた。

 だから涙は出ない。

 ただ、こみ上げる力の使いどころがわからずにシーツを強く握った。


 するとその脇で、鈴希が「あっ」と声を上げた。


「ってことは。まずその触媒を見つければ、雅くんの場所がわかるかもってことじゃん」


 陽介、と鈴希がそっちに目配せをするが。

 当の陽介は否定的に首を横に振っていた。


「それがそうもいかない。こと雅くんの場合、いろいろと問題が多いんだよ。特に上は未知のウィルスの線を強くみているから、世間への発覚に敏感になってるんだろうな。

 ウチにあった雅くん関連の書類は全部、公安が持って行ったし。通報で行った奴らも検視官もなぜか連絡が取れない。

 挙げ句、雅くんは精神的な発作で傷つけ失血死。遺体が黒く変色しているというのは大量の出血で固まった血の色を間違えたってことで所轄の書類も書き換えられている状況だ……」


 その上で、と陽介は慎重に清子に視線を合わせた。


「伊藤さんは、子どもの自殺で精神を病み、錯乱状態。子どもの遺体を持って逃走した。ということになっています。そこに、雅くんが病院に運ばれたという事実はなかったことにされている。

 つまり雅くんを、か……調べたいという事情は隠されているということです。理由はさっきも言った通り、世間へおかしな噂が流れないようにするためでしょう」


 だから今、伊藤家は公安によって管理されていて。雅死亡の要因を探すため、そして噂の拡散を防ぐために伊東家が研究所として使われている。

 そのせいでそこに何かあるとわかっていても、手が出せないのだ。


 陽介は困ったように頭を掻き、「面目ない」と清子に頭を下げた。


「いえ……」


 陽介の謙虚な態度に一応謙遜する清子だが、頭の中ではまた別のことを考えていた。

 思いついたのは、気を失っている時。

 つまらない自分の人生を遡った結果わかったことがある。

 

 あの、と清子が意見を言おうとしたのと同時、鈴希が「じゃあ潜入プランを考えなきゃね」と言った。


「そういうのに必要な白衣なら調達できるし。清子さんの家はただのマンションだからセキュリティは人だけでしょ?」

「まあ、そうだろうな。でも、厳重なことに変わりないぞ。働く人間の数は把握しいるだろうし、潜入なんてできない」

「なんでよ。やってみなきゃわからないでしょ」


「バカ言うな。相手は公安だぞ? 隠し事のプロ中のプロだ。素人の俺たちがどうこうできるはずがない」

「じゃあ、一人ぶっ倒して代わりにとか」

「バカ言うなって。たとえそれが上手くいったとしても、お前の図体じゃデカすぎてすぐにバレる」

「じゃあ……」


 と、清子は陽介を指差したが、「バレる」と首の動きで否定した。

 じゃあ。

 次に鈴希の視線は清子に向けられるが、「それも無理だ」と陽介が言う。


「伊藤さんは、今からウチの監視に置かれる。雅くんと一緒に逃走した行動力を警察は甘くみていないからな。それこそ噂の出処になる可能性が一番高い人物として、十二分の注意が払われる。美杏ちゃんも同じだ。SNSも凍結されたのを忘れたのか?」


 陽介はさも当然といったふうに、鈴希に釘を差すように言ったが。


「み、美杏が? 警察に……?」


 清子は愕然として、そう訊き返した。

 すると鈴希が、そうだった、と声をもらし気まずそうに頭を掻いた。


「実は、ですけど……」

「なんで? 美杏はなにもしていないのにっ!」


 興奮する清子に、陽介が「落ち着いて」と手をかざす。


「問題なのは、雅くんが未知のウィルスで死亡してしまったかもしれない、というところなんです。何度も言いますが、そのことが世間に知れればパニックが起きる。警察というよりも、国がそれを一番恐れているんです。そのために、あなたも娘さんも、雅くんの死の詳細を知っている人間は適当な理由をつけられて我々所轄が監視に置くことになっているんですが……」


 最後悩ましげに言い、陽介は天を仰いだ。

 

「だけど、なんです?」


 清子が食い下がると。


「美杏ちゃんが見つからないんです」


 陽介の代わりに鈴希はそう言い、すぐに「落ち着いてくださいね」と清子の肩に手を置いた。


「美杏が、見つからない? ど……どういう……」


 いったい何が起きたというのか。

 自分が気を失っている間に一気に事が進んでいる。

 雅は謎の誰かに誘拐され、自分は錯乱状態、自宅は研究所にされ、美杏が行方不明に。


 パニックになりそうなのは、清子自身だった。

 処理しきれない情報が脳裏を駆け巡り、ぱくぱくと口だけが活動し続けていた。

 すると。


「旦那さんに訊いても、知らないって言うし。電話しても出ないんです。だから清子さん、どこか美杏ちゃんの行きそうなところ、思い当たります?」


 鈴希が言った。


「昨日の夜、鈴希さんの家の前で電話した時には、友達の家にいるって言っていました。たぶん、お友達のリカちゃんの家です。なんだかんだ言って、あの子は危ないことをするような子じゃありませんから……」

「じゃあ、その子の家に連絡できます?」

「はい」


 清子が頷くと、「そうだった、これ」と言って陽介が清子のスマートフォンをポケットから取り出して差し出した。


 時刻は午前十時三分。日付は八月十日で変わっていない。

 しかしそんなことよりも、一度切ったはずの電源が入っている。

 きっと調べられたのだ。

 多少気持ちの悪い感じを覚えつつ、清子はアドレス帳から三畑みはたさん、を選択し電話をかけた。


 五回のコールの後、『あら、伊藤さん。どうしたの?』と聞き慣れた明るい声がした。


「あ、おはようございます。その、美杏はお邪魔していませんでしょうか……」


 いつものことだ。

 清子の口調は慣れている。


『ううん。来てないよ。また帰って来てないの? 美杏ちゃん』

「行っていない……?」

『うん。一応リカにも訊いてみようか?』

「お、お願いしますっ」


 冷静に言ったつもりが、清子の心臓が跳ねていた。

 まさか、ちがう。

 冷や汗が首筋を伝う清子をよそに、三畑さんは『今リカは学校にいるから、後で連絡するから』と言って通話を切った。


「どうでした?」


 鈴希に訊かれて、清子は無言のまま首を横に振った。


「いない?」

「……はい。でも、三畑さんがリカちゃんに訊いてくれるって」

「そっか。じゃあ、待ちましょう」

  

 そうして三畑さんから連絡が来るまでの間、ただ黙って待つわけでもない。

 何も知らないであろう清子のため。美杏繋がり、仕切り直しとばかりに鈴希が口にしたのは、宝を守る竜のことだった。


 それの発言はあの一言だけで、以降更新されることなく。その前に警察の公式アカウント、正確には警視庁が運営する公式アカウントの全てが停止されていた。

 だから、宝を守る竜がアカウントを乗っ取っていたのは、一時間ほどの間だけだ。


 美杏のSNSが凍結されたのは、その三十分ほど後。

 理由は定かではないが、宝を守る竜が乗っ取った警察の公式アカウントの全てで美杏のSNSがフォローされていたことが原因だろう。

 

 そう聞いて清子は、なぜあの時に乗っ取られたSNSを見せられたのかを理解した。

 

 こんなところで美杏が繋がっていた。

 初めからそう言われていたら、あんな恐怖を抱くこともなかったし。もしかしたら雅がさらわれるようなこともなかったかもしれない。

 

 後悔でまたシーツを歪める清子だったが、ふと浮かんだ一つの疑問が力を抜いた。


「あの一言だけで他に何もないのだとしたら、病院のクラッキングの話っていうのはなんだったんです?」


 突然清子の口から飛び出した専門用語に鈴希は一瞬驚いた様子を見せ、「それは、表と裏ってことだと思います」と。


「えっと、表向きにはただのハッカーとしての顔を見せておいて、わかる人にはわかる驚異ってことで病院のクラッキングをしたのかも、ってことです」

「はあ……」


 清子が曖昧に納得していると。


「つまりそれは、ハッカー殿には敵がわかってるってことじゃないのか?」


 眼光鋭く陽介が言った。

 

「確かに……そうかも……」


 深く納得する鈴希。


「だったら、そいつを見つけ出せば雅くんをさらった相手もわかる。ってことだな」


 なるほど。そう口にしたのは、清子も鈴希も一緒だった。


 宝を守る竜と雅を誘拐した者。

 謎はまだあるが、これでようやく混沌としていた状況に一つの道筋が視えた。


 そこへ繋がるもう一本の道となり得るのは、触媒。


 善いわく、身の程知らずの召喚術を行うのに使ったと考えられる物で、正体不明のそれは雅へと繋がる可能性のある唯一の道でもある。雅の体と、という意味だけでなく異世界ともだ。

 だからなんとしても見つけなければならない。 


 残る謎は、雅が前代未聞の死亡状態に陥った原因だが。

 それは最も深く、全てが憶測でしかなりたたないことばかりだ。

 しかし、それでもヒントはある。 


 美杏に届く、異世界からのメッセージだ。

 そこに書かれている場所が雅の魂の在り処であり。そしてメッセージは、現在向こうの雅と完全な繋がりを保っていると確認できているもの。

 

 触媒と対をなす救済の糸なのだ。

 だからきっと二つがあれば、雅を救い出せる。


「そういえば……」


 新たなメッセージは来ていないだろうか。

 清子がスマートフォンに目を落としたその時、病室の扉が開く。

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